10話:小さい頃に拾った透明で綺麗な石ってどんなに価値が無いと言われても大切な宝物だったよね?
ジメジメとした地下深く。天高くまでコンクリート打ちっぱなしの壁に囲まれた場所で、私はのんきにご飯を食べていた。
「はぁ、本当に何でこんな事に」
ため息を付けども過ぎ去った時間が戻ることは無い。と言うか、戻れるのなら最初からやり直したいよ!大魔王国でなくていいから、アークルの近くの国に召喚されて、それから……。
と、考えて頭を振る。どう考えても勇者である私が魔王と友達になれる未来に繋がるだなんて思えなかった。
時は常に一方通行。
自分の願う通りになるように世界を戻すのならば数百では足りない。数千、数万と繰り返して、ようやっとその結末にたどり着ける。
――そんなの、神様でもない限り不可能だ。ただの人間ならやり切る前に心が摩耗して世界に溶けてしまう。
『そうですよ、ナナちゃん。時間は常に進むモノ。ああすればよかったではなく、どうすればいいかを考える事が重要なんです。まーくんもきっと助けに来てくれていると思いますし』
「そうなの?」
右手の中指に収まった、大き目の赤紫色の宝石の嵌った指輪をじっと見つめる。
『はい!ここ最近まーくんの気配をとっても近くに感じるんです!もしかすると、もうこの都市に来てくれているのかもしれませんよ?』
「それならいいんだけど……」
あの人は私の何倍も――ううん、何十倍も強い。たとえ彼が武器も何も持っていなかったとしても、歯牙にもかけられることなく小指一本ほどで圧倒されてしまうほどに。というか、あれでチートを貰っていないというのがおかしいし、そもそも元の世界にあんなチートじみた人がいたと言う事もおかしい。他の勇者に聞いてみても、そんな存在がチートな人が元の世界にいる訳がないと笑われてしまったほど。何であの人あんなに強いのかな!
『大切な妹さんを護るために強くなったと聞いていますね。亡くなられたお義母様との約束だとか』
普段はふざけてばかりの真人さんとは思えない、もの凄く重い理由だった。
けれど、言われてみれば確かにと納得できてしまう。
真人さんが話すことは大体とってもふざけて、おどけたような事ばかり。けれど、実際の彼の行動はとっても真面目で、実直で、仕事のし過ぎで、いいから休めとみんなに言われるほどに頑張りすぎてしまうくらいだ。恐らく、真人さんはお義母さんにお願いされて、頑張って頑張って頑張り過ぎた結果があの強さなのだろう。明らかに頑張りすぎだよね!!
「……今の状態のサクラを連れて帰っても、元に戻らないこと。きっと真人さんは知らない、よね」
『聡明な人です。きっと気付いていると思います』
この指輪に嵌っている宝石。これはサクラの魔石を封印しているモノであり、この宝石自体が魔石な訳ではない。
封印を解除するには、それに特化したチートを持った勇者を探すか、チートを持った勇者本人に解除させる他無い。
「でも、この宝石に掛けられている複数のチートを仕掛けた本人が勇者教で最強と言われてる教皇って、これってもうどうしようもない気がするのよね……」
『方策としてはやはり、解呪系のチート持ちの人を探すことでしょうか?』
とはいえ、戦いに特化していないチート持ちの子は早々に魔物の餌食になって引きこもるか、魔物に孕まされて苗床にされているか、或いは苗床にされていたところを救い出されて、今は勇者教の地下深くで魔石工場と化しているかのいずれかだ。うまい事保護されて、国で徴用されていれば話は別なのだけれど、そんな人が現状の私に易々と協力してくれるとは思えない。
「そもそも、私……真人さんに殺されるんじゃないかなぁ……。あ、殺されても生き返るかー。ふふ、消滅させられるかなー……」
『大丈夫です!ちゃんと私が説明しますから!』
愛は強し!本当に真人さんの事を信じ、愛してるのだ、サクラは。
――そんな二人を私が引き裂いてしまった。
永遠の愛を誓いあい、これからの旅路に幸あれと訪れたあの新婚旅行で。
「ありがとね、サクラ。きっと戻してあげるから」
ぎゅっと、彼女を――指輪を握りしめる。
私は、彼女と共に生きたいと思った。あそこで生きたいと思った。だから、彼女と手を握り合ったのだ。だのに、こんなの許せるはずもない。絶対に、どうにかして助けてあげたい。私なんて、どうなっても――
「また彼女と話していたのかい?」
「あ、クロエさん」
声の方へ振り向くと、クロエさんが柔和な笑顔で軽く手を振っていた。
見た目は私と同い年くらいではあるけれど、こう見えて彼女は私の何倍も生きている。それはもう、勇者教が設立されたその時には冒険者として活躍していたというのだから、彼女の生きた年月をうかがい知れる。なんでも魔法学園の長とは長年の茶飲み友達であり、今でも暇を見ては遊びに行っているらしい。
艶やかなはちみつ色の髪をシニヨンと呼ばれる独特の編み込みで纏め、薄緑いろのドレスに身を包んだクロエさんは儚げでとても美しくまるで物語の中から飛び出して来たようであった。ちなみに胸は私よりも少し大きいくらい。うん、エルフと言えばスレンダーだよね!それが普通なんだよ!!
「勇者たちの奇異の目には慣れたモノだよ。年齢を見た目と同じと侮って来ることもね。まぁ、その方がやりやすい事もあるから、私的には気にしないのだがね」
そう言ってクロエさんはクスクスと楽しそうに笑う。見た目は同年代なのに、何だか聡明なおばあちゃんと話しているような気分である。
「――さて、ナナくん。先日も話をさせてもらったけれど、心は決まったかい?」
「……はい。勇者教本部へ進行する同時作戦。私も参加させていただきます」
ボロボロで勇者教所属の勇者たちに追われる私を救ってくれたのは、反勇者ギルドシャングリラの長であるクロエさんだった。彼女が所有するこの地下施設で匿ってもらいながら雑用なんかをお手伝いして今は日々を生活している。つまり、恩がありすぎて困っている状態。どうにか返さなければ私だけでなく、サクラも気が済まない。
『それに、なんだかクロエさんのお料理って懐かしい味がするんです。だからどうしても他人には思えなくって』
と言うくらいで、サクラもクロエさんを手伝う事に異論はないらしい。
ちなみに、この指輪をつけてからサクラの五感は私に依存している。どこまで依存してるかは想像の域を出ないけど、全部でない事を願うばかりである。うん、色々と伝えちゃいけない感覚とかあるしね!!
「そうか、君が決意してくれて私も嬉しい。何せ人手が足りない。うちの最大戦力もちょうど戻って来たところだが、それでも、だ。奴らもこちらの動きに感づいて来ている所だろうから。早々に仕掛ける必要がある。入ってもらったばかりの君には悪いとは思うが――」
「いえ、構いません。ですが、勇者教に押し入ってたとえ勇者を殺しても……」
「ああ、分かっている。だから、封印をするんだ。その為の魔法具も魔法学園長に幾つか用立ててもらっている」
クロエさんは私の隣に座り、数十メートルはあろうかという高さのコンクリートの天井を見上げる。
「目標は教皇、只一人。アイツさえいなくなれば今の勇者教は容易く瓦解する」
寂しそうな、とても悲しそうな表情でクロエさんは言う。詳しくは聞けていないけれど、クロエさんはあの男と深い仲だったなんてこともあるのだろうか?まぁ、その、流石にここで聞くのは憚れるけども。
『むむむ、でも気になります。こんなに綺麗な人、普通の男の人なら放っておかなさそうなのに』
それは流石に少女漫画の読みすぎだよ、とサクラに心の中で突っ込んでおく。まぁ、私自身にそんな経験が無いからそう言うのだけどね!
「と、すまない。君は食事の途中だったね。詳しい話はみんなが集まった時にでもさせてもらうとしよう。あの手練れ揃いの勇者達から逃れた君の活躍に期待してるよ」
クロエさんは椅子から立ち上がると、また手を振って上の方にあるシャングリラの拠点へと戻って行ってしまった。
とても広い空間に、ポツリ一人きり。
テーブルと椅子。ベッドも置かれているけれど、本当にここは何の施設なのかな?
『何かを保存するための施設だと思うけど、排水溝くらいしかないし……。もしかすると研究施設跡なのかもしれないね』
「なるほど、さながら私はモルモット、か」
パクリと鳥の照り焼きもどきを口に運び、ため息を付く。美味しい、けれどやっぱりアークルの食堂の味が恋しい。
もう戻ることのできない所だと私自身分かっている。
けれど、私の心はまだあその場所に残ったままなのであった。
今日も今日とて遅くなりm( ˘ω˘)スヤァ