4話:お月見にはお団子がつきものだけどいつの間にか主役が入れ替わってる事ってままあることだよね?
空を見上げれば二つの月が上がり、すっかりと世界は闇に包まれた。
夏の時期をとうに過ぎ、秋めいた夜風が頬を撫でる。
「この時間帯になると冷えるようになってきましたね」
「ん、ありがとうシレーネさん」
暖かいお茶をシレーネさんから受け取り、口に付ける。心地よい仄かな苦みが口の中に広がり、爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。やっぱりお茶はウィンディア産に限るネ!アークルを離れて三ヵ月。大分残りも減ってきているのが辛いところだけども。
「シルヴィアも伊代ちゃんも待ってるだろうし、早く帰りたいなぁ」
「ん、寂しいから早く帰ってきて欲しいって言ってた」
俺の膝に座るフレアが俺を見上げてそう言う。ネズミモードな公くんはフレアの胸の間にぬくぬくと包まれて寝息を立てていた。ううん、何ともうらやまけしからん……!
こらち側に来て三ヵ月、と言う事は結婚して三ヵ月と言う事にもなる。新婚さんなのにいちゃらぶできないのはそれはもう、とっても辛い。
精霊であり肉体を契約者の元で再構築できるフレアは自分の体をアークルに置いたまま、こちら側に飛んでくることができる。完全な精霊であるフレアだからこそできる芸当だったりするが、実はシルヴィアにもできないことは無いらしい。けれど、その時は本体ごとこちらに来ると言っていたから、喚べるのは最後の最後のタイミング。そう気安く喚べるものではない。
「ちなみにこの状態で食べたモノってどうなるんだろうね」
「母様曰く、もとの体に還元されるって言ってた」
とはいえ、フレアは精霊。体形を自由に帰れるのでお腹のお肉とは無縁なのだそうだ。それを聞いたサクラちゃんとビオラちゃんの衝撃を受けた顔は今でも覚えている。うん、二人とも気にするほどじゃないと思うんだけどね!むしろビオラちゃんはもっと食べた方がいいし、サクラちゃんはあのくらいがちょうどいいと思うし?柔らかくって抱き心地がですね……と言ったら抓られた。
――懐かしい記憶。もう、懐かしいと思えてしまえる記憶。
ああ、早くサクラちゃんに逢いたい。逢って「大好きだよ」と言ってあげたい。そこまで考えて再びお茶を口に運び、深く、ため息を付く。
「……お前が早っても何も解決しないんだから、落ち着けよ?」
寝台に変形させた馬車からライガーとビオラちゃんが降りて来た。まぁ、現に何回も行って解決できてないしね!
「それで、あの子は?」
「はい、水の魔法で癒すことができました。容体は安定しています」
結局、救う事ができたのは今馬車で寝てる少女だけだった。彼女と共にいた人たちは勇者ではない冒険者だったらしく、プレートと遺品だけ回収してその場に埋めて来てある。
エリクサーはまだあるけれど、完全に死んでしまった人に効果は無い。
この世界には普通の人を蘇らせる薬も、魔法も無い。ゾンビ化が唯一の手段だったりするけれど、魂が肉体から完全に離れてしまえばそれも叶わない。尤も、ゾンビ化を望む人なんてほとんどいやしないだろうけども。
「持っていたプレートによれば、彼女はBランクの入町葵……だそうだ。後は目覚めてからじゃないと話は分からないな」
「まぁ、そんなものか」
彼女を襲っていた縛り上げた野盗共の中には勇者もいた。師匠式拷問術で聞き出しても良かったけれど、平和的に?話を聞けたので良しとしよう。
「平和的……縛られたままの高高度たかいたかいは……平和的なんだろうか……」
「無事にキャッチしてるし平和的でしょ!」
「真人様的にはそうなのでしょうね……」
ライガーとシレーネさんのジト目が何だか痛い。おかしい、誰にも怪我をさせてないのだから平和的に違いないのに!
「ともあれ、高報酬の依頼で魔物達扮する小隊を殲滅するよう依頼をされたって言ってたけれど」
「どう見ても人間だし、普通の商隊だったみたいだけどね。武装してた冒険者はあの子も含めて何人かいたみたいだけど」
彼女が護衛していた商人たちの誰かが余程恨みを買っていたのかもしれない。商売敵を偽依頼で殺すだなんてことがこの世界だと割とありそうで困る。うん、世紀末かな?
「何だよ世紀末って」
「荒廃した世界って事さ。ある意味その通りなんだろうけどね」
この世界は本当に歪んでいる。歪にしているのはどう考えても召喚されたユウシャたちなのだけれど、それを良しとしているのがこの世界の神なのだからお粗末な話である。
「ユウシャたちは元の世界を求めて、この世界の人たちはその変化を恐れてる。そのどちらでもない発展した技術まであるのにね!」
そもそも一度滅んでるのではないかとも思えているのはここだけの話だ。何せ、四天王のサテラさんが勇者だった頃はもっと色々と酷かったそうだし、彼女の作り上げたモノが遺跡になっている時点でお察しである。
「真人はこの世界の事は嫌いか?」
シレーネさんからお茶を受け取ったライガーがすすりながら焚火越しに俺を見る。
「愛する人たちがいるこの世界が嫌いなわけが無いだろう?」
理不尽で最悪で、醜悪に歪な世界ではあるけれど、この世界は俺に愛する人を見つけさせてくれた。大事な友人を、家族を作らせてくれた。俺の居場所を、帰ることのできる場所をくれた。だから、俺の手の届く限り全部護る。救う。
「……本当にお前って、どうしようもない奴だな」
「知ってるさ。俺はどうしようもない奴なんだ」
そう言って肩を竦めて見せると、ライガーに目をそらされてしまった。
焚火で赤く染まったライガーが何かつぶやいたように聞こえたけれど、うまく聞き取れなかった。聞き返そうとしたところで、ご飯の用意をしてくれていた真理とロムネヤスカ姉妹に呼ばれてしまった。本日は獲れたての鳥と野菜のシチューだそうだ。さて、妹の腕が上がったか確認しに行くとしますか!
今日とて遅くなりm( ˘ω˘)スヤァ