20話:追われるモノ
月明りにだけ照らされた廊下を二人、走る。
残っている先生も、生徒ももういないと思いたいけれど、開いたままの教室を見るにそれも叶わぬ願いなのかもしれない。
「ねぇ、沙夜。これも……試練なの?」
「はい、これが彼らの言う試練です町一つ消える事もままありますから」
本当にふざけている。早く全部終わらせしまわないと、何も知らずに学校に登校してきた全員があの化け物のお腹の中に納まってしまう事になる。って、あれ?今そのお腹の中を全力で走ってるのだけど、私たちって大丈夫なの?
「問題ありません。お札にて私たちの分身を幾重にも放っています。気配遮断の術を使っておりますので、早々は見つかる事はありません。それにアレにとって――私たちは靴の上にのったアリのようなもの。意識してみない限りは見つける事もままなりませんよ」
今一よくわからないけれど、どうやらまだあちら側には気づかれていないらしい。うん、本当に大丈夫かな?何だか待ち伏せされてそうな気がするけども……。
「その場合は窓を割って外に逃げます。次に飛び降りるのは地面ですが……まぁ何とかなります」
「沙夜って割と行き当たりばったりだよね?!」
色々と考えているようで、パワーで押し切ろうと考えている節が色々と見える。魔法使いになったのに気付いたら筋肉モリモリマッチョマンになってそうな感じである。魔力を上げて物理で倒す!なんだろう、昔兄さんと見た特撮でそんなのがあったような……。
私の教室は校舎二階、先ほどのプールのある階段を上って少し先にある。今回は校舎裏、中庭から校舎に入ったのでぐるりと遠回りをした感じだ。
扉をガラリと開くと、いつもの風景が見えて思わず安どの息が漏れてしまう。
残っていた日常をこんな異常の中で見つける事ができたのだ。そりゃあホッとする。辺りを見回して、教室に入る。伽藍洞の教室の後ろの窓側が私の席だ。ここでなら寝放題ね!と悪友が言っていたけれど、一度たりとも居眠りはしたことは無い。うん、無いからね?
「――生徒会室かと思ってずっと待っていたのですが。まさか……先輩の教室に荷物を置いたままだったなんて。ふふ、盲点でした」
黒板の前の教卓。その上になまめかしく笑顔を浮かべた化け物が、いた。
「……さっきまで誰もいなかったはずだけど、隠れていたのかしら?」
カバンをギュウと抱きしめて震える声を噛みしめる。
「いいえ、たった今着たところです。この教室も又――私なんですから」
「真理様、私におつかまりください」
言われるがままに沙夜の首につかまって再びお姫様抱っこで窓の外へ――飛び出ようとして、空を蹴って反転し、沙夜は廊下へと一足で飛び出る。そう、窓の外に口を大きく開けた肉塊が出現していたのだ。こちらの安直な逃げ道などあの化け物からしてみればお御馳走が飛び込んでくる回転寿司のレーンのようなものだったのだ。うん、回転寿司とかテレビや漫画でしか見たこと無いけれど、多分そんな感じよね!
「――逃がすと思って?」
「そう、逃がさなイ」
こちらへと体を筋肉マッチョな感じに膨張した朝比奈先生が壊れた表情でゆっくりと近づいてくる。沙夜の肩越しに後ろを見ると、触手が絡み合い階段への道をふさいでしまっていた。
「逃げ道が……」
「沙夜様、ここは私が食い止めます。逃げて逃げて、逃げ切ってください。最後の隙だけは必ず作りますので」
ゆっくりと私を地面に降ろし、またどこから取り出した刀を抜く。
「そんなもので私たちを食い止められるとお思いで?」
「できます。真人様は拳一つでさえ成し遂げたのですから」
うん、兄さんって色んな意味でチートすぎないかしら!
「私と一緒に飛び出して、そのまま走り抜けてください。お札やお守りの効果は――」
「大丈夫、覚えてるわ。後は、予定通りに」
「――参る!」
木製の床が砕けると同時に沙夜が朝比奈先生へと飛び掛かる。瞬く間にその体が幾つもに分たれるも、次に瞬く瞬間にはその体を元に戻してしまう。けれど、その隙だけで十分――!
「ぬぐゥ!?」
驚く朝比奈先生を後ろにそのまま私は息を切らして廊下を駆け抜けていく。あの化け物は――くすくすと笑うだけで追いかけてくる様子すら見せない。うん、どう考えても舐められてるよ!
「ええ、追いかける必要すらありませんもの」
「ここは私のお腹の中」
「行ってしまえばもうあなたは私に食べられているんです」
「あとはどこで飲み込んでしまうか、ただそれだけ」
「ふふ、どう食べてあげましょう」
化け物の声が壁から、床から、窓からでさえ聞こえてくる。姿は見えずとも、間違いなくそこにいる。ううん、声で私を追い立てているんだ。
――けれど、行く場所は最初から決めている。そう、最初から沙夜と決めていた。
「いただきます」
唐突に、床がグニャンとウネリ、大量の触手が鎌首をもたげて襲い掛かる。
「風の護符――!お願いしまあああす!」
お札を切って思い切りに叫び願う。本当なら難しい呪文のようなものが必要らしいのだけれど、そんなモノ私がまだ知る由もない。だから、風の精霊に直接にお願いする。沙夜の作った護符であり、それを使うのが巫子である私だからこそできる芸当らしい。ある意味チートだよねこれ!
「そんな、適当な呪文で――!?」
爆風が吹き荒れ、かまいたちの如く触手が切り刻まれながら吹き飛ばされ、道が――見えた!
これでも、幾つもの部活に誘われるくらいには運動神経は悪くない。体のばねをしならせて、トトンタンと壁を蹴って、触手たちを避けて躱してすり抜ける。
「ふふ、本当に生きがいいんだから」
そう楽し気に春さんの姿をした化け物が笑う。だけどもこちらはそれに返答する余裕もない。息も切れれ切れで、正直言って相当にキツイ。
目的地まではあと少し。何としてでも、このバカげたお祭り騒ぎを終わらせてやるんだ!
いつも通り遅くなりまs( ˘ω˘)スヤァ