14話:乞い願ったモノ
暗がりの中、去って行くタクシーを見送ることなく私は石段を駆け上がる。
ああ、言いたいことは山ほどある。
絶対に知っていた。こうなる事を知っていたに決まっている。どこぞの神にさらわれたとあの神は言っていたのだ。
入るなと止める巫女さんを沙夜に任せて振り切って、その奥へ奥へと向かい――たどり着く。
『――ふむ、やはり来たか』
「そう、私が来ることまでお見通しだった訳なんですね」
ああその通りだ、と洞窟の奥の祭殿に鎮座する小さなヒルコ様がクスクスと楽しそうに笑う。
今日は最初から幼い姿で待ってくれていたようだ。
『いやはやここまで早いとは思わなかったがな。うむ、求め願い得ることができるその運はお前の力だ。ここから出る事すらできぬ私には――到底かなわぬことだった』
「だから、私に兄さんの魂が別の所へ行った事を話したんですね」
『ああ、そうだ。罪の意識があるのであれば――また兄に、真人に逢いたいと考えると思うておったからな。尤も、思っていたよりも速かったがな。正直数年……或いは数か月は経つと思うておったのだが……うむ、どれだけ真人の事を』「にゃー!わー!」
それ以上の言葉を何とか遮る。
うん、別に何とも思ってないから!兄さんの事を想い焦がれるなんて……。だ、だって、兄さんよ?義理とはいえ、兄妹だし……。
『う、うむ。そこまでは想定外だったの。いや、真人の奴も大概にしすこんだったが、いやはや……』
なんだかヒルコ様の視線がジト目で痛い。いやいや、違いますからね!?
『ともあれソレがあれば真人がどこの世界にいるかを知ることができる。御前が望めば――行くことも叶うだろう。尤も魂だけですでに死んで――』
「死んでいるのかもしれません。ですが、兄さんは向こうの世界で生きています」
『何……?』
初めてヒルコ様が驚きの顔を見せた。
そう、沙夜は言っていた。兄さんの匂いを感じたのだ、と。霊体であればそんな匂いがする筈もない。ならば――
「兄さんは生きている。生きて、別の世界に――いる。私はそう確信しています」
普通に考えて、そんなことあり得るはずがない。けれど、目の前にそのあり得ないモノがいるのだ。そうであれば、兄さんが別世界で生きている可能性もゼロとは言い切ることはできない。うん、商人だっているしね!
『そうか。くふふふ、真人が生きておるか。ふふ、ふふふ……』
うつむいて、ヒルコ様が震えるように笑う。え、ど、どうしたのかな?何だか怖いんですけど!?
『真理よ。もし――私と共に真人の元へ行けるとすれば……どうする?帰りは無い。片道だけの切符だ』
「……どうするって」
そんなの、行きたいに決まっている。兄さんに、生きた兄さんにまた逢えるのなら私は地獄でも宇宙でも異世界にでも行きたい。行きたい、けど。
「私がいなくなれば……不幸になる人が居います。ヒルコ様がいなければ、きっともっと不幸になる人が居るはずです。それなら、私は――行くことはできません」
『生まれ変わったとて、真人と巡り合う事が無いのだぞ?それでも……か?』
「……変わりません。私が死ぬ目に逢うだけで幸せにできる人がいるんです。それなら、兄さんが繋いでくれたこの命で、もっと繋いでいきたいんです」
命を狙われると、死ぬ思いを何度も、何度も、数えきれない程にするだろうと沙夜に耳がタコができるほどに聞かされている。
これが私の運命だ。
例えどんなに過酷で、死ぬ目に逢っても、誰も褒めてくれないとしても。見返りが何もないとしても。
兄さんが護り繋いでくれた、私の――。
『……まぁ、いい。答えが変わる時がそう遠くない未来に来る。その時は、我を喚び願うといい』
ギュッとポケットの中のコインを強く握りしめて私はゆっくりと頭を下げ、その場を後にする。
神様が言うくらいだ。いつか兄さんの元へ行きたいと神に願ってしまうのかもしれない。
だけど、私がこの役目が要らないと思える日までは。このコインはしまっておくとしよう。
ふらふらになりながら洞窟から抜け出す。
今回は意識を落とさずに帰って来ることができた安堵したところで、沙夜がなんだかやつれた顔で正座をして待ってくれていた。うん?な、何故に正座なのかな?
「……はい。無理やりに巫女様を押しとどめてしまいましたので、とっても怒られてしまいまして」
「無理やりに押しとどめてくれましたので、ええ、ええ!とーっても、とぉーっても怒っていまして!」
にっこりと笑顔のかわいい巫女さんと目が合う。
そういえば兄さんに聞いたことがある。笑顔とは本来、動物の威嚇の表情なのだ、と。うん、とっても怒ってるよこれ!
「え、ええと、緊急的で火急的でとてつもなく重要な用事がありまして。ええ、大慌てでヒルコ様にお伝えしないとなーって思って急いで言ったところだったのですが……うん、ダメかな?」
「ふふ、ダメです♪」
どうやらダメらしい。
それから一時間。長々とお説教を喰らって、私たちはようやっと家路につくことができたのだった。
今日は今日とて遅くなりまs( ˘ω˘)スヤァ