11話:探しモノ
鏡張りの階段をトンタントンと軽快に下る。
くるくるりと見回しながら怪しいところは無いか見てみるけれど、私では見つける事はできない。うん、沙夜は気になるところはないかしら?
「そうですね。うっすらとではありますが、確かに何かがいる気配はありますね」
「マジで?」
「マジです。ですが時間帯が悪いのでしょうね。気配がかなり薄く、探知がし辛く感じます」
それならば瑠莉奈たちがいなくなったと言う夕刻にまた来るべきだろう。うん、急いで探したいけれど、急いては事を仕損じるともいう。やるべきことを一つずつやっていくとしよう。すたこらと階段をさらに下り、私たちは美術室へと向かう事にする。
がらりと扉を開くと、絵具独特の据えた匂いが鼻腔をくすぐる。
「やぁ、どうしたんだい?次の授業は君らのクラスじゃあなかったはずだよね?」
絵の具の付いたエプロンを付けた黒縁眼鏡の男性が柔和そうな笑顔でこちらを見上げる。どうやら絵を描いている最中だったらしく、絵具や絵筆が至る所に散らばっていた。
「朝比奈先生に少しお話をお聞きしたいと思いまして」
「……どうやら授業の質問、という訳ではないみたいだね。うん、どうしたんだい?」
笑顔を崩すことなく朝比奈先生が首をかしげる。
「先日ゆくえ――」
「個々の上の階段の噂、朝比奈先生はごぞんじですか?」
私が聞く前に沙夜が言葉をかぶせる。うん、こっちが本命じゃないの?
「ああ学園七不思議の事だね。ふふ、昔からある話だから僕も聞いたことがあるよ。科学室の動く人体模型も有名だったかな?」
「はい、その事についておききしたいのです。どうやら最近その噂で校内がざわついていまして、こうして生徒会長自らがお調べになられているところなのです」
「ふぇ?え、ええ、そうなんです。最近あの階段を通った生徒が行方不明になることが頻発していまして。生徒会の副会長まで行方知れずでして……」
ふむ、と考えた様子で朝比奈先生が腕を組んで顎をさする。うまい事とりつくろえたけれど、急にあんな風に振られて困るんですけれど!
「ええ、ですので彼女たちが行方不明になった夕刻、ここにいたであろう朝比奈先生に何か気になることはなかったかお聞きしたいのですが」
「ううん、警察にも話をしたことと同じことを話すけれど構わないかい?」
「はい、構いません」
何だか置いてきぼりになっている気がするぅ……とチラリと沙夜を見ると何だかあきれた顔ようなジト目でこちらをじっと見ていた。どうやらあとできっついお言葉を頂くことになりそうである。……グスン。
「ここのはその七不思議の階段の下だけれど、基本的に僕はここで絵を描いているからね。奇妙な音や悲鳴なんかがすれば大体気が付くんだ。けれど、副会長が行方不明になった日もその他の子たちがいなくなった日も特に変わった事は無かったよ。集中していたとはいえ、ヘッドフォンをして音楽を聞いていたわけでもないんだから、変わった物音や大声が聞こえれば流石に気が付くと思うんだ」
だから、何も知らないのだと朝比奈先生は言う。
確かにその通りだ。それなら、この七不思議が原因というのも私の考え違いなのだろうか?まぁうん、最近摩訶不思議な事が連続しておき過ぎて、全てそのせいじゃないかなと思ってしまっていたくちもある。
「申し訳ありません、ぶしつけな質問をしてしまいまして」
「いいんだよ。質問するのは若者の特権だからね」
頭を深々と下げ、早々と立ち去ろうと――
「最後に一つだけ。朝比奈先生は最近どこかお怪我をされたのですか?」
していたところで、沙夜が不思議な質問をしていた。
「……いや、していないけれどどうかしたかい?」
「いえ、右手を何度も抑えられていましたので怪我をされたのかと」
言われてみれば確かに先生はまた右手首の当たりを抑えている。それがどうかしたのだろうか?
「ああ、けがはしていないけれど、新しくつけた時計の心地が悪くってね。気にすることはないよ」
「そう、ですか。失礼いたしました。それでは……」
そう言ってぺこりと頭を下げると、沙夜は早々と私を置いて立ち去ってしまう。って、待って待って!置いていかないで!?私も又頭をもう一度深々と下げて、美術室を出た沙耶の後を追いかける。
「もう、置いてかないでよ沙夜」
「……まさか、いえ、真理様の運の良さを舐めてかかっていたのは私でした」
立ち止まる沙夜の顔を覗き込むと、今まで見たことが無いほどに冷ややかな目をしていた。深く、静かにではあるけれど、彼女は今激高している。うん、私ったら何かそんなに悪い事したかしら?
「違います。もう、答えが見えたのです」
「こ、答え……?」
「はい、あの朝比奈先生こそ、今回の事件の――犯人です」
「は……?」
沙夜の言葉に私は目を点にする。だって、たった今逢ったばかり、それもほんの数分話しただけ。なのに、沙夜は彼が――先生が犯人であると確定したのだ。
「理由はいくつかあります。一つは、夕刻のあの時間。悲鳴でも聞こえればわかる筈だと仰られていましたが、美術室の間には美術準備室があるせいで、廊下の声があそこの部屋まで届くはずも無いんです。なのに、聞こえると先生は話されていた」
「それは、先生の勘違いじゃ……」
「何年もいる先生がそんなことを間違える筈もありません。そもそも聞こえない、と言うのが正しい答えです。そしてもう一つ。この学園の七不思議に――走る人体模型なんて無いんです」
そういえば確かにその通り。そもそもな話、うちの人体模型って昔から首も手足もないタイプだし走り回りようもない。
「つまるところ、彼は――朝比奈先生は、先生ではない可能性が高いわけです」
「朝比奈先生じゃ、ない?」
人気の少ないテラスにでて、沙夜が深くた名息をつく。
「はい、恐らくは何者かが彼の姿を借りているのだと思われます」
「そ、そんなこと……」
「あり得ないとは言えません。人の姿を借りる事は人ですらできる事。こちら側の人間や妖魔であれば、更に容易いでしょう」
「でも可能性だけじゃないの?」
「確信に変わったのは彼の匂いと、手首につけていたミサンガです」
ミサンガ、というとサッカー部の子たちがゲン担ぎにつける組みひものことだ。うん、それを何で先生がつけていたのだろうか?
「彼のつけていたミサンガは、人の髪の毛を編み込んだもの。それも黒色の、長い髪の持ち主の髪の毛でしょう」
「そ、それって……」
今までの被害者の子たちはみな、黒く長い髪だった。――瑠莉奈も、また。
「彼女らを殺したにせよ監禁しているにせよ、彼がかかわっていることは間違いないかと」
けれど、それは全て否定されてしまえばそれで終わってしまう事。さっきの事でミサンガの事を気付いて捨てられてしまうかもしれない。
「捨てる事は無いでしょう、あそこまで堂々と付けていたのです。誤魔化す算段が彼にはあるのでしょう」
尤も、私には効きませんが、と沙夜が履いて捨てるようにため息とともに呟く。
「ですから、次にすべきことは」
「どうやって彼女らを捕らえたか、そしてどこにいるか……ね」
と言ったところで昼休み終了のチャイムが鳴ってしまった。仕方ない、今回の捜査はここまでのようだ。
「捜査と言うにはあまりにお粗末でしたけどね。そのままドストレートに聞いたら聞きたい情報も聞き出せませんよ?」
「むぐ、い、いいじゃないそういうのって、こう、雰囲気でしか知らないんだし」
だって、私はただの女子中学生なのだ。神様と契約したり、水が操れるようになってきたけれど!
「まぁ、一般人の範疇ですね。もうしわけありません」
「……ちなみに兄さんは?」
「逸脱の逸と書いて逸般人ですね……。裸身で上空一万メートルから落下して無事だったと聞かされた時には頭を抱えました」
聞かされて頭を抱える。うん、兄さんはいったいどれだけ人間離れしていたのだろう……。ため息をそっとついて、付けてきた兄さんのリボンをそっと撫でたのだった。
今日は早めに( ˘ω˘)スヤァ