44話:湿度を上げると肌喉に良いのは分かるけれどカビも錆も増えてくるから困りモノだよね?
暗く湿気まみれの崩壊した地下深く。
再び降りて来たダンジョンの最終階層へと繋がる――その隠し研究所の一つに彼女――アリアちゃんの研究室もまたあった。
うん、今にも崩れそうだけど大丈夫かなこれ!?
「問題ない。プラトニアスの魔力砲を幾度受けてもここだけは壊れぬよ」
自信満々にアリアちゃんは肩を竦めて見せる。流石は魔法学園のトップと言った所だろうか。一緒について来てくれた学園長さんかっこ仮さんはすごいビクビクしてるのにね!俺も怖いよコレ!
山のようだった瓦礫をどこかすと、確かにその研究室だけは崩れることなく原型を保っていた。あれ程の爆風でも無傷とかどれだけ頑丈なのかな!?
「――そもそもの話、この地に地脈など流れてはいなかった。すぐ脇――山を越えた先にで通っていた大きな地脈の流れ。それを無理やりに分岐させ、この地に流させた。言ってみれば地脈の用水路」
研究室の中、描かれた魔方陣に魔力で手を加えるアリアちゃんはまるで舞を舞っているかのよう。けれども、今行っている術式が如何ほどの大魔術であるかは、今描かれている魔方陣から得られる利の大きさからわかる。単に採れる作物が豊かになるという訳ではない。その地のありとあらゆるものが豊かになる。動物も、魔物も、そして人も――。アリアちゃんが地母の大賢者と呼ばれる所以はそこにあるのだ。
こんなちっこくて可愛い見た目でお母さんとは、何とも業がふか――あ、いえ、何でもないデェス!
「地脈とは、この世界の血流のようなもの。しかし、この用水路は行ってしまえば毛細血管でな。管理を怠ってしまえばすぐに滞り、淀む。我がこの地にとどまる理由はこの世界の研究の為。地脈から世界を解する為。故に、この地に流し込んだ地脈を維持管理し続けてきた。まさか、その流れを我の手によって止める日が来るとは思わなかったが」
その流れを一時でも止めてしまったならば再び流し始めても流れは急激に細くなり、今と同程度の地脈を引き入れるのに十数年。さらに莫大な費用も掛かってしまうのだそうだ。
「や、やはり反対です!今この学園の発展があるのは地脈の流れあってこそ!アレを!プラトニアスとやらを倒せばいいだけではありませんか!」
すなわち、学園長が必死にアリアちゃんを引き留めようとするのも必然。うん、俺もそう思う。だからこそ、俺の我がままを聞いてもらうのなら申し訳なさで一杯だったのだけれど。
「否。それでアレは終わらぬ」
あっさりと、学園長の言葉は一蹴されてしまった。
「ビアスの研究は――既に一読してある。アレはその地に霊的な根を下ろした時、その地脈に核を移す。即ち、今目の前にあるモノは茎や花。――プラトニアスを吹き飛ばしたところでいずれまた、芽吹く」
つまり目の前のアレを倒したところで、魔王達の魔石が無いプラトニアスではあるけれど、いくらでも蘇ってくると言う事。魔石が無くてもこの感じ、魔王クラスはあるだろうから十二分に脅威であることに変わりは無い。うん、やばくないかな!?
「無限に湧くダンジョンマスターとしては確かに理想的。けれど、現状アレは人に管理できるようなものではない。発生のタイミングも、場所も把握ができない。気付けば手が付けられなくなっている事も考えられる。故に、完全に切除できなければならない。アレは最早無限に湧き続ける――ただの化け物」
なればこそ根絶しなければならない。
だが、既に核を地脈に移しているであろうプラトニアスをどうやって倒しきればいいというのだろうか?
「プラトニアスは移動型地上殲滅兵器とも名されている。地脈を一時的ではあるが完全に止める。そうすればプラトニアスはその形態を変え、新たな地脈のあるポイントへ移動せざるを得いと考えるだろう」
地脈の流れが無くなれば核はプラトニアスの体へと戻る。俺がアレを倒すべきタイミングは核があれの中へ戻った瞬間しか無い。
「移動形態となったプラトニアスがどのような姿になるのか、どのような能力を持つかまでは論文には書かれていない。ビアスの研究がまだそこまで研究が至っていなかった。だが――君ならば倒せると信じている。私たちの不始末ではあるが――お願いできるかな、勇者真人。もしできるのであれば我にできる事であれば如何様な事もする、とでも言って構わないが」
なるほど、それはとっても魅力的なお誘いだ!けれどもこれは俺の戦いでもある。
「頼まれなくてもやるから報酬は特にいらなんだけどさ。ん――でもどうしてもって言うなら。もしもこの戦いで俺が助けた人たちは悪いようにしないで欲しい」
「――分かった。それが君の願いであれば叶えるとしよう」
くすくすと見た目にたがわぬ可愛らしい笑みでアリアちゃんはそう答えてくれた。これで何の憂いも無く戦うことができる。うん、助けたのに実験体とかにされちゃった利したら堪らないしね!
「君は我々を何だと思っているのだ」
「マッドサイエンティストならぬ、マッドマジシャンズ?」
「くすくす。なるほど、我らは己が求める研究をいかなる障害をも排除してでも達成する嫌いがある。マッドという表現は言い得て妙というわけだ」
楽しそう笑うアリアちゃんだけど、つまるところ今までそう言う事を彼女もしてきたと言う事なのだろう。ぐぬ、可愛い見た目なのになぁ……。
「見た目など、その者を表す指標の一つにすぎぬ。お前とて、そうであろう?その軽口をたたく涼しそうな顔の裏であれ程の戦いを繰り広げているのだからな」
「……さぁて、ね」
年の功ともいうべきか、彼女の洞察力には目を見張るものがある。どうやら彼女には俺が精神を分裂させることなく今もなおプラトニアスと戦っていることを見抜いているらしい。隠すことでもないのかもしれないけれど、白髪のお爺ちゃん学園長には伝わってなさそうなので適当に流しておくことにする。
「さて、こちらの準備は整った。もし、再び地脈が流れ出した時、奴は再び根を下ろすことも考えられる。止められる時間は三十秒ほど。タイミングは恐らく一瞬だろう。――くれぐれもしくじるなよ?」
――ああ、そんなことは分かっているさ。
大きく息を吐き、目の前のプラトニアスから距離を取って龍刀鼓草を鞘へと納める。
何をもって勝利を確信したのか分からないが、プラトニアスは惜しげなく黄色魔石であろう魔竜たちを生み出していく。
ここにきて面倒くさいことを――!
しかし、時は待ってくれるほど優しくない。
『行くぞ、勇者……。あーゆーれでぃ?』
アリアちゃんのダウナーな声が分身を通して俺の耳へ届く。
「――ああ、できてるよ」
煌めくは刹那。人としての俺の超えられるすべてを踏み超えて、そのただの一刀へ捧げるのだ。
大きな音がしたかと思うほど、霊的空気ががらりと変わる。まるで別世界に落ちてしまったかのようだ。
――残り三十秒。
俺はその数十秒で己が勇者を、示す。
今日も今日とてとってもとっても遅くなりまs( ˘ω˘)スヤァ