33話:かぐや姫の難題の宝物ってどう考えてもあり得ないモノばかりなのに男たちの情熱って目を見張るものがあるよね?
もし、ビアス先生が強硬手段に出て連れ去られたときは抵抗せずに目を閉じたままじっとして動かないでいれば大丈夫だからね!と真人さんが仰られていたのですが、とっても怖くて体が震えるのはどうしても止められません。 うう、お父様、お母様……私、姉さんの為に頑張っています。ですので、少しだけ、ほんの少しだけでいいので勇気をください……。
先生は私を小脇に抱えたまま、薄暗い水路を奥へ奥へと進んでいきます。大きな空間に出たのか音の反響が変わり、急に明るくなったせいで思わず目を閉じたまま小さく瞬いてしまいました。み、見えてない、ですよね?
「――そのまま聞いておくれ。小さなレディ」
ぽつり、呟くように先生が言葉を紡ぐ。コツコツと先生の靴音が石畳を歩いていく音が聞こえます。
「うむ、目が覚めているのも薬が効いていないのも承知の上だ。君がここに来てくれることを私はずっと待ち望んでいた。もちろん、実験の為だがね。そう、全ては人類の為。このクソッタレな世界で人が生き残るための光明を見出すためだ!私はそのために生きているのだからね」
靴音が止まる音がすると同時にぞくりと、体の奥底から湧き上がる感覚に思わず目を見開きます。
「姉さん……?」
そこにあったモノは絡みつくように魔物たちが組み合った醜悪な肉塊――その中心部には三人の見知らぬ少女たちと、私が探し求めていた姉さんの姿がそこにありました。
「これは試作品たちを組み合わせて何とか形に組み合わせた実験体さ。彼女の魂が完全に魔石と融合しさえすれば完成してくれるのだけど……どうやら彼女の肉体と魔石の相性が良すぎて魔石が肉体に癒着した時点で魂をはじき出しちゃったみたいなんだよね。まぁ、それでも少しずつ進展はしているのだけどね!けれど、スポンサーからもっと早く完成させろってせかされちゃってねぇ。うん、本当ならもっと時間をかけてコレが完成してから君を使いたかったのだけどね」
先ほどの優しい表情のままビアス先生はウインクなんてしています。この人は、人を、姉さんをあんな風にして何とも思っていないのでしょうか?
「ん?何か言いたいのかい?ああ、君をどう使うのか気になるのかな?そもそもな話これはプラントと言っていわゆる一つのダンジョンコアと同じ役目を持つモノさ。領域を支配し、土地からくみ上げたエネルギーを利用して、彼女らの記憶から魔物を生み出していくんだ。一人目は普通の学生でね、魔物の知識が無いせいか白色魔石のゴブリンしか生み出せなかった。二人目は冒険者。魔物の知識は豊富で期待したのだがが――魔力が少なすぎて魔石との適合ができなかったせいで青色魔石を生み出すことはできたが、ペースは週に1体程度。これではプラントとしては不合格だ。三人目はうちの生徒で、君のお姉さんの先輩を使ったんだ。魔力も十分。魔物の知識も他の生徒とは比較にならない程に持っていた。これならばと思ったのだけれど、これまた生産ペースが遅すぎる。黄色魔石の魔物を出すことができるようになったけれど、月に一度程度。白色も緑色も青色も、週に二体が限界だった。原因は何か――そう、素体が悪かったのだよ。ただの人間の脆弱な体では赤色魔石に適合できなかったんだね。そこで、君のお姉さんだ。人と魔王の間に生まれた、正しく私の理想に近い素体だったのだよ!」
嬉しそうにビアス先生は熱弁をふるいます。それなら、まさか姉さんをラボに入れたのは最初から……?
「そう、最初からアイリスくんはこのために私の手元に来てもらったのだよ。彼女は優秀な生徒だった。素体にするのも惜しいくらいに。素直で、勤勉で、魔力も豊富。あのまま行けば魔法学園でもトップクラスの能力を持つことができていただろう」
「なのに、何でなのです!姉さんは、先生のラボに入れてとっても楽しいって、とっても嬉しいってお手紙にいつも書いてくれていたのに!なのに、こんなの、あんまりじゃないですか!」
思わず思い切り叫んでしまいました。だけど、これだけは行っておかなければいけませんでした。この人はあんなにも慕っていた姉さんをあんな目にあわせているのです。こんなの、許せません!
「そんなことは無いさ。これは私の精一杯の愛情表現なのだよ?――後は君をあの中に組み入れてしまえば彼女らは一つの作品として完成するのだからね!」
「そんなこと――!」
「むぅ!?」
背中からコウモリの羽を広げ、先生の腕から逃れます。まだ、少しだけお薬でしびれていますが、ヒルコ様に手を合わせていたお陰か思ったよりも動けます。後でお礼を言わないといけません!
「ふむ、やはり見立て通り――君は最後のピースにふさわしい!魔物の力を持ちながら人である特性も持っている。――どうやら少なくとも黄色程度の魔石は既に持ち合わせていそうだ」
「姉さんを元に戻してください。そうでなければ、ここをすべて破壊しつくします!」
「ふむ、そうすれば君も君のお姉さんも生き埋めになってしまうがそれでもかまわないのかな?」
「それは――」
困る、と逡巡した瞬間でした。足元に発現した魔方陣から光の縄が私をからめとり、羽もまとめて動けなくなってしまいました。こ、これくらい――!
「これでも賢者を名乗っているのでね。君程度であれば私一人で無力化は容易いのだよ。さて――まずは君の抵抗する意思から剥ぎ取らせてもらうとしようか」
「あ、や――」
何とか引きはがそうにも、私の苦手な光の特性の魔法の縄のせいで逃れる事ができません。私が何者かこの人は最初から知っていたのです。恐らくは、姉さんから強制的に聞き出して……。
あまりの悔しさに私は涙を流します。奥歯を割れんばかりに噛みしめて、魔力を巡らせ、その縄を引きちぎるのに力を注ぎます。けれど、ビクともしません。なんて頑丈な!
「無駄だよ。カトレアくん。君はもう――詰んでいる」
ビアス先生の手には液体の入ったボトル。
「知っているだろう?これは聖水といって魔物除けに使われるモノの原液だ。魔に侵されたときに使うモノなのだが、これを君に注げばどうなるか……ふふ、知っているかな?」
そんなの、知らないわけが無い。私たち吸血鬼の苦手なモノ――銀製品に木の杭、太陽光、そしてそれに連なる光魔法に神聖魔法も苦手なモノに含まれます。聖水とは神聖魔法によって作り出される聖なる水。そんなものをかけられたりすれば、肉は焼け爛れ、再生することも無くのたうち回ってしまうに違いありません。
「大丈夫だよ。ああそうだ。君が動かなくなるまでかけてあげるだけだ。決して殺しはしないから安心してくれたまえ」
「やめて、やだ、そんなの……」
恐怖に声が震えます。死にはしなくても、襲い来る激痛は死ぬほどに痛い事はお父様に何度も聞かされいます。体をよじり逃げようにも私を捕らえた光魔法は綻びすら無く私をその場に縫い留めたまま。
ボトルのフタが外され、私の頭の上へとボトルが掲げられます。ああ、やだ、こんなの――姉さん。
瞬間、小さな何かが私の体を駆け上がり、先生の腕を弾き飛ばします。
「ぬうん!?な、なんだこいつは!」
先生が驚きの声を上げると同時に、その小さな何かは私を捕らえていた光魔法を紅蓮の炎にて焼き払ってしまいました。でも、熱くない……?
「ちゅ、ちゅちゅー!」
えへんと、腰に小さな手を当て、ドヤっとした顔をしたのは――他でもない姉さんの可愛がっていた鼠の公くんでした。うん、公くんってこんなにすごい子だったんですか!?思わず私が目を丸くしたのはここだけの話なのでした。
今日も今日とて遅くなりましt( ˘ω˘)スヤァ