38話:星に願っても叶わないことばかりだから自分で頑張るしか無いのが悲しいところだよね?
地上に戻る頃にはバケツをひっくり返したような魔物のフェスティバルは沈静化を見せていた。さっきよりもボロボロになった地上ではこれまたボロボロになったみんなが手を振って出迎えてくれた。俺もだけど本当にボロボロだな!
「――それで、サクラは?」
人型モードになったシルヴィアが空を見上げる。
「もう城に戻っている筈だよ。俺の腕がこうして戻ってきているのを見るに、奪ったモノは奪い盗った者の所に自動的に戻るようになっているらしい」
けれども俺のもぎ取られた腕はポーンと跳んできたからキャッチしなかったら危なかったけどね!現在、ビオラちゃんに治療してもらっている。流石はビオラちゃん。もう痛く無いぜ!
「無理なさらないでくださいね?私は普通の魔法。チートでは無いのですから」
「そう言えば、変身ブローチは……」
「はい。もう砕け散りました。ですが――お母様が」
ビオラちゃんの視線の先。そこには地面に寝転がったまま緩やかに手を振るビオラちゃんのお母さん――茜さんの姿があった。
「そうか。良かったね、ビオラちゃん」
頭を下げて茜さんに挨拶をして、ビオラちゃんの頭を撫でてあげる。家族が戻って来たんだ。変身できなくなった以上の意味があるに決まっている。後でキチンと結婚しましたって挨拶しておかなきゃ……。
「まったくもう、兄さんが空で戦っている間も大変だったんですからね!」
「そっすよ!もう、どーんがばーんで、どががーんって感じだったんっすから!」
「はい!どーんでした!」「最後はずばーんってすごかったですよね!」
真理と公くんにロムネヤスカ姉妹がが腰に手を当ててふんすふんすと鼻息荒く語っているけれど、抽象的過ぎて全然伝わってこない。ええとつまり何がどういう事なのかな?
「今回の件も裏で手を引いていたのはやはりアラガミだったと言う事です。プラントが消え去ったあと地上で魔物達を統制していたのは先の一件で出現した泥の気配に似た黒い影でした」
シレーネさんが簡潔に説明して頭をぺこりと下げてくれた。うん、我が妹に公くんや?説明してくれたのはシレーネさんだからね?何でどや顔してるのかな!頭いいんだからきちんと説明して欲しいな!え、お前が言うな?はは、ごもっともで!
「ともあれ、これで全部終わったのか?これで、全部が――」
「いいや違う。ライガー、これが始まりだ。勇者教は滅んだ。ユウシャたちは残っているけれど、柳生恭司がこの世界から消え去った今、最早形骸化してしまったと言っても過言じゃない。つまり、アラガミにとって目の上のたん瘤の一つがこの一件で消えてしまったわけだ」
つまるところ、もう一つのたん瘤である俺を全力で殺しに来る可能性が高い。本当に厄介すぎるよアイツら!
「真人、それでこれは?」「聖剣――です?」
フレアがこれと言っているのは聖剣ジ・アンサーだ。フレアに伊代ちゃん?一応聖剣だから木の枝でツンツンはやめてあげてね?何とも言えないくすぐったそうな聖剣の声が聞こえて来てるからね?公くんも駄目だからね?うん、やめたげてよぅ!
「そういえばコレに鞘が着いているのは初めて見たな。ボクが読み耽った本には聖剣しか描かれてなかったから……。ふむ、興味深い」
シルヴィアが物珍しそうにのぞき込む。
「ああ、その鞘がさっきまで俺が来ていた鎧なんだよ」
「は?」「え?」「んんん?」「「????」」
その場にいるみんなが首をかしげている。残念ながら俺にも仕組みはよくわかっていないのだから、いかんせん説明はし辛い。つまるところ、この剣の状態こそが本来の聖剣と聖鎧の在り方なのだそうだ。文献にもそう書いてあったからたぶん間違いないだろう。
『それで、儂の加護が外れておったのはどういうことなのだ?』
ほっぺをぷっくりと膨らませたヒルコ様が何ともお冠の様子で高い位置でプカプカと浮かんでいた。……ぬいぐるみが浮いているようにしか見えな、あ、はい、何でもありません!とっても可愛いです!
尤も、奪われることも作戦のうちだったのはここだけの話だ。うん、ぶっちゃけこれ呪いだしね!俺の運周りに振りまいてるわけだし?……俺の運どこまでもつかな?死なない?死んじゃわない?あ、もう何回も死んでたや!あははははー……。
「兄さん笑い事じゃない気がします」
「もうね、慣れたら何とも感じなくなるんだ。うん、死んだあとゲームしてやり返してたしね!」
「いつもながら兄さんが何言ってるか私にはさっぱりわかりません」
とはいえ、その通りなのだから仕方ない。
結局の所、運があろうが無かろうか、最終的にモノを言わせるのはこれまでの積み重ね。星に願いを込めるのも、勇気を奮い立たせれるのもその努力があってこそだ。叶いもしないと何もしないのは諦めでしかない。足掻く者こそ星に願いを託すことができるんだ。
――空に鋼鉄の塊が見えた。どうやら迎えが来たらしい。
「……何だかすっごく目立ってますね……」
「異世界に唐突に航空機が現れたら誰だって驚くよね。俺だってびっくりしたし?」
龍だのロボだの幽霊だのがいる時点で飛行機があることに驚くのも今更過ぎる気もするけどね!
垂直降下で着陸した機体から出てきたのはメイド姿のサテラさんだった。お久しぶりです!
「お久しぶりです、真人様。出会って早々ですが。悪い知らせといい知らせがございます」
「――……いい知らせっていうのは?」
「オウカ様が目覚められました」
ほっと、息を吐く。どうやら衰弱しきるまえにサクラちゃんの魔石が戻ってくれたらしい。
「そして、悪い知らせでございます。――大魔王様が崩御なされました」
「やったのは――」
「オウカ様、そしてアリス様でございます。ですが……」
サテラさんが良い淀んで顔をそらす。けれど、答えなんてもうわかり切っている。
「アラガミだろ?黒い闇が大魔王国から溢れ出した。違うかな?」
「は、はい。ですが何故ご存じなのですか?」
サテラさんが疑問に思うのも当然だろう。このことはアークルの内部だけで秘匿していた話だ。サテラさんも身内に含めたかったけれど、基本的に大魔王城にいるから話せなかった。
「つまるところ、俺たちは最初からこうなる事を予測していたって訳さ。まぁ、想定よりも早かったのが辛いところだけどね」
本来ならあとひと月くらいは余裕があると見ていた。だけど、最早一刻の猶予も、ない。
「このままじゃ全部が終わる。俺たちだけじゃない。この世界全部が終わる。黄昏刻はもう目の前に来てしまった。だから俺は俺のやれる最善を尽くす」
「真人、アークルから軍を出す。闇を大魔王国から外に出ないように押しとどめよう。先に戻る」
シルヴィアが白銀の龍の姿になり、風となって飛び去ってしまった。流石は最速の嵐龍魔王!速いな!
「他のみんなも一旦アークルに戻っておいてくれ。こうなってしまえばもう安全な場所はどこにも無い」
「ま、待って。兄さん、一体どういうことなの?サクラさんって兄さんの奥さんじゃ無かったの?」
「そうだよ!何でサクラが!」
ナナちゃんと真理が俺に詰め寄る。状況が分からない二人ならそう思っても仕方がない。
「魔神がサクラちゃんの体を乗っ取って復活した。恐らく、サクラちゃんが抜け殻になっているときに潜んでいて、戻って来た瞬間を狙ったんだろうね。――内通者がいるとは思っていたけれど、まさかアリステラさんだとは思いもしなかったけどね」
想定して対策はしていた。けれども向こうはその上を行く鬼札をもっていた訳だ。全くもうやになっちゃうよ!
「だけど想定外ではあるけれど、予測外じゃない」
――だから、救う。
ああ救うさ、全部。全部救う。
サクラちゃんも、サクラちゃんが大好きな世界も、サクラちゃんが大好きなみんなも、全部、全部救う。だって、俺はサクラちゃんの勇者なのだから。
「ライガー、一週間……いや、五日でいい。大魔王国から闇と魔物が溢れ出るのを抑えてくれ」
「真人、お前はどうする気だ?」
「予定通りに事を進める。幸運なことに、こっちには――神様が着いてくれてるからね」
そう言って、ヒョイとヒルコ様の首根っこつまみ上げる。
『え、あれ?何で儂連れてかれているのだ?ま、真理、沙夜?ワシなんか嫌な予感がするの――』
「行ってらっしゃいませ、ヒルコ様」
「よくわかんないけど、頑張ってね!」
笑顔で沙夜と真理が手を振る。
ヒルコ様の顔がだんだんと青くなってるけどきっと気のせいだろう。大空の旅くらい、神様だし大丈夫だよね!
聖剣を抜くと鎧が展開しその姿を白銀に染め上げる。俺はそのまま真紅のマントを翻し、トンと地面を蹴って空に舞う。
「行ってらっしゃいませ。真人さん、皆さんとお母様とでお帰りを心待ちにしています」
「己、待ってる」
「どうか――お怪我の――無きよう」
ビオラちゃんとフレアに伊代ちゃんが寂しそうに手を振る。しばらく逢えないのは辛いけれど、俺頑張って来るよ!
シレーネさんとサテラさんが深々と頭を下げ、ライガーが敬礼し、その横でカトレアちゃんとアイリスちゃんが手を振ってくれていた。
俺はこの世界で大事な人が沢山増えた。
サクラちゃんだけじゃない、もう両手じゃ数えきれないくらいに俺の大事は増えてしまった。
――だから、俺は護りたい。いや、護るんだ。目の前の大切な人たちを、絶対に!
「そういうわけで?世界一周ツアー!行ってきまーす!」『ちょ、ま、な、なんでじゃああああああああ!』
涙を流すヒルコ様を引き連れて、俺は後ろを振り返ることなく蒼い空に飛び発つ。
待っていてねサクラちゃん。君と、きっと――
これにて九章は完結となります。
ご覧いただきありがとうございましたOTL
挿話は挟まず、次話より最終章へと向かいま( ˘ω˘)スヤァ