37話:おめでたい時に配られる紅白饅頭ってあるけれどレンチンするとかなり美味しくて幸せになれるよね?
――皆に幸せになって欲しい――それが私の願い――でした。
物心が着いたときから――夢のように見るあの情景――。
金色に輝く刃を煌めかせ――魔神をうち滅ぼす――勇者の姿。
誰もが――こうありたいと。
誰もが――こうなりたいと、そう願う――勇者の姿。
だから――私は自らを捧げる事で――修羅の国を安寧に導けると知った時――胸の奥底から喜びに満ち満ちたのを――いまでも思い出せます。
唯々、予知ることしかできない――そんな私が――大切な姉さまの――義兄さまの――お役に立てると分かったのですから。
けれど、その話をした時――姉さまも、義兄さまも喜んではくれませんでした。
それだけ――私の事を大切に思ってくださっていたのだと――嬉しい気持ちと、喜んでくれなかったことに――僅かの寂しさを感じました。
でも結局――私は何の役にも立てず、私の身も心も魂をも捧げてしまった九尾の狐はこの世界を喰らわんとその咆哮をあげたのです。
あろうことか――この世界を救うべき勇者を――喰らおうとして。
ぐつぐつと煮えたぎる闇が――私の全てを包み込み――じわじわとじくじくと――染み込んでいきます。
彼女はただ――愛されたいだけだった。
愛を求め、求めて求めて求めすぎて――その結果、魔獣として国を追いやられた。
幾度も――幾度も繰り返して――そして、深い深い悲しみの中で石になってしまった。
けれども――彼女を許す者は誰もいません。
怒りを鎮めよ。呪いを納めよ。
殺生石の元を訪れる陰陽術師や高僧たちが言う事は――どの時代になっても変わることはありません。
そしてとある時代に――とある高僧により彼女は――殺生石は砕け四散し――その魂の宿る欠片がこの異世界へと弾き飛ばされて来てしまいました。
深い、深い悲しみの中、私は眠りについたのです。いつか――こんな私の全てを――受け入れてくれる人を待ち望みながら――。
「目が覚めたみたいだね。うん、気分はどうかな?」
「――真人、様」
目を開くと、幾度も、幾度も擦り切れるほどに夢に見た少年の姿が――そこにありました。
あ、れ?私、お、お姫様抱っこされて――!?
「おっと、あんまり暴れると下に落っこちちゃうからもう少し待ってね。今少しでも安全なところに君を下ろすところだから」
「狐は、九尾はどうなったのです?」
「……完全に消し去った、と言いたいところだけど……」
彼の視線の先――私の、頭?
そっと、触れてみると。なんだかモフモフとしたものが頭にありました。うん、うん?狐のお耳……?
「うん、完全に君と同化してしまっていたからこれが限界だったんだよ。何と言うかごめん……」
申し訳なさそうな顔で――真人様が顔をそらします。
「お気に――なさらないでください。私の不徳の致すところ――だったのですから。私が――もっと、殺生石が何たるかを知っていれば――こんなことにはならなかったのですし」
「まぁ、そうなんだけどね!そもそも、殺生石なんてあるものがあるのにちゃんと伝承してなかったうちの師匠が全部悪い!後で文句言っておくから。そういう訳で、伊代ちゃんが悪いなんてことは全く無いから気にする事は無いよ。それと、助けるのが遅くなってごめんね?」
――何で?何故、真人様が謝る必要があるのでしょうか?
私の我がままで、私の未熟さでこんなにも迷惑をかけてしまったのに。なのに、なのにどうして……。
「悲しそうな顔をしていたから。理由なんてそれだけだよ。うん、まぁなんだ。これは俺の我がままなんだよ。辛そうな君を見たくなかった。笑顔で、楽しそうな君を見ていたかった。だから、助けたかった。だけど、うん。こんな狐耳に尻尾まで生えたままになっちゃって……いや、うん。すごく似合ってて可愛いんだけどね!モフモフで美少女とか需要ありすぎじゃあないかな!」
「あるん――ですか?」
よくわからなくて首をかしげると――なぜかサッと目をそらされてしまいました。
『真人――ボクらが頑張っている最中にいい御身分だねぇ……』
『ん、ずるい。己もお姫様だっこしてもらいたい』
「――へ?」
真人様越しに覗き込むと――そこには巨大な白銀の嵐龍と赤紅の爆炎龍がいたのです。なんて――なんて迫力なのでしょうか。私など、お二人の一息で消し飛ばされてしまいそうです。
「いや、うん、違う、違うんだよ?ほら、これには色々と訳があってだね?不可抗力と言いますか、うん、役得とは思ってないよ!」
役得?とそういえばなんだか涼しいなと思っていたことに――今更ながらに気づきます。そして、自分が何も身に着けていない事にも。
「ひゃ、う!?」
すでにこの身を真人様に全てお見せしてはいるのですが、思わず恥じらいの声を上げてしまいました。
「うん。地面につくまでもう少しだけ待ってね!ああクソ、ココも浸食されて来てる」
「浸食……?」
真人様の視線の先、そこには――黒く染まる地面や木々のその先に黒く昏い巨大な鬼がゆらり、ゆらりと地面を踏み砕きながら歩み進んでいたのです。その、先は――。
「都――!?」
あの鬼はまさかお義兄様?
「違う違う、なんでも鬼の首魁の朱纏とか言う奴の成れの果てなんだってさ。今、サクラちゃん達が対応してくれてるんだけど、うん、止まりそうにないな!」
鬼のその周りには氷が幾重にも広がり、キラキラと夕焼けに煌めいていました。それでも、大鬼は動きを止めることなく都へと突き進んでいました。
「私も――私も行きます。何のお役に――立てないかもしれませんが」
「うん、でもその前にお洋服だね!着てくれないと嫁二人の視線が痛い!」
と、どうやら気が逸りすぎたようでした。
『ともかく伊代ちゃんはこちらで――いや、フレアに持ってもらうとしよう。元男のボクでは流石に色々と問題がありそうだしね』
『がってん』
ふんすと鼻息荒いフレアちゃんの大きな手に私と真人様は降り立ちます。
「……伊代ちゃん。あんまり気負い過ぎないようにね。だけど、自分がやりたいと思う事にはまっすぐ頑張れ。俺も全力でサポートしてあげるから」
「――!はい、ありがとうございます」
真人様の言葉に――思わず涙がこぼれてしまいそうになります。こんな私にそんな――優しい言葉をかけてくださるだなんて。
『この、たらしめ』『たらし』
「違よ?!違うからね!」
アワアワと慌てる真人様のご様子に――くすりと笑ってしまいました。こんな時なのに、私ったら――。
「こんな時だからこそさ。さて、フレア。伊代ちゃんを一旦城まで送り届けてちょうだいな。俺はシルヴィアと一緒にお手伝いに行ってくるとするよ」
『委細承知っ!』
フレアちゃんがそう言うと翼をはためかせ、グンとスピードを上げていきます。
「それじゃ、また後で」
手を振り、真人様が一瞬だけ私の頭をなでてフレアちゃんの大きな手のひらから飛び降りて行ったのでした。
『……大丈夫?』
「大丈夫です。私はもう――自分を見失ったりなんてしませんから」
ギュッと、彼の匂いのする上着を握りしめて私は、私のできることを考え始めたのでした。
な、何とか間に合いましt( ˘ω˘)スヤァ