24話:欲しいものが目の前にあると幾らでも手に入れようとしてしまいそうだけど腹八分目のほどほどが一番ちょうどいいモノだよね?
怒り。
それは久しぶりに感じる感覚だった。胸の奥底からふつふつマグマの如く煮え立ち湧き上がる怒りを一息に込めて、その刃を振るう。
――無限流/刃/嵐
鎧を着こんだ勇者たちの首を乱撃にて瞬時に全て跳ね飛ばす。
「あ、真人、さ……」
地面に倒れ伏すナナちゃんの右腕は切り取られ、息も絶え絶え。よくは見えないけれど、他にも怪我をしているらしく、彼女の周りには血だまりが広がっていた。
「ごめんねナナちゃん。遅くなった」
「ご、め、なさ……!」
ボロボロとナナちゃんが涙を流すのが見える。だけどこのままじゃ腕を亡くしたまま死んでしまう。虎の子だけど、仕方ない。落ちていた腕を添えてエリクサーを一つ取り出してナナちゃんに飲ませてあげる。よし、これで大丈夫……かな?
「さて、用事は済んだかね――水無瀬真人」
「あらら、バレバレだった訳ね」
ナナちゃんを壁にそっと座らせてあげてその声の主に向き直る。
勇者教皇柳生恭司。彼は紫の魔石のついた杖を掲げて最初に逢った時と変わらぬ柔和な顔だった。本当に胡散臭いなこいつ!
「ああ、そうさ。最初から君がここに来てくれることを首を長くして待っていたんだ。」
「……最初から?」
「そうだ。君がここに居て、私の手に魔王オウカの魔石が――魂がこの手の中にあることはすべて私の計画通りという訳なのだよ」
嬉しそうな顔で教皇は言葉を続ける。
「勇者、七竃撫子はよく働いてくれた。聖剣の持ち主の発見だけでなく、ここに君を呼び出す役目まで負ってくれたのだからね。まぁ、もう役には立たない彼女には後ほど魔石工場の中で快楽の中に沈んでもらうとするが――」
「そんな事させるとでも?」
鼓草を構え踏み込もうとするも、復活した勇者たちがフラフラと青い顔で整然と列を構える。次は一瞬で跳ね飛ばすのはやや難しそうだ。
「するさ。それが私の役目だ。さて、君から受け取るモノを受け取る前に――クロエ。よく来てくれた。いや、良く彼をここまで案内してくれた」
「何を、言っている……。私は、お前を殺す為にここまで来たのだぞ!」
クロエさんが弓をまっすぐに構え、その矢尻の先に勇者教皇を見据える。
「そう思うのなら打ってみればいい。そう、君の得意な広範囲攻撃のファントムアローでいいぞ」
「っ!言われなくとも!」
その手に魔力が収縮し、クロエさんが天をめがけてその矢を放つ。――あ、これ駄目な奴だ。
「ファントムアロ―!」
射出された無数の魔力の矢は勇者教の勇者達に向けて――ではなく、一緒に来ていた反勇者教ギルドの勇者と自分たちに向けて降り注いだのだった。
木札を素早く切って風を巻き起こしその上空で降り注ぐ魔力の矢を弾き飛ばす。判断が遅ければ皆死んでいた必殺の技。流石ギルドの長と言ったところかな!
「な、んで……?洗脳されている?わ、私が……?いつから?」
クロエさんが声を震わせながら弓をその手から落とし、顔を覆う。
「決まっている。お前がギルドを立ち上げたその日から仕掛けていたのだよ。私に弓を引くことがあれば自らと仲間に撃ち放つように……な?。そしてこれもだ」
パチンと教皇が指を鳴らすと、クロエさんや葵さんを含むシャングリラのメンバーの目から光が消える。
「さて、君たちは何だ?」
「「「はい、私たちは教皇様の忠実なる下僕です」」」
そう言って彼女たちはその膝を折り、頭を下げる。完全に意識まで洗脳できていないのか、皆悔しそうに涙を流している。最低だな、コレ……。
「よろしい。さて、残りの彼らの掃討を手伝いたまえ。お前たちもここは良い。ヤレ」
「「「「はっ!」」」」
教皇の合図と共に勇者教の勇者たちとシャングリラのメンバーが、唖然とする反勇者ギルドのメンバーに向けて襲い掛かった。
「な、なんでだ!お前は味方だろう!なんで!」
「ああ、やめ、やめろお!」
「こなくそが!あ、ぎゃああ!!」
多勢に無勢。いくらチートがあろうが人数差とその質を埋めれるほど甘くはない。反勇者教ギルドのメンバーたちは慌てた様子で元来た道を逃げ帰って行ってしまった。うん、もうちょっとだけでも頑張って欲しかったな!
「――さて、邪魔者が居なくなったところで話を続けよう。勇者真人よ。私に君の持つ聖剣を、それを持つ権利を譲ってはいただけないだろうか?」
「対価は?」
「君の家族だ」
空中に映し出されたのは真理とビオラちゃんとシレーネさんにライガー、そしてロムネヤスカ姉妹だった。
「既に他の反勇者教ギルドのメンバーは処理済み。あとはシャングリラの残党だけなのだよ。君たちの家族に向けて今からすべての十勇者を向かわせる。君も知っての通り彼らは精鋭揃いだ。クク、君がいない彼女らに勝てる道理は無いだろう?」
「さぁ、どうかな?お前が思っている以上に俺の家族は強いぜ?」
「なるほど、よほど自信があるらしい。ならば――私の要求を受け入れなければこの石を砕く。それではどうかな?」
男がその手に持つ赤い指輪に力を籠める。あ、うん、なんかみしみしって音がしてるんですけど?
「この石は特別製でね。魔王を封じる術式には苦労したよ。だが、これが砕けてしまえば中の魔石も魂も砕けてしまう。ふふ、魔石に比べても多少脆いのが難点なのだよ」
「……砕けば聖剣は手に入らなくなるよ?」
聖剣ジ・アンサーは元々俺が持っていたモノではなく、サクラちゃんから借り受けたものだ。だから、サクラちゃんが死ねばその所有者の権限も喪失される。それをこの男は分かって言っている。
「彼女が死ねば君の手からも離れるのだろう?大魔王国の関係者で聖剣を使うものがいなくなれば私の勝ちなのだよ」
どちらにせよ利になる選択肢しか無いのだそうだ。ああもう、全くもってふざけた話なんだよ。こちらには何のメリットも無いのに選択肢だけ出してくるってちょっと卑怯じゃないかな!まぁ、言っても聞いてくれないだろうし言わないけど。
「さぁ、差し出すのだ聖剣をこの私に!」
「……聖剣さえあれば満足かい?」
俺はそう言うと天窓を突き破って現れたジ・アンサーをその手に収める。
「お、おおお!その剣こそ、正しく!さぁ、それを私に!」
「ああもちろん構わないよ?ただし――抜けたらだけどね」
くるんとジ・アンサーをひと回ししてそのままの勢いで石畳の床に突き刺す。どうぞどうぞ、抜けるものなら抜いてみやがれって奴だよ!
「……そうか。そうだったな。その剣を抜くには刻印がいるのであった。なるほど、その手に描かれているものが、か。くく、その腕を寄越せ。ああ、そちらの精霊の刻印のされた腕の方もだ。もしかするとそちらの腕にも聖剣の刻印が描かれているかもしれないからな」
「強欲だな、アンタ。欲をかき過ぎれば破滅すると相場は決まっているぜ?」
「欲望が無ければ人間は人間たりえないものだ。そして、私が破滅することもあり得ん。さぁ、さっさと差し出せ!」
欲に駆られた人間と言うモノはどうしてこうも浅ましいのかなぁ。思わずため息がでるのをこらえて俺は素直にその両腕を差し出す。
「ああ、ついでに――お前の全てを頂くとしよう」
「は――?」
腕を切り落とされた瞬間、激痛と共に体の中から何かが抜き取られるような感覚に襲われた。これは、一体――!?
「ああ、ああ!ようやく手に入ったぞ!これが水無瀬真人の!真なる勇者の腕!そして、チートだ!」
狂乱した様子で勇者教皇は切り落とした俺の腕を宝石にして指輪にはめ込む。
うん、待って欲しい。俺にチートってあったっけ?無い気がするんだけど……。はっ!知らなうちにチートを貰ってた!?それならそうと教えていて欲しかったな!
「それで、教皇様?サクラちゃんは返してもらえないのかな?」
「はは、誰が返すと言った?これもまた私のモノだ。くくく、ああ!どれほど待ちわびたか!私の目の前で膝を屈する真なる勇者のその目の前で!私こそが!本当の勇者になるその日を!」
勇者教皇、柳生恭司は高笑いをしながら聖剣に手をかけ、いざ抜かんと力を込める。
「抜けない……?え、なんで?」
そして間の抜けた声をだして、首をかしげたのだった。
今日も今日とて遅くなりまs( ˘ω˘)スヤァ