6話:日常だったモノ
放課後。学友たちの質問攻めをさらりはらりと回避して、生徒会室へと向かう。
数日間欠席をしていたけれど、授業の内容が全部予習していた範囲内で良かった。うん、予習していないとこの学校って授業にすらついていくのが大変なのだ。休み時間と昼休みをフルに使ってその間のノートの保管も友人のノートを書き写してもうばっちり。ふふふ、次の期末テストもトップを取ってまた真綾の鼻を明かしてやるんだから!
「……はぁ」
廊下で立ち止まり、思わず――ため息を零す。
どんなに取り繕っても、どんなに普段通りにしようとしても、自分がカラカラとハツカネズミの如く空回りしているのが分かる。
心の中にぽかりと大きな空洞ができてしまったような感覚。
兄さんが家にいないことなんていつもの事。だから、突然いなくなっても寂しくはない。そう沙夜に強がりを言って、ひっそりと兄さんの部屋に忍び込んでいたのはここだけの話。
もう、兄さんはもうこの世界のどこを探しても見つかることはない。
もう、寂しくても、兄さんの部屋すら残っていない。
当たり前だったはずの日常の全てが張りぼてのように見えて、唐突に崩れ去ってしまった。
何も知らない私が、身に余る願いをしてしまったために――全てを失った。
どうしてそうなったか、何でこんなことになったか。知らぬ人が聞けばあまりに非現実的過ぎて、誰に言えるはずもない。信じるわけもない。だから、全てを笑顔の裏に隠す。
そうして、兄さんが繋いでくれた私の命を、守り、次に繋いでいくんだ。
「なに部屋の前で突っ立っているんですか?」
振り向くと、腕を組んだ真綾がいた。言い方はキツイけれど、彼女なりに心配してくれているのだろう。
「……ええ、少し考え事を」
「そう、そんな顔しているから数日間休んだつけが回って来たんじゃないかと。ふふ、今度の期末は私がトップをいただきますわね?」
ニヤリといたずらっ娘のように真綾が笑う。ぐぬぬ、絶対負けてあげるモノですか!
部屋の中に入るとすでに書記の春と沙夜がそこにいた。うん、何で沙夜もここにいるのかしら?
「私は真理様のメイドですので」
「うん、それなら教室に迎えに行くのが筋でなくて?」
「いえ、所用がありましたので。申し訳ございません」
そう言われてしまえばそれまでなのだけれども。彼女の所用と言うのも気になる。
「その話は後ほど。それでは私は部屋の外でお待ちを――」
「まちなさい、副会長の瑠莉奈さんがいなくて人手が足りていないの。丁度いいわ。沙夜さん、手伝っていただけないかしら?」
山のように書類が溜まっているの、という真綾の言葉に沙夜が私の表情をうかがってくる。……確かに沙夜がいてくれると助かる。けれど、瑠莉奈の話を聞くのに沙夜がいると……。
「内々の話をされるのであれば、私は席を外しますが……」
「構いませんわ。アナタは真理さんの身内のようなものだし、一応聞いておいて欲しいし……ね」
真綾がそこまで言うのならば仕方あるまい。その代わりに、兄さんの好きだった沙夜の紅茶をうんと甘くしたミルクティーでいただくとしよう。……ミルクの買いだめはあったかしら?
「問題ありません、すでにご用意しておりますので」
「先ほど、部屋の冷蔵庫に沙夜さんがストックされていたんです。真理さんはミルクがお好きですから、置いておいて損はないとのことで」
ぐうの音も出ないほどできたメイドさんであった。流石は兄さんが一番信頼を置いていただけはある。恐らくは兄さんやじいやに私の好みを事前に聞いていたのだろう。
「――それで、瑠莉奈が行方不明ってどういうことなのかしら?」
カリカリと部活関係の承認の書類や、学外活動に関しての承認書類に目を通して書き記しながらチラリと横目で同じ作業をしている真綾を見る。
「二日ほど前のことよ。瑠莉奈さんは所属している茶道部で遅くなっていて、いつもは通らない東側の階段を下りて帰っていったらしいの。瑠莉奈さんが無事な姿が見れたのはそこまで。迎えの車が来ていたらしいのだけど、瑠莉奈さんは現れなかったらしいですわ」
「じゃあ、瑠莉奈は学内で何かしらの事件にあった可能性があるってことです?」
「それもわからないんです。昨日のうちに警察が来て調べたらしいのだけど、防犯カメラにすら怪しい人影も無かったそうなの。……瑠莉奈さんが学内から出た様子すら写っていなかったらしいけれど……」
「それなら、まさか瑠莉奈はまだ学校の中に……?」
「そこまではわかりませんわ」
ペンを止め、真綾は一息に残っていたミルクティーを飲み干す。
「けれど――うわさに聞いたことが無いかしら」
「うわさ……?」
「ええ、あの東側の階段にまつわる噂――七不思議のひとつですわ」
――学園七不思議。
学園内に幾つもある噂話にすぎない。けれど、確かにあの東階段にはその噂があった。
――東側の階段の踊り場で鈴の音が聞こえても決して振り返ってはいけない。振り向いてしまえば、踊り場の大鏡に引きづりこまれてしまう。そんな、あり得るはずもない噂話だ。
「実は……警察が事件性無しと判断しているのだけど、瑠莉奈さんも含めて行方不明者がこの三か月の間に四人も出ているの」
「まさか、家出扱いになっている……」
真綾が頷き、用意していた書類を見せてくれる。どの子も見目麗しく、長い黒髪でとても家出など考えそうもないおとなしそうな少女たちばかりだった。
「この子たちもあの日、東側の階段を通ったんじゃないかって噂になっているんですの。……それで真理さん、気付くことはないかしら?」
気付くこと、と言われて私は首をかしげる。この子たちの交友関係に共通点は無い。部活は別々だし、クラスも違う。同じ特徴と言えば――
「長い、黒髪……?」
「ええ、見た目の、ただそれだけの共通点だけど……何か関連がある気がして」
確かにその関連性は気にはなる。けれど、これは私にはどうしようもない事だ。瑠莉奈は心配だけど、警察が捜査している手前、私が出しゃばって調べるわけにもいかない。それに――私だってあそこの道は怖い。
校門までの近道ではあるけれど、夕方になればかなり暗い階段なのだ。だから、みんな怖がって近寄らないのだ。そもそも、この学園にはエレベーターもあるしね!
「まぁ、そうよね……。だけど、そういう訳ですから」
「……?なにがそういう訳なの?」
「ふふ、つまり真綾さんは真理さんを心配されているんです」
……ああ、そう言えば私も黒い髪を腰ほどまで長くのばしていたのだった。だけど、私のようなものを狙って何になるだろう。
水無瀬の頭首となったとはいえ、形だけ。例え私が死んだとしても、次の誰かにこの頭首の座を投げつけるに決まっているのだ。――いなくなった兄さんへの扱いがそれを物語っている。
「ばっ!余計な事いうんじゃありません!べ、別に私は貴方の事なんて何とも――む、何ですかその目は」
「ふふ、これが古式ゆかしきツンデレと言うのだとしみじみと感じたもので」
「違う!違いますわ!もう、真理さんは!うぅー!」
と、頬を膨らませた真綾にものすごく睨みつけられてしまった。
尤も、言葉と金地が噛み合ってない子だというのは昔から分かっているので、私はなんだかやっと日常に戻って来れたのだというほっこりとした心持になることができたのだった。
今日は間に合っt( ˘ω˘)スヤァ