32話:たとえ自分の夢を持って無くても誰かの夢を守るくらいならできそうだよね?
――消えた。
目の前から忽然と、ブツリと音を立てて一瞬で消え去った。
くるんくるんと落ちていく聖剣に目をくれることも無くグラトニウスが高笑いをしている。
一体、今何が起こった?
ボクの背中に乗っている伊代ちゃんにゴメンなんて似合わないセリフを言い残して、真人の小さい分身が消えたと思ったら、真人との契約のリンクが途切れてしまった。
真人が死んだ……?違う。それならすぐにリンクが復活する筈。まさか、そんなわけが無い。真人が消えるなんて、そんな訳が――
『ああああああああああああああああ!!!!!』
爆焱を纏いながらフレアが怒りのブレスを真人と戦っていた男――勇魔王と名乗ったグラトニウスに向けて放った。
「はは!爆炎龍の娘か!中々良い成長をしている。だが炎は私のチートに含まれている。即ち――貴様の攻撃はすべて無効だ」
炎の中から無傷で、現れたグラトニウスの周囲には数十……いや、数百もの馬ほどある巨大な剣がフレアに向けて狙いを定めていた。
『フレア、逃げろ!』
『いやだ、こいつは真人を――』
無慈悲に数百の剣すべてがフレアに向けて降り注ぐ。フレアは反転し、体制を整えた瞬間だったのかこのままでは躱すことができないだろう。
――ええい、ままよ!
風を纏い、降り注ぐ大剣を薙ぎ飛ばしながらフレアを抱えて音速をも超えて空を駆け、何とかその刃から逃れる。少しだけ尻尾が切れていたかったけど!
『落ち着け、フレア!まだ真人が消えたと決まったわけじゃない!』
『かもしれない!だけど、アイツがやった!己はゆるせない。真人だけじゃない、サクラも、ナナも傷つけた!己はとっても、とっても怒っている!』
どんどんと上がって行くフレアの体温に思わず手を放すと、素早くフレアはまたグラトニウスへ向けてその巨体を羽ばたかせる。
『――公、やるよ』
「がってんしょうち!」
フレアの頭に小さい影が奔る。そう言えばフレアが眷属を作ったって言っていた。となるとあのネズミが――と思った瞬間、その陰が人の姿へと変じた。年齢は十に満たないほどだろうか?白髪のその少女はクルンクルンと体を廻し、グラトニウスの死角へと回り込みつつその頭蓋に向けて踵を振り落とす。
――無限流/無手/輪!
真人が教えたであろう一撃なのだろう。その威力は確かではあったが寸での所で躱され、肩で受けられてしまった。無論、只で済んだという訳では無い。肩口から腕が削れ、彼女の炎の力でその断面は黒く焦げていた。
「ふん、新たに誕生した魔王か。小さいながら中々……」
「ああ、オイラまだ飛べないっすぅー……」
『こ、こう、今行くー!』
褒めてくれていたようだけど、残念ながらその声は落ちて行った彼女には届いていないようだ。うん、うまくフレアが受け止めた。ナイスキャッチだね!
「しかし、同じ手は二度は喰らわん。それが勇者と言うモノなのだろう?」
指にはめられた指輪が煌めくと先ほどまであったはずの傷は焦げ目すら残らず綺麗に治ってしまっていた。他のユウシャから奪ったというチート。本当に厄介極まりない。
『公、覚える。手から炎を出してその勢いで飛べばいい。後は慣れて覚える』
「ん、こうっすか?なるほど、な、なぁああああ――!」
炎を両手から噴出させた公くんが空高くに跳びあがって、見えないところに消えて行ってしまった。……うん、そのうち落ちてくる、かな?ともあれ今は目の前のこいつに集中してしまうとしよう。
「シルヴィアさん――。真人様との――繋がりは――まだ生きて――います」
『本当かい?残念ながらボクでは……うん、感じられないけれど』
「間違い――ありません。真人様は――星の――外にいます」
先ほど駆逐した羽を生やした黄色魔石相当の龍型の魔物がまた空に昇ってき始めた。ボクやフレアの魔王の魔石に引き寄せられているのだろう。
『星の外?それは宇宙とかいう場所の事か?』
「私も――詳しくは――わかりません。ですが――断絶された――空間ではなく、限りなく星々の――精霊のいない場所は――そこしか……」
なるほど、そうなると先ほどグラトニウスが真人に向けて放ったモノは攻撃ではなく、転移。その宇宙とやらに向けて真人をはじき出したのだろう。
フレアが炎を纏い魔物達を殴り飛ばして蹴り飛ばし、掴んで投げて、ひと塊となったところに炎を光線の如く収束させて打ち貫く。後ろにいるグラトニウスもまとめて。
「だから効かぬと言っておる」
余裕の笑みを浮かべつつグラトニウスは燃え尽きた魔物のすすを掃う。それなら風はどうかな?
幾筋もの音速の疾風を巡らせ、見えない大気の刃をグラトニウスへと放つ
「だが効かぬ」
ボクの放った風は大気の盾に防がれてそよ風となった。こいつ風の精霊もチートで操ってやがるのか!
「中級程度の能力しかないがぁ――散らす程度であればこのレベルでもできなくはぁ、無い」
肩を竦めてヤレヤレ無駄な事をとグラトニウスが首を振って見せる。こいつ、舐め腐りやがって!
『その程度のそよ風で防いだ程度で粋がるんじゃあないぞ』
「は、粋がっているのはどちらの方かな、小僧」
前進の鱗を逆立たせて大気を震わせる。期を見たのか影に紛れるように伊代ちゃんがボクの背を蹴って空にふわりと落ちていく。
『一撃で消えるんじゃ無いよ』
「それはこちらのセリフだ」
瞬間、ボクは風に溶けるように飛び立つ。音速を優に超え、ソニックブームをまき散らして襲い来る魔竜たちを蹴散らして目標に向けて風と魔力を纏い、巨大な嵐の如き弾丸となってグラトニウスに牙を剥く――!
「ああ、目の前に飛び込んでくるのならやりようがある」
突如として現れたのはこれまでとは違う。天をも貫くほどに巨大な剣だった。
「やっと馴染んで来た。さぁ、死ね――嵐龍!」
『な・め・る・なぁあああああああああ!!!!!』
速度だけであればボクは魔王随一の速さを誇る。けれど、それは――その速さに耐えうる頑強な体を持っていると言う事に他ならない!
収束させた魔力を一点に更に収束させ、回転を加えて捩じりこむようにその馬鹿げた大きさの刃に向けてその体を躍らせる。ええ、無駄な硬いなこれ!
『シルヴィア!』
突っ込んだボクに気づいたフレアがグラトニウスに向けて圧縮した炎の塊をぶん投げた。
「ははは!だから効かぬと――」
「受け取り――ます!」
その強大な熱量と魔力を九つの尾を揺らす伊代ちゃんが体の大きさほどもある鏡で受け止めていた。あれは――真人がいつも使っている技、巫術/第壱の秘術/八咫鏡!
「収束――反転!」
そのエネルギー全てを魔力へ転換し、魔力砲として打ち出したのだ!え、ボク?まだ削ってるんだよおおお!!!
「ちぃぃ!この餓鬼がああああ!!」
巨大な盾を繰り出してグラトニウスは必死の形相でその攻撃を受け止める。ええい、幾つチートを持ってるんだこいつ!
「ぅぉぉぉ……ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
唐突に、声が聞こえた。それは先ほど空高くに上がって行った小さな少女。
「むげんりゅううううう!奥義!!哪ぁああああああああ吒っっ!!!」
炎を纏って流星の如く舞い降ちてきた小さな少女の高々々々速回転の踵は無防備なグラトニウスの脳天を今度こそ打ち貫き、
「ぁぁぁぁ……」
そのまま地面に落ちて行ったのだった。い、良いところを持って行かれた!
『よくやった。それでこそそ、己の眷属』
ふんすふんすと、満足げな顔でフレアが鼻息荒く頷く。とりあえず殺しはしたけれど、これで――
「ああ、まさか死ぬとはな。いやはや慣れたくはない感覚ではあるな」
『な――!?』
「さぁ、石となり我がコレクションになるが良い」
突如として現れたグラトニウスがフレアに触れた瞬間だった。光が瞬き、驚きの声を上げる間もなく手のひら大の宝石に変えられてしまった。
そうか、こいつユウシャを取り込んだから、ユウシャとして復活しやがったのか!?いやいや、神は何やってるんだよ!復活させるなよ!?
「神とはこの世界の装置のようなモノだ。一度決めた取り決めを如何様な事があれ己から変えることは出来ぬのだよ、残念なことになぁ」
楽し気にグラトニウスは笑う。
『そんな事知った事か!フレアを返せ!』
今一度、風を纏いグラトニウスに牙を剥く。しかし――爆炎が壁となりボクを阻む。これはフレアの焱!?
「次はお前だ。くく、お前たちの身も心も魂も――我がモノにしてやろう」
こいつ、自分の欲望を満たすことしか考えていないのか!?胸の奥底から燃え上がるような怒りが沸き上がるのを堪えて竜巻を巻き起こして叩きつける。けれど、放った瞬間にその姿はいたはずの場所から消え去ってしまった。
「ああそうだ。それが生きる、ということだろう?」
再び現れたのは伊代ちゃんの前。あいつ、瞬間移動のチートまで!?
「違い――ます。それだけが――生きると言う事では――ありません」
鉄扇を持った伊代ちゃんがグラトニウスに向けて飛び掛かる、が。そのまま腕を押さえつけられてしまった。
「ほう、言うでは無いか東方の巫女よ。ああ――そう言えば貴様には予知の力があったなぁ。その力も――寄越せ!」
『伊代ちゃん!』
間に合わない!焱に身を焦がしながらグラトニウスに向けて手を伸ばす!けれど、ここからじゃ!どう足掻いても間に合わない。――……真人!
ボクは、この場にいる筈もない愛しい人に届くはずのない叫び声を上げたのだった。
「おうさ」
そして、聞こえるはずのない声が聞こえた。
赤いマントを靡かせる――白銀の鎧の幻想と共に。
今日も今日とてとってもとっても遅くなりまs( ˘ω˘)スヤァ