9話:冷凍庫の中にたまった氷が一気にはがれるのってカサブタが取れた時の感動に近いものがあるよね?
サクラちゃんの領であるアークルの先、魔王バアルが支配していたエスティリア領を越え、山脈を越えた更に先の先にある国。それがアクシオム。俺たちの初めて正式に訪れた人の国である。まぁ、偵察で何度か来たことはあるんだけどね!
「そしてここは始まりの町、ザッカーという訳だ!ようこそザッカーへ!」
「ええと、どちら様かな?」
町の門を護る衛兵の兄さんがモノすっごく微妙な顔でこっちを見ている。
そりゃあ門の前の関所で急に叫んだらそう言われるよね!とか言ったらライガーのから無言で足を思い切り踏みつけられた。それも小指辺りを。痛いな!?
「怪しい奴――はお前だけか。なんだその仮面は!」
ものすごい勢いで俺のつけている格好いい仮面について聞かれてしまう。ふ、やっぱりわかる男にはわかる。この仮面の良さを!
「ああ、これは呪いで取れなくなってるだけだから気にしないであげてください。寝る時も風呂も、食事時も取れないみたいで……」
「それは……お気の毒に……そんなクソださな仮面を四六時中つけていないといけないだなんて……」
ん?何て言った?クソださ?え、何?クソださって言ったのかな?うんうん、ちょっと表に出ようか?と馬車から降りかけた瞬間に後頭部にライガーからチョップを入れられてしまった。
「目的を忘れるなよ、目的を」
「でも!」
「でもじゃない」
「けれども!」
「いいから行くぞー」
関所に通行手形を見せて街の中へとそのまま入っていく。
この手形は、ビオラちゃんのお父さん――魔王フォカロルと親交のあったとある人の国に結婚の挨拶行ったときに、ビオラちゃんを貴族として籍を置かせてもらうことができ、作ることができたのだ。
尤も、そのままの名前では流石にまずいので、スミレ・グリフィンという偽名で作成している。ビオラを和名にして魔王フォカロルを捩ったものであるのだけれど、お父さんのを名前にいれることができたとビオラちゃんはなんだか嬉しそうだった。
ちなみに、作ってもらったお礼にとうちの領の大型の魔導冷蔵庫をその国の王様にプレゼントしたら大層喜んでもらえた。これぞウィンウィン!
「大型冷蔵庫一つで貴族の戸籍が買えるってどう考えてもシャークトレードだとボクは思うけどなぁ……」
「いやいや、食料保存の冷蔵庫って意外とばかにならないからね?一日二日しか持たなかった食材が一週間持たせることすらできるんだし。冷凍庫に至っては数週間もつからね!ヤバいんだよあれって?」
日常的に使っていると分からないけれど、魔導冷蔵庫のおかげで船でひと月はかかる遠方の食材を痛ませることなく食べる事ができ、それだけで食材の価値がぐぐんと上がる。そして更に大型でありながら魔石さえあればどこでも持ち運びができるのだ!のだから王様が喜ぶのもうなずけるだろう。
そう、先日就航した武装貨物船、グランシップ・ブレイブティアーズはそんな運輸革命ともいえる代物だったのである。まぁ、うん、サテラさんの手によって見事ロボに変形して極太ビーム撃ち放ってたけどね!……補修費用で頭が痛い。うう、思い出したくない……。
馬車を止めたのは冒険者たちの集う場所。本当ならばこの世界に転移してすぐすぐにたどり着くであろう場所。いわゆる一つの勇者教直轄の冒険者ギルドである。
馬車を馬小屋に停めて、ギルドの中に入ると昼過ぎなだけあって人気はあまりなかった。この時間帯はみなクエストに出かけてしまっているのだろう。
「冒険者ギルドBB支部へようこそ!冒険者プレートはお持ちですか?」
「おお、これがうわさに聞くやり取り……」
「まな……こほん、ピーター。感動してないでさっさと手続きを」
「……?ああ、俺か。うん、俺ピーター。よろしくね?受付のお姉さんぅ!って、ライガー!足を踏まないでくれるかな!?」
「自業自得だろうが!」
がるると歯を剥かんばかりにライガーが食って掛かって来る。
だってこの名前ってこの世界に来た序盤の序盤辺りで使った偽名だし忘れてたって仕方ないじゃないか!とひそひそと言ったらもう一度足を踏まれた。痛いな!
「ええと、それではピーター……さんでいいんですよね?」
「そう、俺はピーター!うん、残念ながら手から蜘蛛の糸は出せないし、ガラス面に素手や素足で張り付いたり……は、あれ、できるな……」
「いいから話を続ける」
「アッハイ」
俺とライガーのやり取りを後ろの方でビオラちゃんとシレーネさんがベンチに座りながら楽しそうに眺めている。シレーネさんはもうあるからいいとして、ビオラちゃんは作らないといけないからこっちに来ようね!
受付のお姉さん曰く、冒険者ギルドに参加するのは身分証とお金さえあれば問題ないそうだ。勇者であるおれはビオラちゃんを後見人にして身分証を作っているので問題ない。けれど問題はライガーだ。身分証も無いし奴隷なんだけれど……。
「この場合、所有者の装備品扱いとなります。もし誰かに破損されたり完全に壊されたりした場合は購入費用、または鑑定費用からの損害賠償請求になりますのでご注意ください」
「……なるほど、完全にモノ扱いなわけですね」
「はい、ですのでピーターさんのように奴隷とドツキ漫才をされる方は勇者の方でもかなり珍しいです」
ユウシャ達の奴隷の扱いは正しくモノのように扱う事がほとんどらしく、扱いの良い奴隷はかなり少ないとの事だ。
奴隷解放をうたって暴れていたユウシャはいるにはいたからしいが、今は昔。各国で法整備が成され、奴隷の扱いの向上と言う名のユウシャ対策がなされ沈静化させられてしまった。
「とはいえ、モノレベルから家畜レベルになった程度ですが。尤もそれでも扱いの差は雲泥と言っていいでしょうけれど」
それまでどれほどまでにひどい扱いだったのか目に見えるようにわかる。奴隷に頼った経済と言うものは一度はまってしまえば抜け出せない魔力に満ちているから仕方がない。
だって、経済の根幹である労働力がほぼタダなのだ。しかも使い潰せる。工作機械や魔道具の発展をわざと阻害している人の国でこれ程に魅力的なものは無いだろう。
「と、話がそれましたね。それではまず冒険者ランクについてご説明させていただきます」
冒険者にはランクがS・A・B・C・Dの五段階があり、作ったばかりの俺とビオラちゃんはDからのスタートになる。そこからクエストの受注状況、高ランクの魔物の討伐、そして魔石の納品などのギルドへの貢献度でランクを上げていくことができるのだそうだ。
「DからCへランクを上げるには白系魔石を二十個、緑系魔石を百個収める必要があります」
忘れがちであるが、魔石は緑、白、青、黄、赤、紫の順で格が上がっていく。
緑は小型の虫の魔物やゴブリンにコボルト系。白は魔物化した大型の獣が多い。青となるとリザードマンやオークなどだ。黄色は中型のドラゴンやキマイラなど軍隊が必要になって来るレベルとなり、赤や紫は超大型魔物や魔王と言ったクラスであり、そんなモノを持ってきたか付きには即Sクラス候補に躍り出る事となる……らしい。
今まで魔王クラス何体も倒して来たし紫の魔石は割とかなりの量があるのだけど、領に置いてきて正解だったようだ。うん、今回は目立たないのが第一だからね!
「それじゃあとりあえず道中で狩ったこれでランクを上げてもいいかな?」
「ふぇ?」
ドサリと置いた魔石の数に受付のお姉さんの目が点になる。俺と、ビオラちゃんの分を合わせて白四十個、ついでに緑の魔石を百個ほど収めておく。ここに来るまでの間に幾つか巣を潰して来て正解だった。山奥の方だったしたぶん、恐らく、クエスト化はされてない奴らじゃないかな!
「まさかこんな量をこのメンバーで……?」
「……やだなぁ、お金があれば何とでもなりますよ。でも、これで行けるんでしょう?」
俺の言葉に「ああなるほど」と言う顔をして、もちろんです!と言ってくれた。うんうん、物分かりの良い受付さんでお兄さん助かるよ!
「かしこまりました。それではお二方のランクをCへと引き上げます。ですが、ここからは魔石ではなく、クリアしたクエストや討伐した魔物によってランクが上昇します。ですので、お金では何とでもなりませんので頑張ってくださいね!」
「はい、もちろん知っています」
ニッコリと笑顔でそう言って、ギルドを後にする。
初心者向けの講習のパンフや魔法適正診断も有料でできると言われたけれど、丁重にお断りさせていただいた。持ってきたお金にも限りがあるし、節約していかないとね!
……貴族という立場を使ってるから割と良い値段のする宿屋に泊まることになったのは、ここだけの話である。
誤字報告ありがとうございます。
そして!今日も今日とて遅くなりましt( ˘ω˘)スヤァ