13話:ジビエのお肉というモノは猟師の腕で味が変わるから不思議だよね?
初めに降り立ったのは美しい王城だった。
テンプレートの如く決まったセリフを王様から聞いて、この世界の為に魔を打ち払って欲しい云々と言う話を聞き流して、兄さんについて聞いてみる。――が、どうやら私があの神様に送還されたこの国には兄さんが召喚された記録は無いようだった。
『そんなに簡単に見つかるなら苦労はありません。真理様がしようとしている事は広大な砂漠の中から金貨を探しすのと同じくらい難しいのですから』
王城で泊ったときに沙夜がそんな風に言っていた。確かに、沙夜の言う通りだろう。思っていた以上に勇者と言う存在を召喚している国が多い。というよりも、人の国であれば必ずと言っていいほど召喚を行っていた。そして、現在存在する勇者の数も優に現在確認されているだけでも千人を超える……と聞いて私は頭を抱えたのである。それだけの数勇者がいるのなら探すの何て、無理が過ぎるんじゃないかなぁ……。
とはいえ、私には神様が付いている。そう!運勢操作までできる正真正銘の神!ヒルコ様である。漢字で書けば蛭子と書くことからエビス様と同一視されるだけあって、その力は正しく本物。そういうわけで!兄さんに早く合わせて欲しいのですが……!と言ったら目をそらされてしまった。曰く、こちらの世界に転移するにあたり、その力の大半を失ってしまったのだそうだ。
『思ったより弱体化が激しいからしかたない。まぁ、それでもこの世界の魔王とやらには余裕で勝てる位には強いがな!』
と、まぁ頼もしい事を言ってくれたが、兄さんを探しに来ただけなのに魔王と戦う機会なんて無いと思うけどなぁ……。
『これがフラグ……』『ああ、見事に立つのを見たの』
ぬいぐるみサイズの二人がぷにぷにとひそひそ話をしている。ふふふ、聞こえてるからね!
そうして私の兄さん探しの冒険が始まりを迎えたのだけれど……。まずは冒険者ギルドで研修を受ける事にした。何事も最初が肝心!慢心いくない!……という訳で、情報収集もかねて私は魔法学園へと向かいこの世界について学ぶことにする。尤も――あのタカのメダルについてギルドで聞いてみたところ、調べるなら魔法学園が一番だと言われたのも原因だったりする。世界中から魔法や魔道具に関する技術や知識を学びにやって来るのだと聞いたのが原因ではない。うん、違うよ?目的は見失ってないからね?この年になっても魔法少女にあこがれてた訳じゃあないからね?
この世界に来てから四日目、ようやっと定期で運行されているという馬車に乗り込んで学園へと向かう。私のいた国の首都からは馬車で三日ほどかかるらしく、思った以上に長い旅路となった。
「兄さんを探して……なのですか。で、でもでも、同じく勇者になったかなんてわからないんじゃないのです?」
「いやぁ、そうなんだけどね。可能性だけでもあるかなと思って」
話を聞いてくれているのは今回同じく魔法学園に一緒に行くことになった魔法使い志望のカトレアちゃんである。大きな黒い帽子を目深めにかぶったはちみつのように透明感のある金髪で紅の瞳をした、とてもとても可愛らしい女の子だ。年は小等部の高学年になるかならないかくらい。ああもう儚げでちっちゃい可愛いなぁ!
『真理様、眼が怪しいです』
「そ、そんな目してないよぅ!?」
『しっておったなぁ。正しく襲い掛からんとする獣のようだったの!』
沙耶とヒルコ様言われて手鏡でそっと確認してみる。うん、してない……してないよね?
「くすくす、真理さんて精霊さんと仲がいいのです」
太陽のように微笑むカトレアちゃん。ああ、可愛い……。ギュッとしたい……。
『……落ち着いてください。他の方のご迷惑になりますよ?』
「おっといけない」
流石にそれは本意ではないので大人しくしておくとする。それを見てカトレアちゃんはクスクスと笑ってくれた。……天使かな?
『さて、それはどうかの……』
ポツリ、と私にだけ聞こえるようにヒルコ様が呟いたが聞こえていなかったことにする。うん、そうしよう。
移動中の食事は狩った獲物や保存食を調理したものがメインで、味よりも量といったイメージだった。これもまた、この世界に来て最初の試練――というか、うん、美味しくない。むしろまずいと言ってもいいくらいだ。塩気が無ければ甘みもなく、旨味すらほとんどない。素材そのものの味を大事にしました!とは名ばかりの野草と獣肉のごった煮だった。うう、王都の食事はそれなりだったけど、これはあまりにも酷い……。
文句がある奴は喰わなくていい!とニヤニヤとしながら先輩勇者が言うが、生きるためには食べるしかないので。つがれた分は残さず胃の中へと流し込んでしまう。……獣臭がすごくて本気で食べれたモノじゃあなかったけれども。
『血抜きが不十分ですね。これでは味が落ちるのも当然です。モツをすぐに抜かなかったのも原因で臭みが移ってしまっています』
ぺろりとひとなめした沙夜がやれやれといった表情で小さな肩を竦めて見せる。
沙耶は今の姿になって食事をとらない。大きさも原因ではあるようだけれど、食べ物を消化できるほどの肉体を維持できる力を私が沙耶に送れていないことも原因なのだそうだ。つまるところ、私の実力不足。いくら私の霊力以外の食べ物が必要無いからといえ、このままという訳にはいかない。どうにか早く何とかしてあげたいところだ。
魔法学園についたころには私や同伴している子たちの表情は明るく無かった。食事は元気の源というけれど、それを正しく実感させられてしまった。
先輩方曰く、いい教訓になっただろう?だそうだ。……私は忘れもしない。彼らは香辛料を使って自分たちだけ美味しくいただいていたのだ!ぐぬぬ、お金があれば私だって……!
学園に冒険者プレートを見せ学園へと入学する。これでここから三ヵ月の間は学生としてここで過ごすことができる。学費は勇者であればその間は免除され、以降は学園に通いながら稼ぐしかないのだそうだ。
とはいえ、こんな辺境で稼ぐところがあるのか――と聞いたところ。ここには人口ダンジョンがあり、そこに出る魔物を狩って生活費と学費に当てる事ができるのだそうだ。他にも仕事が色々とあったがここでは割愛としよう。
入学式を軽く済ませ、あいさつもそこそこにオリエンテーションが始まった。
この世界の成り立ち、魔法の成り立ち、魔道具について、魔物について、魔王について、そして勇者について。おおまかでざっっっくりとした講義ではあったが、初心者である私にとってはとても有意義だったといえよう。うん、この世界頭おかしくないかな?というか、詰んでない?
『魔王と人の国が拮抗しているところをみるとそうでもないのでしょう。尤も、拮抗させてもらっているだけにも見えますが……』
『人の国側だけの見解であるのも気になるところだの。はたして人の国の言葉が……勇者が絶対的な正義と言えるのかが気になるところではある』
なるほど、と二人の言葉に頷く。確かに二人の言う事は尤もだ。まぁ、どちらにせよ私は兄さんを探せさえすればいいので、人の国が勝とうが魔王の国が勝とうが関心は無い。
「さて、この世界の事を学んだところで次は魔物の恐ろしさを実感していただこうと思いまーす☆」
やけに明るくハイテンションな先生がたわわなメロンを弾けさせながら決めポーズをしている。
これが担任の先生、アザレア先生だ。そう、担任……た、担任である。一抹の不安がよぎったけれど、カトレアちゃんが同じクラスの隣の席だったので良しとする。んふふー!これぞ号運のなせる業ね!
『無駄な事に運を使ってる気がします』
『正しく運の無駄遣いだの』
何か言われてるけど気にしない!!私がいいからいいのである。
魔法学園はかなり広い。かなり、と言うとおおざっぱすぎるかもしれないけれど、本当に広いのだ。あそこの山辺りまでが学園ですよ♪と先生のざっくりとした説明でわかる通り、一見で把握しきれないほどに広大である。まぁ、授業や研究は基本的に学園である塔で行われるそうだから迷う心配は無いのだけど。
「魔物と言っても種類は様々です。この初心者用のダンジョンには青以上……つまりオーク程度までしか出現することはありません。ですが、まれに変異した強個体が出現することもありますので、心してくださいね☆」
キャピ☆とアザレア先生が無駄に大きなモノを揺らしてポーズをキメている。ぐぬぬ、私ももう少し成長すればあ、あとちょっとくらいは……!
「……真理さん。なんか、嫌な気配がするです」
「嫌な気配?」
カトレアちゃんに言われて耳を澄ませてみるけれど、そんな気配はどこにも……いや、感じる。確かに何かを感じた。これは――敵意。あの日、私が異形を知ったあの日に感じた。死を感じるほどの――。
「そういうわけでぴっ――」
説明をしていた先生の姿が一瞬で消え去り――変わりに現れたのは二十メートを超える巨木を優に超える巨大な――大蛇の姿だった。
ジタバタと動く先生の足がちゅるん、と蛇の口の中へと納まると品定めをするように大蛇はこちらを見下ろした。
足が、竦む。頭が回らない。
蛇に睨まれたネズミの如くその場から一歩も動くことができない。
「や、やだああ!死にたく!死にたくないいい!」「きゃあああああ!」「化け物おおおお!!」
大声を上げ、同じクラスのみんなが逃げ去って行く。が、その声に釣られたのか森から魔獣たちが現れ、生徒たちへと襲い掛からんとしていた。私は――私も逃げないと――震える足を奮い立たせ、駈け出さんとした瞬間だった。私はその場にへたり込んで動けなくなったカトレアちゃんの姿が――蛇が彼女に狙いを定め大きく口を開けたのが見えてしまった。
「こ――こなくそおおおお!!」
もうやけっぱちだった。
逃げる事は簡単だ。だけど、目の前のこの時を、この瞬間を逃げてしまえば死ぬほど――ううん、死んでも後悔する。だから私はこの世界に来て二度目の変身を遂げる。
純白のフリルがついたその衣装はとても動きやすく、機能的ではあるけれど……スカートがほぼ意味をなしていない。うん、確かに水着……水着っぽいけれど!
『ほう……あの神め、いい仕事をしおる』
と、ヒルコ様がなんだか嬉しそうだったのは言うまでもない。私は!もっと普通がよかったけどね!!
変身をした勢いのまま、蛇の横面にパンチをしカトレアちゃんを庇う。一瞬怯んだ大蛇ではあったけれどそんなことでは止まってくれない。そんなことは百も承知。時間さえ稼げれば、それで――!
「カトレアちゃん、逃げて!」
「だ、ダメなのです。あ、足が、立たなくって……真理さんだけでも――」
涙目のカトレアちゃんはフルフルと首を振る。だけど、ごめんね。多分それは無理だ。蛇は抵抗する私をも獲物に定めたのか執拗にその牙を躍りかからせて来る。こちらの世界にも来てやっていた沙夜式トレーニングの成果は上々。うん、少しは動けてる、うっ!?
『真理様――!』『馬鹿者が!』
不意打ち。
薙ぎ払うように打ち据えられた蛇の尾が私の背をしこたまに打ち据え、私はまるでゴミくずのように地面に叩きつけられてしまった。
痛い、すごく、すさまじく、痛い。
傷が即座に再生されていくけれど、それでも痛みが無いわけじゃあない。フラフラと立ち上がり――ソレと目が合った。
そこからは全てがスローモーションのようだった。
勝利を確信した大蛇が鎌首をもたげ、一瞬にして私へ向けてその顎を開け放った。
ああ、こんなところで私は終わる。終わってしまう。
一目だけ、たった一目だけで良かった。――兄さん。
瞬間、黒い影が大蛇へと飛び掛かり、土煙と爆音が辺りに響き渡った。
そう、正しく瞬く間の間にあれ程の脅威であった大蛇が頭蓋を叩き割られて動かなくなってしまっていたのだ。
あまりのことに呆気に取られていると――土煙が風でゆらりと消え去り、蛇を一撃にて葬った誰かの姿が見えた。
「――兄……さん?」
思わず、私はそう言っていた。
確かに背格好は同じ。髪の色も黒で、雰囲気は似てなくもない。が、その人は仮面をつけていて、本当に兄さんだとは判別できるはずもなかった。だけど、私はそう言ってしまった。ううん、そうであって欲しいと思ったんだ。
「真理……?」
答えはすぐに出た。ああ――やっと逢えた。変な仮面をつけているけど、この人は――紛れもなく、私の兄さんだ。
思わず、涙がこぼれる。これで兄さんにちゃんと、あの日の事を――と言う事まで考えて、今の自分の格好を思い出してしまった。うん、ちょっと待っててね?すぐに着替えるから!
『なんとも締まらんのう……』『仕方ありませんね、真理様ですから』
二人のそんなボヤキが私の無い胸を抉ったのは言うまでもない。
今日も今日とて遅くなりまs( ˘ω˘)スヤァ
名前の誤字と話数ミスがありましたので訂正しておりますOTL