36話:真夜中に散歩に出ると何故か叫びだしたくなる衝動に襲われるよね?
両の手に持つ二刃を煌めかせ、幾重もの剣線を重ね放つ。
――無限流/二刃/奥義ノ壱/阿修羅!
九尾の莫大な妖気を鼓草にて喰らって斬り裂き切り開き、その隙間を縫うように聖剣を多重に奔らせ剣戟を刻む!
『ははははは!痛い!痛いぞ!一体いつぶりの痛みか!だが――それだけだ』
「――っ!?」
けれどもそれでも足りない。足りていない!火力は十分。確かに九尾を聖剣で切り裂くことはできている。が、殺しきることがどうしてもできない。うん、殺したら伊代ちゃんまで殺しそうで核になっている殺生石を切り裂けないんだよ!というか、一瞬で治っていくんだけど!!
『我ならできる』
ふんす、とジ・アンサーは言ってのける。だけどね?できるのとやれるのは違うんだ!できるんだろうけど、やるのは俺なの!もはや一体となっている九尾から伊代ちゃんを引きはがすだなんて、そんな超繊細な作業難しすぎるんだって!
だから俺は剣を振るう。うん、斬るしか能が無いから仕方ないネ!
九尾から放たれる妖力と言う名の暴風の波に乗り重ねに重ねて刃をくるりくるりと振るって、振い爪を砕き、皮膚を割き、その尾を刻んでいく。
――無限流/二刃/奥義の弐/軍荼利明王
重ね刻むその奥義は大軍へ独りで挑むべくして生まれた奥義。一騎当千のその技にて勢いのまま九尾の体を駆け抜けながらを切り刻んでいく。行ってるんだけどなぁ!!
『あはははははははは!!はははははは!!無駄だ!無駄だ!貴様の存在そのものと同じく無駄なのだよ!』
咆哮と共に吹き荒れる妖力が切り刻んだ先から玉藻御前のその美しい毛並みを戻していく。ああもう、本当にチートじゃないかな!
『水無瀬、水無瀬、水無瀬、貴様は見捨てられた神の祝福を国に捧げるだけの無駄な存在よ!帝の血を分けただけの!菊のご紋に掠りすらせぬ!ただのタンポポ風情が、この玉藻の御前を殺せるものかぁあああ!!』
いやいやいくら何でも言い過ぎじゃあ無いかなと思っていると――ブチリと、何かが切れる音がした。
……うん?うん、俺じゃ無いよ?俺切れてない。キレてないよ?俺をキレさせたら大したものですよ!
兎にも角にも俺じゃない。それならと手元を見ると、プルプルと鼓草が震え、鍔口をリリリと激しく音を鳴らしていた。え、え?何事かな?とよく見ると柄の紐が見事にちぎれていた。ああ、これが切れたのかー。
うん、どうやら鼓草はとってもとっても怒っているらしい。言わずともわかる。なんだか物凄い怒気を感じるんだよ!
この刀には前々から魂が宿っていると言われていて、心もしっかりあるんじゃないかなと思えるところが何度もあったけれど、ここまで感情を爆発させたのは初めてではなかろうか?うん、ちょっと落ち着こうね?落ち着いてくれないな!
『はは!刀にまで愛想をつかされておるか!滑稽な!ははは!なんと滑稽な!』
ケラケラと楽しそうにブンと九つの尾を振るい、俺を殺そさんと妖力を再びビームの如く解き放つ。
笑いながらも馬鹿みたいな威力って本当にふざけてると思うんだよね、僕は!!避けて躱し空を駆け巡りながら鼓草を振るい、妖力の塊を全て食らわせていく―――と、ビシリと音を立てて鼓草の刃に亀裂が入った。
アイエエエ!?つ、鼓草さん!?俺の呼びかけにも留まることのないひび割れは刀全体へと広がり、遂に――その刀身が姿を変えた。
――鼓草。その身は古き鋼龍の逆鱗にて打たれた刃である。
逆鱗とは龍の八十一番目の鱗。顎下にある鱗といわれ、その鱗に触れたものは即座に殺されると言われている。
つまるところ、九尾の狐はその逆鱗に正しく触れてしまったわけだ。
規則正しく割れた境目に龍鱗が現れ、刀身は鱗にて更なる凶刃へと姿を変える。その姿は正しく龍の刀と言う名にふさわしいだろう。そう、直刀から姿を変えたこの大太刀の姿こそ、鼓草の本来の姿―龍刀鼓草/逆鱗なのである。
『……なんだ、それは』
雰囲気の変わった鼓草を見て、玉藻の御前は震える声を上げる。
「さぁてね。俺にもどうなっているのかさっぱりわからん。けれど――」
鼓草を構えなおし、重心を感触を確かめる。うん、これならいけそうだ。
「ここからが……俺たちのステージだ!」
空を蹴り、風を纏い加速度を倍に倍にと上げていく。
『小癪な!』
幾つもの妖力の塊が光の玉となって放たれる――しかしその全てを鼓草が喰らう。先ほどとは非にならないほどに喰うスピードが速い。刀身が伸びたから食べ盛りになったのかな?うん、成長期?と聞いてみたけど違うよ?と返された気がした。やっぱり違うかー。
高速で空を舞う九尾を追いすがり、天空を放たれた矢の如く駆け抜ける。
無限流/無手/奥義ノ壱/穿・韋駄天
音速を優に超え、玉藻の御前の大きく広いどてっぱらに勢いのままに蹴りを入れて差し上げる。うん、俺の足も痛いな!
『が、がああ!?』
体制を崩し大きく口を開けたところへ俺はくるんと身を翻し、その身を九尾の狐の中へと潜り込ませたのだった。
そこは――闇だった。
人の心の奥底のドロドロとした感情の全てをコールタールを塗り固めたような、そんな地獄のような場所に、殺生石に取り込まれた伊代ちゃんがいた。
「ころし、て――ころ、ひ、て――」
虚ろな目で、ただ、ただ、涙を流し、伊代ちゃんはずっとそう呟いていた。
自分の死によってこの地に、大好きな人たちの幸せがもたらせると信じてその身を殺生石に捧げた。けれども、その予言そのものが少女を絶望へと至らしめる罠だった。
少女の命を喰らった殺生石は災厄となり、俺がいなければこの国を滅ぼしていたのかもしれない。
だから、殺してと。私を止めてと伊代ちゃんはずっと願っているのだ。
自分の為ではなく、愛する緋乃女さんや椿さん、羅刹さんの為に。だけど――
「悪いね、伊代ちゃん。俺ってば勇者なんだ。みんなを救う英雄なんかじゃあない。だから、俺は目の前の救いたい誰かを救うんだ」
背中には第参の秘術/八尺瓊勾玉にて作り出した勾玉。数は既に十。十二分すぎるほどに数はそろっていた。
『この、自己中心的な――まさしく偽善者であるな』
玉藻の御前の声が響く。
「偽善者の何が悪い。俺は……もう悲しむ誰かに手を差し伸べられない人生なんて御免なのさ」
スゥと息を吸い二つの刃に勾玉の力を籠めていく。
――無限流/二刃/奥義ノ参/千手観音・天
光の刃と化した二刃が千の刃となりその闇の全てを喰らい、聖剣にて伊代ちゃんを取り込んだ殺生石ごと切り裂き祓う!
――これは浄化の刃。千成る手にて救いをもたらす。
九尾の狐の存在が呪そのものならば、その全てを浄化しきってしまえばいいのだ。うん、それをやりながら伊代ちゃんを助けるには入りこんで直接目の前で切るしか方法が無かったんだよ!というか刃がここまで通らなかったしね!
千刃の一閃一閃その全てで、少女を捕らえる呪いを切り裂き、祓い、浄化していく。
『があ!がああああああああああああ!!!??馬鹿な!馬鹿な!タンポポ如きに!水無瀬如きに何故ぇええええ!!??』
「その考えがお前の敗因さ」
最後の一閃を放つと同時に伊代ちゃんを抱きかかえ、切り開かれたその隙間から空へと飛び上がる。ああもう、外の空気は美味しいなぁ!
眼下には襤褸切れの如く地面へと吸い込まれていく九尾の姿があった。核となる殺生石が崩れ去った今、再生することも最早なく、その身をボロボロと崩れさせていた。
『あ、ぁ、妾はただ――愛されたかった、だけ――なのに――』
そう言い残し、玉藻の御前は――
「はい、その絶望。すべて呪いへ変えて差し上げましょう」
「!?」
そこへ現れたのは先ほどサクラちゃんに任せたはずのジャバウォックだった。
崩れ落ちる寸前だった九尾の狐に男が触れた瞬間――その塊は呪いの龍となり俺へと襲い掛かったのだ。うん、でもそれって俺効かないんだよね?
木札を切り、その全てを鏡返しで返してしまうことにする。
――巫術/第壱の秘術/八咫鏡!
呪の龍は鏡に吸い込まれるとその全てを男へ向けてとその方向を反転させ――男をスルーしてそのまま下へと行ってしまった。
……あれ?どういうことかな?
「俺が呪ったわけじゃ無いのに俺のところへ来るわけが無いじゃあないか。呪ったのは俺じゃなくて――ほら、あの黒い鬼さ」
男の指さすは芙蓉山の麓、先ほど俺がいた社の石段の真下だった。そこにいたのは黒い鬼――大鬼と言えるほどに巨大な鬼がそこにいた。その黒い鬼へ龍が重なった瞬間、鬼は――山ほどに巨大な姿へとなり、三つの顔に六本の腕――そう、正しくその身を阿修羅へと至らせたのであった。いや、それにしてもでかすぎないかな!
「はは、さてはて阿修羅の呪は果たして君に効くのかな?そういう訳で、チャオ」
「まて、この野郎――!って、消えてやがる」
鼓草を振るも、そこにはすでにジャバウォックの姿は消えてしまっていた。あいつ、本当に一体何なんだ?考える間もなく、眼下で爆音が響く。まったく、厄介ごとは次から次に押し寄せてくるなんて、今日の俺はどうやら運が悪いようであった。
今日も今日とて遅くなりまs( ˘ω˘)スヤァ