閑話
三つの月が輝く丑三つ時。幾つもの影が薄く照らされるろうそくの炎に揺れる。
「一体どういうことだ、話が違うではないか」
「何、あの男がこちらの想定外の行動をしてくれただけだ。最初の魔力砲にてあ奴を葬る筈だったが――妙にすばしっこくてな」
アラガミの男はヤレヤレと自分に全く非が無いかのように首を振る。そんなこと、最初から分かっていたことではないか!
「我々の望みは巫女伊代の確保。我らの協力無くして貴様らの潜入は容易ではなかったはず。だのに何だあの体たらくは!」
「憤慨する気持ちはわかるが、少しは落ち着きたまえ」
これが落ち着いていられるだろうか!今回の作戦は我ら鬼族の命運がかかっているのだ。だのにこの男は失敗したことをおくびにも感じていない。やはり、アラガミなどと手を組むのではなかった。我らの手で羅刹の奴を――
「勝てないからこそ、こんなことをしているのだろうに。ああ、絶対に勝てない。勝てやしない。一族諸共に魔王羅刹に挑みかかったところで皆殺しされてようやっと傷一つつけられるといったところか。まったくもって合理性にかける」
「合理性だと……?部下を幾人も無駄死にさせた貴様が言えたセリフか!」
ああ云えるね、と男は肩をすくめ視線を外へ移す。そこには――虚ろな顔で立ち尽くす町人たちがいた。
「いなくなれば補充すればいい。我らはどこにでもいるのだから」
男は不敵な笑みを浮かべ地図を広げる。
「今回の目的はあの要となっていた社の破壊、そして巫女である伊代を神域から連れ出すことだ。そう、我々の目的は順調にすすんでいるのだよ」
「だが、伊代はここにはいない!」
こいつらの目的がそれだとしても我らの目標であった伊代は手元にいない。ならば、失敗したも同然ではないか!
「短絡的に物事を考えてはいけない。君たち手出せない神域からは連れ出してあげたんだ。むしろ感謝して欲しいくらいなのだが?」
「ふ、ふざけるな!――っ!」
喉元には剣の切っ先。い一体いつ抜いた……?
「俺の剣を見切れないくらいでは羅刹の足元にも及ばんな」
「勇者程度に殺された貴様が言うセリフか!」
「言えるさアレは――我らが神の敵なのだからな」
邪教アラガミの神――それは修羅の国にてうち滅ぼすべき敵と言い伝えられてきた魔神。つまり、あの男――水無瀬真人とは……。
「勇者だよ。すでに予言は伝えられてしまったから我らの目的の一つは果たせなかったのだが――元より果たせるはずのないものだったから別に構わん」
「貴様ら、一体何を考えて……」
「君たちと最終的な今回の目的は同じという訳だよ。君たちはあの石――殺生石の力が欲しい。我々はそこから解き放たれる呪いが欲しいのだ」
殺生石の呪い……?そんな話、我々の伝承に伝えられていない物を何故こいつらが知っているのだろうか?
「くく、これ以上は我らアラガミの一部になってもらわねば話すことは叶わんな」
「……ちっ。ここまでくれば我らが信奉する神など祭るに値せぬ。いいだろう、我ら鬼族はお前の元へ下るとしよう」
「お、長!しかし!」
俺の言葉に若い衆が声を荒げる。確かに、アラガミへ下るとなると反発する者たちもでる。しかし、それ以上に我らはあの男からこの国を取り戻さなければならんのだ!
「交渉成立。ああ、よかった。断られたらどうしようかとひやひやとしていたところだったんだ」
嬉しそうに男がクスクスと笑う。まったくもって薄気味悪い奴だ。この国を取れさえすればこんな男、即座に――
ぞわり。
言いようもない冷たさが足元から背中へと駆け上がる。それと同時に目の前が闇に閉ざされた。何、何、が――!?
「声も発することもできないか。抵抗力も微々たるものだが、補充には十分だろう。さて、受け入れてくれた気分はどうかな、鬼族の長――朱纏?」
「――はっ。我ら鬼族アラガミへ心身共にお捧げ致します。巫女伊代を捕縛し、必ずや我らが神への供物として見せましょう」
膝をつき、我らは目の前の男――ジャバウォック様へ首を垂れる。
「ああ、それでいい。すべては我らが神の為に」
「世界を喰らい、新たなる世界へ」
漆器の如く黒く艶めいた何かが頭の中で弾けていく。
――ああ、ああ!なんて素晴らしい神なのだろうか!
なぜ我らは今まで、魔神様を滅ぼそうなどと考えていたのかがわからない。何故、何故、なぜ、なぜ、な――あれ、我らは何故、巫女様を――
「さて、鬼族諸君。勇者真人一行は滞在を一日伸ばしたそうだ。彼らをおもてなしする為、魔王羅刹らも共に芙蓉山の麓へ向かうとの事だ。我らの目的は――なんだ」
「殺生石の力で勇者真人を呪い、勇者真人を慕う者らを呪殺することでございます」
「理解できているようならば良い。さぁ、貴様らの役目を果たせ」
ジャバウォック様の言葉に頭の中が雷を受けたの如く煌めく。
役目!そうだ!我らは!勇者を!あの男を呪い滅ぼすのだ!
月明かりの照らす芙蓉山の山小屋から、我らは弾けるように飛び出し、各々の役目を果たすべく走り出したのだった。
「ほんっと、獣人も魔人も鬼も人。単っ純だなぁ」
ポツリと、後ろで誰かが――そんな風に呟いた声が聞こえた気がした。
今日はとっても早めに( ˘ω˘)スヤァ