38話:どんなトッピングを入れても美味しいカレーの懐って割とものすごく深いよね?
ぐつぐつと黒く煮えたぎる汚泥の如き呪いが、じわりじわりと大地をのび広がっていく。
中心地は六手の大鬼。あの鬼が歩くたびにタールのような汚泥が溢れ出し、地面を侵食していっているのだ。その汚泥からぞぶりぞぶりと姿を現すは妖。そう、先ほどの玉藻の御前が放っていた妖力をさらに濃密に濃厚にしてあの鬼は垂れ流してくれている訳だ。うん、厄介過ぎないかな!
『歩くだけで自分の部下を増やせるだなんて頭がおかしいんじゃないか、アレ』
と、俺を乗せてくれているシルヴィアが呆れたようにため息を付く。
「いや、あれ味方を増やしてるわけじゃ無いよ」
アレはただ、垂れ流しているだけだ。最早明確な意思もなく意識も無いだろう。
――怨念。
憎悪と言う名の呪い。そんな心の残滓だけがアレを突き動かしている。だから、どんな攻撃でも止まることは無い。サクラちゃんが氷を一生懸命に張り巡らせ、その足を止めようとしても、氷が次々と溢れ出す汚泥に飲まれてその役目をなしていなかった。うん、だから今はもう後方に下がってもらっている。下がってるよね?
『うう、お役に立てずごめんなさい……』『面目ない……』
耳につけた通信用の端末から聞こえてきたのは、しょんぼりとしたサクラちゃんの声と一緒にいたナナちゃんの声だった。まぁ、しかたないね。アレも又天災みたいなものだし……ってあれ?ビオラちゃんは?
「ぜええええい!」
ガッツンと音がしたかと思うと、鬼が少しぐらりと揺らめいた。巨大な水槌を思い切りに鬼の顎を打ち据えたのだ。うん、ビオラちゃん!?
「今は陸乃よ。ああもう、たたらすら踏みもしないだなんて!なんてタフなのよコイツは!」
捕まえようとする鬼の六手をポニテを揺らして躱しつつ、クルンクルンと縦に高速回転を加え、ビオラちゃんは大鬼の後頭部に巨大な水槌を打ち据える。が、ぐらりと一瞬揺らめいただけで大鬼の歩みを止めるには至らなかった。
「く、硬い――!」
空中でシルヴィアの乗ったままビオラちゃんイン陸乃さんを抱き捕らえ、迫る鬼の手を躱しつつ更に上空へと舞い上がる。
「状況の説明を細かく聞いていいかな?ええと、陸乃さん?」
「んふ、真人にこうして抱き留められるだなんて――うん、替わらないからね!」
どうやら、他のみんなが交替をせがんでいるようだけど、今は時間が無いんだよ!兎も角説明をプリーズ!
「状況は見たままね。私たちが戦っていた朱纏がさっきの黒装束のジャバウォックとかいう奴に何かされたと思ったらあんな風になったの。まぁ、あんなに手が生えたのはもっと後だけど……」
「うん、九尾残骸を喰ったみたいなんだよね。伊代ちゃんを助けたのはいいんだけど、その残りカスをジャバウォックの奴があの鬼に与えたらしくって」
「何食べたらあんなになるのかしらと思っていたら、なるほど、それで……」
デュミナスアクア姿の陸乃さんが大きくため息を付く。それにしても、この衣装少し露出が多くないかな?こう、背中が開きすぎじゃあないかな?
「これはこれでいいのよ。隠すべきところはきちんと隠しているしね!修羅の国の部隊は既に都まで引いてるわね、それ以上の事は――」
「私から話そう」
「羅刹さん!」
そこには、足元につけた火車により空を飛ぶ羅刹さんの姿があった。なんて便利な!
「これは虎の子の魔道具でな。それは兎も角、都に送った部隊により住民の避難誘導はつつがなく完了している。迎撃の体制はとってはいるが、この汚泥とわき出でている妖魔に対して対応できるかは難しいところだな。土嚢を積んではいるが――」
「せき止めるのは無理でしょうね」
だから都にたどり着く前にこの大鬼を何とかしなければならない。恐らくこの大鬼は都にたどり着いた瞬間に崩れて死ぬだろう。うん、死ぬのはいいんだけど、その全霊をもって都に、強いてはこの国に怨嗟をまき散らし、呪いと災いを振りまくのだ。そんなことされては本当にたまったモノではない。
「まずは鬼の足を止める事。どうにかして止めたあと、大鬼とその周りの汚泥を浄化する。これは俺がやる。うん、何とかしてみせるよ。そんで、後は残りカスになった大鬼を一気に吹き飛ばす!よし、完璧な作戦だね!」
『……いや、ガバガバじゃあないかな?まずどうやって止めるんだい?サクラの氷でも、さっきの水槌でも足止めできなかったんだろう?ボクの風で吹き飛ばすこともできないだろうし』
シルヴィアの言う事も尤もだ。だけど、無理を通してやってのけなければ、この国は滅んでしまうだろう。うん、この場にいる俺らも無事じゃあ済まないんだよ!
「足止めに関しては俺がやろう。いい加減活躍しておかねば魔王としての面目を保てんからな。というか、妻に後で何と言われるかがコワイ」
羅刹さん、本当に奥さんの尻に敷かれてるんだなぁ……。
『それで、最後はどうやって吹き飛ばす?』
「ジ・アンサーと鼓草で――」
『……無理し過ぎだ。また死ぬぞ?今でももうボロボロじゃないか』
そんなこと、今更過ぎる。両腕は何度も放った奥義の余波でボロボロのぐずぐず、足も靴の中が血だらけなのはここだけの話である。うん、においでシルヴィアにはバレてるんだろうけどね!
「それなら、うん。本当の本当に嫌だけど、考えたくも無いんだけど、もしかするとあては無くもないかもしれない。――そういう訳だけど、聞こえているんだよね、サテラさん」
『はい、無論です。許可さえいただければ、いつでも』
へ?というシルヴィアの疑問符も当然だろう。だって、これは想定外のさらに想定外。こんなことが起きるわけもないのだから必要が無いと切って捨てたはずのモノなのだから。
「シークエンスを準備段階へ移行。いつでも稼働できるように待機で」
『かしこまりました。ご命令より一分三十秒にて、稼働可能です。こんな事もあろうかと、設計に組み込んでやはり正解でしたね』
嘘だ!絶対趣味だよ!趣味以外にそんなものつける必要ないじゃないか!と大声で叫びたいのをググっと抑えこみ、ため息に変える。本当にそのまさかがあってしまったのだから、俺は言える立場ではないのだ。くそう……分かっていたけど、ものすごく悔しいぞこれぇ!
「――作戦はうちの連中を通して全体に通します。羅刹さん、足止めお願いします。俺はその間に準備に取り掛かりますので」
「ああ、任せられた」
言うと、羅刹さんは両の手を合わせ大鬼へ向けて急降下を始める。
「――さぁさぁ、ご覧あれ!我、羅刹の鬼なり!我が肉!我が魂!その全てを捧げ、今こそ!阿 修 羅 へ と 至 ら ん !!」
コウと眩い光が溢れ、爆風が辺りに吹き荒れ、大きな砂埃を上げてソレは大地へ降り立った。
先人曰く、阿修羅とは二つの解釈を持たれた鬼神であるという。一つは身も心も戦いだけを追い求める悪鬼の如き修羅道を体現したモノ。そしてもう一つは――守護神としての役目を持つ守護神だ。
――大地に降り立つは炎を纏いし、三面六腕の赤い巨大な鬼神。
そう、今ここに修羅の国の守護神が降り立ったのである。うん、怪獣対決かな!ヤバイな!
今日も今日とて遅くなり、大変申し訳ございまs( ˘ω˘)スヤァ