5話:秘境の温泉ってきちんと整備されたところじゃないと逆に疲れて汚れて帰ってきそうだよね?
この世界に来てもう何年がたったのだろう。
勇者としてのルールに従って、魔獣を狩り、魔王とも戦い、勝利して国を奪ったこともあった。
だが、それは人の国の為のルールでしかなかったのだ。
奪って、奪って、奪い尽くして。褒めてそやされて讃えられ、今の自分の無意味さに気づくまでにいったいどれほどまでの時間を要したのか。
何が大魔法使いだ。
何が賢者だ。
何が勇者だ。
だからすべてを投げだし逃げ出した。
俺が普通の人として生きていたころと同じように――自分の持つ全てを投げ出した。
行きついた先は小さな小さな、本当に小さな集落だった。牧羊と採集で生計を立てる、本当に小さな――ミニアスという種族の村。
秘境中の秘境と言われる山の奥地で俺は行き倒れたところを彼女に――今の俺の妻に救われた。死んでも生き返る勇者だから放っておいてくれと言っても、彼女は首を振り。
「今のあなたは体ではなく、心が傷ついています。そんななあなたを私は見捨てられません」
だからどうか元気になって、とそう言ってくれた。
俺は年甲斐もなくボロボロと涙を流したのを今でも鮮明に覚えている。
だから俺は彼女と結婚することにした。
尤も色んな紆余曲折があって、この地に定住することに決めたのだ。だから――
「おwww断wwwりwwwすwwwるwwwでwwwごwwwざwwwるwww」
と、自分の紆余曲折を語った上で盛大にお断りの文言を付けてくださりやがった。くそう、予想していたけどくそう!盛大に草生やしやがってぇええ!!
ここは魔の国と人の国の境目にある秘境。山奥のさらに奥に開けたくぼ地にある、妖精族の一種ともいわれるミニアスの集落に俺たちはある男を訪ねるために立ち寄っていた。
そう、寺生まれのTさんこと大賢者田中祐――数か月前、フレアの故郷であるヴァルカスがゾンビと勇者たちに襲われたときに助けてくれた無駄イケメンさんである。尤も、今は最初に出逢った太っちょ眼鏡さんだけれども。うん、どんな理屈であんなことになってたかすごく気になるんだけどね!
「ユウシャの肉体は年は取らないけれども一定以上に鍛えれば筋肉も尽くし、逆に喰い過ぎれば太りもする。ただそれだけの事でござるよ。んんんwwwそれを知らずに不摂生しまくってるユウシャの多い事www多い事wwww」
なるほど、筋力もぜい肉も付き辛くはあるけれどもつくものはつくらしい。……そういえば林檎ちゃんのほっぺがお餅のようにモチモチになって来てたのって……うん、止そう。何だか後が怖いし!
「俺的には勇者教の総本山に行くための足掛かりだけでも教えて欲しいってつもりで来たんだけれど、それでも何も教えてくれないのかい?」
「んんww拙者があちらを離れて何年経ってると思ってるでござるwwwというか、拙者が言ったところでwwwやwwwくwwwたwwwたwwwずwww」
ケラケラと笑う田中である。うん、本当に腹立つな!
「なんだか真人を見てるみたい」
「そ、そうでしょうか……」
俺のお膝の上に座っているフレアが何だかジト目で田中を睨んでいる。いくらあの日に助けてくれた勇者だと知っていても、勇者という肩書で好きになれないでいるようだ。そんなこと言ったら俺も勇者なんだけどね!
「しかし、魔石だけを奪うとは摩訶不思議な。ふむ――複合チートによる技術とはいえ、あまりにも……。魔法技術も複合してさらに呪術系統でカモフラージュしていた、と。まったくもって美意識の欠片もない魔方陣になるでござるなぁ……」
「いやまて、できるのか?」
「できるでござる。そんなモノやろうと思えばチートすら必要無いでござる」
拙者を誰だと思ってるでござる?と田中が肩を竦める。くそう、何だかとってもムカつくぞう!
「いち研究者として興味がわかないと言う事もないでござるが、このように拙者は隠居の身。実戦に出たところでこのぜい肉ではお役に立てぬでござるよ」
ぷるぷるとお腹お肉を揺らして見せられる。うん、見せられる身になって欲しいな!
「おっと失礼。しかし、方陣の研究であれば拙者ではなく菜乃花殿を訪ねれば良かったのではないか?拙者は方陣と言っても魔法言語をこうしてスクロールに収めて使うタイプでござるよ?」
「だからこそ、だ。うん、菜乃花さんにも聞いたけど、私は体に刻む方専門だからごめーん☆と言われたのさ……」
ああそう言えば、と何だか他人事のように言われてしまった。そりゃあそうなんだろうけどー。
「ここに来た理由は拙者が勇者の国……強いては人の国とつながりがあると知っているからでござるね?まったく菜乃花さんも人が悪い……」
ヤレヤレと首を振り、田中はまた肩を竦める。これ絶対やってみたかっただけだよね!
「まぁ、それでも拙者はここを離れるつもりはござらん。尤も、紹介状くらいは出せるかもしれないけれど」
「紹介状?」
「そう、拙者や菜乃花さんが出た――魔法学園の、でござる」
いや今更学校と言われても、と首をひねる。
「あそこの学園は勇者教の登竜門と言われていて、トップで卒業すると勇者としての資質があるとみなされて、あちら側の幹部として取り立てられることもあるんでござるよ」
それに、自分たちの師もいるし、と言ってサラサラと書状をしたためてくれる。
「だけど、それじゃ時間が……」
「だから、優秀そうな生徒を捕まえて実績を積ませてやればいいんでござるよ」
つまるところ、その生徒さえ勇者教に招待されさえすればパーティーにいれていた自分たちも一緒に勇者教の総本山へと向かう事が出来るようになるとの事だった。実績を早く積ませて速攻で卒業してもらおうというわけである。うん、それでもどのくらいかかるやら……。
「優秀な勇者たちをスカウトしたりもしているでござるけれど、それでも歴戦の勇者であることばかり。そちらの方で行ったとしても何年かかるか分かったものでござらん」
言われてみれば、確かに近道ではあるだろう。
それでも、まずそんなに優秀な子が仲間になってくれるかなんて――
「運しだいでござろうな。尤も――真人殿は運だけは良いのででござろう?」
――どうやら、俺の出自を知る彼にとって、俺はそういう存在だと言う事は分かっているらしい。うん、まぁ確かに運は良いんだけどね!
「そういう訳で行った行った!拙者は今日も妻を愛でるのでいそがし――」
「皆さん長旅でしたでしょう?今日はゆっくりなされてくださいね?」
「ちょ、マユぅ……」
にこにこ顔の小さな奥さんにどうやら大賢者と言われた田中でさえもたじたじらしい。うん、やっぱりどこの家庭でも同じなんだなぁと俺はしみじみと感じたのだった。
とってもとっても遅くなりm( ˘ω˘)スヤァ