34話:古人は月明りが雪に反射するのを利用して勉強をしたと言うけれど現代人じゃ見えなさそうだよね?
宇宙、キテター――ッ!!なんて叫びたくても叫べない。気の利く奥さんサクラちゃんがうまい事空気を体表面で包んで気圧を水腕に残った水で温度を保ってくれているけれど、数分と持たないだろう。何せ酸素は俺の肺に残っていた空気を使ったモノ。本気でぎりぎりにヤバイ。これはもう死に戻りしてしまった方が元の場所に早く戻れるんじゃないかな?
『それは少し、難しいかもしれません』
指輪の中のサクラちゃんの悲しそうな声が頭の中に響く。うん、どういう事かな?
『ここは星の外。つまり、星の軛から離れた場所なんです。まーくんを含む勇者たちの死に戻りは恐らくこの星の中でしか十全に機能しません』
ふむ、サクラちゃんの言う事が正しいならばここで俺が死んでしまえばそのまま死んじゃうって事なのかな?
『いえ、離れてはいますが完全に外れてはいません。なので、復活までに時間がかかる可能性があると言う事です』
なるほど、それは確かに具合が悪い。すぐにでも戻りたいところなのに死んですぐに戻れないのならば意味がないんだよ。
――と、なれば。どうにかすぐにみんなの所へ戻るには……はたまたどうしたモノか。
試しに泳いでどうにかならないかとクロールをしてみる。
うん、ダメだ進みもしない。平泳ぎもバタフライも駄目。古式泳法でもどうやら無理のようだ。残念ながら泳いで進むのは難しいらしい。
それじゃあ何かを推力にして、と思いつく。
とはいえ手元にジ・アンサーは無く、腰に据えた鼓草を持つための水腕も最早維持することすら困難。あとは、残った水腕が半分くらい?
『危険ですが腕の水を推力にするのが一番戻る可能性が高そう……ですね』
悲しいけど他に方法がないのだからどうしようもないね!
ため息を気持ちだけついて、腕からごく少量の水を分離させる。精霊の声もほとんど聞こえてこない宇宙空間でその小さな小さな水の塊を目の前で水蒸気へとジュッと気化させる。
その瞬間、音もなく爆発にも似た衝撃を体に受けて進みたい方向へと体が滑るように進んでいく。うん、これ割と熱くてつらいぞ!
『がんばってください!出力の調整は私が受け持ちますので』
本当に頼りになる奥さんがいてくれると助かる。全部終わったら絶対にハグしてやるんだから!
『えへへ、期待してますからね?』
テレテレとしたサクラちゃんの表情が脳裏に思い浮かぶ。ああ、もちろんだ。君をきっと抱きしめて見せる。
だから、幾度も幾度も繰り返す。戻るべき場所に向けて、幾度も、幾度も。
――けれども、どうやっても届かない。
水はもう僅か。酸素ももう尽き欠けている。
頭が痺れるように疼く。肺が焼けるように痛い。心臓の鼓動を極力に押さえて何とか自分の命を繋ぐ。
『まーくん、まーくん!』
サクラちゃんの声が、遠い。気力が尽きてしまえば意識も落ちてしまいそうだ。そうなったら――
もう一度、小さな水を弾けさせる。
……星の大きさは変わらない。延々と続けていったいいかほどの距離を詰められたのだろうか?もう、これじゃあ――
(――男の子なら約束はきちんと守る事。小さなことでもキッチリと、よ?そうじゃないと男が廃るんだから)
――そう、そうだ。約束、約束だ。
俺は約束をしたのだ。
サクラちゃんを守ると、愛するみんな――フレア、ビオラちゃん、シルヴィア、伊代ちゃんと共に歩むと。だから――!
<――応えよ>
いつか――どこかで聞いた声が頭に響く。
<――汝、何が為に力を求む>
そんな事、決まっている。サクラちゃんと共に歩むと決めたあの日から答えは同じだ。
――今まで見捨ててしまった誰かを。
――今まで巻き込んでしまった誰かを。
――今まで殺してしまった誰かを。
――目の前の救いたい誰かを俺は護りたい。救いたい。手を、伸ばしたい。
もう目の前で誰かが泣くのを見るのは嫌だ。
もう目の前で誰かが殺されるのはごめんだ。
もう目の前で大切な誰かを救えないのはまっぴらだ。
それが俺の答えだ。
俺 は 力 が 欲 し い 。
――目の前の護りたい誰かを護るだけの力を!
<ならば、我が名を呼ぶがいい。我が名は――>
眩い光が溢れ出て思わず俺は振り返る。
そう、そうか。俺はずっと探していた。聖剣と対になるソレを。人の国に返したと聞いててっきり聖都ヴァルハラのどこかに安置されているのだとばかり思っていた。そう、それこそが大きな勘違いだったのだ。
人の国の――その空の果ての果てにその鎧は漂い続けていたのだ。
白い月、今まで隠れて無くなっていた三つ目の月こそが俺のもう一つの探し物。
『お母様……』
そして、サクラちゃんのお母さんが遺した未来への希望。
――いくよ、サクラちゃん。
ぎゅっとサクラちゃんの魔石が封じられた指輪を握る。
『うん、まーくん。まーくんとならどこへでも』
音すらも出ない子の宇宙空間で、俺は残った酸素を全部使ってサクラちゃんと共に叫ぶ。
「『汝が名はトルゥース・ジ・アンサー!今こそ我らの声に応えよ!!』」
解けるように巨大な月が崩れ、俺はその総てを受け止める。
――それは、白銀の鎧。
美しい金の刺繍の施された真紅の外套すらも精霊たちの力が満ち、この鎧の存在こそがこの星――ライブラリの出したその真なる答えであると伝えているようであった。
「……ああ、護るよ。俺はもう二度と後悔なんてしないんだから」
誰に言うでも無く、ポツリとそう呟いて俺は星に向けて空を蹴ったのだった。
今日は普通くらいに投稿できまs( ˘ω˘)スヤァ