12話:小さい頃に心奪われたモノって大人になっても変わらずに輝いて見えるよね?
星々が瞬く暗闇の中、俺は一人空を駆ける。
――見上げれば二つの月。やはりもう一つの月は、見えない。
葵に指定された場所は町はずれの廃棄工場群。あまり評判のよろしくない冒険者たちのたまり場にもなっているらしく、こんな時間だというのに酒をあおる連中で溢れていた。
闇に紛れてそそくさと彼らの傍を潜り抜け、指定された廃棄された宿舎場へ到着する。
「さて、呼ばれたからやって来たけれど。待たせてしまったかな?」
月明かりの指すその部屋の中に二人の影が見えた。一人は葵。そしてもう一人は――
「いいや、時間通りだ。ん?何だねその表情は。――ああ、もしかして私がエルフだから驚いているのかな?」
そう、その少女は紛れもなくエルフの少女だった。特徴的な長いとがった耳に、後ろ手にまとめられたはちみつ色の髪。
冒険者としては割と立派な装備を身に纏っており、その佇まいからも相当の実力者と見て取れた。多分チートを全力で使った葵と同じくらいかな?
「ふむ、人に値踏みされるのはあまり好きではないのだがね」
「申し訳ない。これが性分でね。ああ、名を名乗っておこう。俺の名は――」
「水無瀬真人。大魔王国に出現した勇者だろう?」
……どうやら、仮面を外すまでもなく俺の正体はバレバレのようだった。けれど、認識阻害の魔法がこのお面には取り付けられているのにどうしてわかったのか、とても気になるところだけど。
「アリアと菜乃花、ついでに風の大精霊ウィンディア様とも知り合いでね。茶飲みついでに君の活躍は聞き及んでいるよ。」
くすくすと楽しそうに彼女は笑う。後ろに控えている葵が頭を押さえて心配そうに見ているところを見るに、見た目とは違って相当な年配者の――あ、いえ、何でもありません!
「では、こちらも自己紹介を。私の名はクロエ・ネリ。クロエと呼んでくれたまえ、少年」
ニッコリとそう言って細く小さな手を差し出され、握手で返す。背は真理よりも少し高いくらいだろうか?それでも切れ長の美しい青い瞳は彼女の知性の深さを物語っているかのようであった。
「それで、俺がここに来た理由ってのは分かってるんだろう?サクラちゃんの――いや、ナナちゃんの居場所を教えてはくれないかい?」
「もちろん構わない。が、君にはその代わりに協力をして貰いたい」
可愛らしくも美しいその顔を柔和に崩す。決意を孕んだ目。俺はこの大嫌いな目を知っている。死を覚悟した、諦めと揺るがぬ決意の目。こうなった人間はどうあっても何も譲ろうとしない。ああ、本当に嫌いだ。
「……お断りしたい、と言ったら教えてくれないのかな?」
「いいや、君は断らない。なぜなら私たちがしようとしている事は君の愛する人を救う事にもつながる事だからだ」
「救う事……?サクラちゃんを?」
訝し気な目でじっとクロエを見つめる。――胸は薄い。あ、はい。葵さん足を踏まないで欲しいな!
ああもちろんだと、俺と葵のやり取りをくすくすと楽しそうに笑いながら彼女は言う。
「私たちは勇者教のトップである勇者教皇――柳生恭司の暗殺。それが私たちの目的だ」
とんでもない事をさらりと笑顔で彼女は言ってのけた。しかし、あの男は勇者。暗殺とは言っているけれど、どうするつもりなのだろうか?
「答えなら君が見せてくれただろう?」
「……アンデット化させて浄化する、とか」
「つまるところそう言う事だ」
それは俺が炎の国、ヴァルカスにて起こした奇跡。――勇者殺し。
魂ごと消失させる訳でも、封印するでもなく、元の世界の魂の輪廻へと返す、勇者たちの望み求める――死。それを俺は偶然と言う名の奇跡によって成しえたのだ。
だけれど、あれには前提条件が多すぎる。勇者を一時的であれアンデットへと堕とす必要があるし、それを浄化しきるほどの能力を持つ巫術師、或いは霊媒師が必要になってくる。勇者をアンデットに堕とすこと自体が無茶苦茶なことであるのに、それほどまでの能力を持つ者なんて、俺を含めてもニ・三人と言ったところだろう。
「そう、君がここにいる。だからこそこの作戦ができるという訳さ」
「……田中には断られたって事か」
「残念ながら、ね」
アイツの事だ、ようやっと手に入れる事ができた平穏を自ら壊すようなことをする筈もない。俺だって断られたし――あれ、まさかこの事を知っていたから断られたのかな?可能性ありそうだなぁ……。
「勇者をアンデット化させる魔法は既に組んである。もって数分――下手をすれば数秒と言ったところだろうが、君ならばその隙をついて浄化することなんて容易い事だろう?」
本当に簡単に言ってくれる。尤も、できないわけでは無いけれど、勇者教皇である柳生恭司がそうやすやすと浄化されるとも思えない。
柳生恭司とは史上最強と謳われるユウシャだ。
本来ならば一つしかない筈のチートを複数持ち、魔王討伐において先陣を切って戦ったと言われる英傑である。そんな男がそうやすやすと隙を見せてくれるとは思い難い。それに、彼は常にユウシャだらけの大聖堂にいる。そこへ襲撃をかけたとしても勇者教皇にたどり着く前にユウシャたちに襲われてしまうだろう。
「ああ、だからこそ君の協力が必要なんだ」
「と、いうと――ああ、なるほど」
つまり、教皇の出した依頼を受けろと彼女は言っているのだ。まだ仔細は確認していないけれど、あの依頼――反勇者教ギルドたちの殲滅作戦は大規模に行われるだろう。つまり、大制度内部が手薄になるという訳だ。
「中に残るのは、確実に教皇とその側近たちだけだ。何せ――彼の能力は他のユウシャ達に忌み嫌われて当然のモノだからね」
「と、いうと?」
クロエは何故か寂しそうな顔でこう、答えた。
「……神の願いを奪い去るモノ。アイツは人のチートを奪い盗るチートを持っているのさ」
今日も今日とてとってもとっても遅くなりm( ˘ω˘)スヤァ