37話:ついこの前まで遊んでいたゲームがレトロゲーだよと言われると思わず聞き返ざるを得ないモノだよね?
未だ増え続ける魔物たちは最早フロア中を埋め突くし、足の踏み場もないほど。そして、その魔物たちを踏み散らし食い荒らしながら最終階層から姿を現した三つ首の龍が迫る。
「君たちは――ここで果てる。ああ、だが安心したまえ。殺しはしない。尤も死んだ方がましと思えるかもしれないけどねぇ」
くくく、と楽し気に人魔王ビアスが笑う。
――ああ、本当にふざけている。
この男は最早人ではない。もしかすると人であったころから人である心を持っていなかったのかもしれないけれど、俺にはコイツが生きている価値を見出すことが一ミリたりともできやしない。
「OK、今からお前をぶっ殺す」
「やれやれ、できもしないことを口に出すと小物に見えるぞ、勇者くん?」
三つ首の龍の背に余裕たっぷりと言った様子で腰かけた魔王ビアスは膝を組んでニヤニヤとしている。
本当にふざけた奴だよアイツ!
「こ、こんなのどうすれば――『ええい、妾に変われ!』えっ?」
驚いた真理の声に、何だかとっても嫌な予感がして振り向くと――ちょうど真理の中にヒルコ様が入りこんでいくところだった。うん、一体何を?と目が点になったところで美しい羽衣が現れ、何やら神々しい装飾が幾つも増えた。これはまさかのフォームチェンジ!?
「くく、これこそ!デュミナスフォチュナー・エンシェントモード!はっはっは!あの神を出し抜いてやったぞぅ!」
腰に手を当て真理が高らかに真理がそう叫ぶ。……真理?真理さんだよね?あ、あれ?乗っ取られてないかな?!なんだか衣装も際どくなってるし!?
「なに、少し体を借りておるだけだ」『す、少しってヒルコ様!?というか、布面積が消えてる!消えてないデス!?』
どこからか慌てた様子の真理の声が聞こえる。どうやら事前にこんな事になる話をしてなかったらしい。なんだかニチアサでよく見る光景に見える。強化フォームって大体事前の説明なしに変身するしね!
「それで、どうだというのかな真理くん」
「こうするのだ!さぁ、!我と共に戦え!」
ポムン、と煙が巻き起こり姿を現したのは俺のよく見知った少女――メイド服姿の沙夜であった。頭には角が生えており、すでに人を辞めてしまった事を証明しているかのようだった。
「戦力を増やすという意味では正しいのかもしれませんね。この姿であれば存分に真人様にご奉仕ができますし」
手をにぎにぎして久々に元の姿に戻れたのが嬉しいのか沙夜はくるんと回って見せている。どうやら下にはスパッツをはいているようだけれども、短めのメイド服は眼に毒だからやめて欲しいな!うん、今忙しいからこっちを見ながらすそを持ち上げないの!
「まぁ、まだ妾が真理の中に入っているとき限定であるがなー。今の真理では地力が足りん。地力が」『事実だけど二度も言わなくていいと思うな!』
話を聞く限りだと真理はまだ俺側の世界に踏み入れて体感数日らしいので仕方ないといえば仕方なかったりする。どこかできちんと特訓してあげないとなぁ……。
「だから、それがどうしたと言っている」
人数が増えたことを意に介した様子もなく、ビアスは軽く手を振るって魔物たちをけしかける。迫る敵は眼前総て。ならばその全てを薙ぎ払ってしまえばいい、と鼓草をゴブリンの頭を切り落として勢いのままに技を振るおうとした、その時だった。
「――漆黒に彩られし闇より深い深淵よ、我の目の前の敵を射抜き貫け!スペクタキュラー・シャドー・ランス!」
「へ?」
可愛らしい声と共に黒い影の槍が出現し、次々と魔物たちが貫かれてその姿を魔石へと変えていく。声の主は――と見回すと、フォームチェンジした真理の後ろにずっと隠れていたカトレアちゃんであった。
「こ、これでも私はヴァンパイアなのです!力はお父様には全然及ばないのですが、それでも!」
「だが、まったく足りない」
「ふぇ?」
ゾワリと悪寒が奔り、トンと一足でカトレアちゃんの元へ辿り着き彼女を抱き上げる。
彼女がいたはずの場所に触手の束がニュロルンと出現し、そこにいたはずの獲物を懸命に探している。 魔物の名はローパー。イソギンチャクのような触手だらけの陸上型の魔物である。
「うげ、き、キモイのう」『ぬるぬるしてる!うねうねしてるぅ!」『わ、私アレにがてなんですぅ!」
「なるほど、あれがよく真人様の薄い本に描いてあった……」
女性陣の反応はあまりよろしくない。まぁ見た目が完全にアレだしね!……それと沙夜さん?今薄い本の事は言わないで欲しいな!というか!掃除がされた部屋の机の上においてたのって沙夜だったのね!せめて元の場所に戻してて欲しかったな!まぁ、今となっては後の祭りなのだけども……グスン。
「それは兎も角、カトレアちゃん。さっきのもう一回できるかな?」
襲い来る触手の束を避けて躱して切り捨てて、壁を天井を駆け巡る。こうしている間にもアイリスちゃんの姿が薄くなっている。時間は既に無いと言っても過言ではない。
「は、はい。お父様みたいに乱発はできませんが、時間を……五分いえ、三分ほど頂ければ……」
「オーライ、それならカトレアちゃんのタイミングでやっちゃってくれるかな」
「は、はい!」
元気な返事を聞いたところで、カトレアちゃんを走りながらヒョイと沙夜に預ける。うん、詠唱終わりまでよろしく?
「承知いたしました」
沙夜の返答を聞かずして速度を上げて魔物の中へと躍り出る。
無限流/刃/嵐にて眼前の魔物を散らして道を作る。しかし、それは三つ首の龍にとっても狙いをつけやすくした事にもなる。
「さぁ、我が竜よその息吹を吐き出したまえ」
三つ首総てから高々熱の熱風が俺めがけて放射される。鋼鉄をも一瞬で溶かしつくすほどの火力が俺の周りに殺到した魔物諸共焼き尽くす。――が、当たらなければどうと言う事は無いんだよ?
無限流/刃/奥義ノ壱/武御雷!
「ぬぐぅ!?」
駆け上がった天井から落下しながら魔王ビアスごと三つ首の龍を真っ二つに叩き切る!
「「「ぐがあああ!?」」」
断末魔の叫びをあげ、三つ首の龍はその巨体を近くにいた魔物たちを押しつぶしながら崩れた。これで後はあのプラントだけ――
「なるほど、本当に君は規格外だ。いやはや、まさかコレですら一撃で屠られるとは思わなかったよ」
見上げると、無傷のビアスがそこにいた。……いや、違う。これも偽物だ。
「そうか、お前。最初からそこにいるな」
俺の指さす先。それはプラントと成り果てたアイリスちゃん達の肉塊のその中。
「……御明察、お見事だよ。よくわかったね。ほめてあげよう」
馬鹿にしたような笑みを浮かべ、ビアスは手をパチパチと叩く。
「だが、それが分かったところで君たちは最早どうすることもできない」
「もはや君たちは袋のネズミ」
「その通り、逃れ出る事など――不可の……ぅ……?」
影の中から今度は魔物ではなく、人魔王ビアスが次々と姿を現し始め――止まった。
「あ、ぐ……?」
影から生まれたビアスたちが泥となって溶け、その場に崩れる。
「わた、私は、私で、私が、私たち、で、う……私は、私は――何をしている?」
呆然とした表情でプラントの一部となっている彼はポツリと、そう呟いた。
「ビアス……先生?」
「君は、誰、だ?」
まるで俺の事が初対面化のように彼は驚きの表情で首をかしげる。何が起こって……?
「あーあ。まったく、ここまでお膳立てしておいて、まさか最後の最後に意識が戻るなんて……本当に運が悪いですね、先生」
地下水脈の工房側から現れたのは、俺が先ほど塔から叩き落した男だった。名前は、確か――
「ケンプ、ケンプ君!これは、一体どういう事だ!私は、なにが、どうして――!」
「はいはい、先生。すべて先生のお陰で計画は順調です。ここまでのご協力ありがとうございました」
恭しくケンプと呼ばれた男は頭を下げた。
つまり、この男こそビアス先生を操りこんな醜悪な実験をさせた本当の犯人だというのだ。しかし、恐らくは目の前にいるこいつも影。本体ではない。
「――そして最後のお仕事です」
「ぐ、ぴ?」
ゾグリとプラントから這い上がった触手に絡めとられ、ビアス先生は中へと引きづりこまれてしまう。
「そこの勇者たちを喰らい、我らが神への供物となってください。ええ、さようなら賢き人」
言いたい放題に言うとそいつは泥となって溶けてしまった。辺りを探っていたけれど本体の姿は、無い。どうやら逃してしまったらしい。
『に、にに、兄さん!ヤバイ!あれ、どうするの?!』「うへぇ、どうにもこれはできんのう」
あふれ出た肉塊が全てを飲み込み一つとなり――ソレは産声を上げた。
醜悪な翼が六対生え、胸部には結晶化したクリスタルが五つ。それぞれに人の姿が浮き出ており、その中にはビアス先生にアイリスちゃんの姿もあった。巨大な腕が生えたその肉体の――その下半身は、無い。背骨がそのまま尾になっており、正しく化け物と言うにふさわしいだろう。
俺はこれに似たモノを見たことがある。
それは魔王バアルの魔石を取り込み疑似魔王となった魔獣ゼブルだ。
けれどもこいつは勝手が違う。何が違うかと言えば――こいつはダンジョンマスター。大地から汲み上げた力をそっくりそのまま使っている。このまま籠っていてくれればいいのだけど、どうやら目の前のこいつはまったくもってそのつもりは無いらしい。
最後に残されたケンプという男の言葉をどう曲解したのか、ソレは大きく開いたアギトへとあふれんばかりの魔力を収束させている。
放たれる前に斬り落としてしまえば――!踏み込み、刃を振るうが溢れ出した何体ものビアス先生もどきが目の前に躍り出てきて防がれてしまう。これでは間に合わない!
『兄さん!』「真人、こっちへ来い!来るぞ!」「真人様!」「ぴゃあああ!?!」『先生、先生!!』
混乱するみんなの元へ駆け寄ると様が結界を張ってくれた。けれど、それだけでは足りない。足りていない!息を深く吸い、己の全部の力を振り絞り来るべき日の為に考えていたその技を解き放つ。
――巫術/第壱の秘術/八咫鏡-降天伍華!!
溢れ出す閃光辺りを包み込み、その全てを天井へ向けて全力で逸らす!
「おおっ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
五重にも重ねた障壁がまるで花びらを散らすように砕けて行く。それでもまだ、まだ耐えろ!
俺が死ねばみんな死ぬ。もう、もう二度と――
「失ってたまるモノかよおおおおおおおおおおお!!!」
閃光は天蓋を討ち貫き、階層を魔物ごと消失させ――ついにはダンジョンそのものを焼き尽くし、空へ高くへとその輝きを解き放ったのだった。
今日も今日とて遅くなりまし( ˘ω˘)スヤァ