32話:茜色に染まる河川敷を歩くとなんだか郷愁を感じざるを得ないよね?
ぱちりと目を開くと、医務室の天井でした。
外は夕暮れらしく、茜色の光がカーテンから差し込んでいました。
どうやら、あの後気が抜けたせいか意識を失ってしまっていたようです。
「ん、目が覚めたみたいだね。気分は大丈夫かい?」
横を見ると真人さんが私の手を優しく握っていてくれました。暖かくて、大きくて大好きな優しい手。きっと真人さんが居なかったら今の私はありませんでした。だから、そっと気持ちを込めて握り返します。
「真人さん……。はい、大丈夫です。すこし、変わった夢を見たくらいで……。あの、その、なんでのオークの警備兵さんたちに、ライガさんまで正座されているんです?」
そう、私の視線の先には冷たい床にオークの皆さんとライガさんが正座させられていました。一体全体どうしてこんなことに……?
「全面的にボクらが悪いからだ。本来ならば救援にすぐにでも行かなければならなかったのだけれど、姫様の塔の防壁を突き破って出てきたせいで、兵たちが混乱してね……」
「面目ない、もう大丈夫だとは頭ではわかってはいても、体が動かない連中が多くってな」
言葉に出さなくても原因はわかっていました。
もしかすると、サクラさんの魔眼がまた暴走してしまったのではないか?
その結果があの防壁を破壊してしまったのではないか?
今のサクラさんの事を知らない城の皆さんがそう考えてしまっても、おかしくはありません。むしろ、以前の事故の事を知っているのならばそれが自然なのでしょう。
「まぁ、そういうわけで頑張って戦っていたビオラちゃんを始め、椿さんとサンスベリアさんに申し訳が立たないって言うから、みんなが起きるまで正座してもらっていたわけ」
「ちなみに、ビオラちゃんが起きたんは最後やな。ふふ、なんや幸せそうな顔で寝て張って可愛らしかったわぁ」
包帯まみれの椿さんがクスクスと笑います。そういえば寝顔を皆さんに、というか真人さんに見られてしまっていたと言うわけで……。思わず顔がゆだっていく感覚を覚えます。うう、絶対耳まで赤くなってしまっています……!
「はぁ、まったくもって情けない。オウカ様にも守ってくれて嬉しかったけど、一緒に戦いたかったって泣かれちゃったしなぁ……」
そういうサンスベリアさんは何だかいつもはシャンとしているモフモフの耳を垂れ下げて、また大きくため息をついています。
けれども、姫騎士としては間違いない行動なのです。なにせ、サクラさんを護り助けるのが姫騎士のお役目なんですし……。
「そう言ってくれると助かるよ。まぁ、それはオウカ様もわかっててくれて、何というか、うん、いい姫様に仕えられたんだなって今更ながらに思ったよ」
包帯ぐるぐるな腕を組んで、サンスベリアさんが
「そうだぞー。サクラちゃんは優しくて可愛くて美人さんなんだぞー!うん、何度言っても中々みんな認めてくれないんだけどね!こびりついたイメージが中々取れなくて困るんだよ。なんというか、中々落ちない油汚れみたいなクロノスみたいな感じ?倒しても倒しても復活してくるんだよ……。ハイパームテキさえ、ハイパームテキさえなければ!って?」
「さ、最後のはいまいち意味が分からないけど、確かに中々イメージってのは払拭できないからなぁ……。あの塔が壊れたことで、もうこの城にオウカ姫様を置いておけないって声まで上がってるみたいだし」
「せやなぁ。今まではあの防壁があったから大丈夫やー思うてた人が少なからずおったみたいやし、また張りなおすにしても、時間が数日はかかるみたいやし……」
椿さんとサンスベリアさんが二人して大きくため息をついています。
「まぁ、無くなっちゃったものは仕方ないね。というか、メガネなサクラちゃんを見てみんなサクラちゃんだって、気付いてる人いなさそうだったし?うん、周知してるはずなのに知られてないって意味わかんないよね!わぁ、何あのかわいい子!って感じの振り向き方してたんだよ!可愛いから仕方ないんだけれど!」
「うん、真人はんは落ち着こうな」
「あ、はい」
くすくすとみんなが笑うなか、真人さんが何だかしょんぼりとしてしまいました。けれど、確かに眼鏡のサクラさんはとっても綺麗で可愛くって、私から見ても理想のお姫様に見えちゃいます。それでいて、優しくて家庭的なんですけれど……あれ、お姫様で家庭的ってどうなんでしょう?ううん、それもサクラさんの魅力ですし、いいんです……よね?
「はい、とても素敵な方だと思います。人の国でも、あれ程までにお優しい方はお見受けしたことはありませんでしたから」
透き通った声に振り向くとサンスベリアさんたちとは逆側のカーテンからシレーネさんが顔をのぞかせていました。
「シレーネさん!良かった、元にもどられたのですね」
「現状が元の状態か、と言われると色々と語弊があるのですが、今の状態で安定したと言われればその通りです。もう、元の勇者であった私の姿には戻ることはできませんが、シレーネとなった私と元の勇者の私の意識と心、記憶も統合して新しい今の私になることができましたから」
シレーネさんは優しく微笑み、頭を下げます。
「ありがとうございます。ビオラちゃん、真人さん。あなた達お二人のおかげで私は私を取り戻すことができました。それだけでなく、あの男の呪縛をも解いてくださって、感謝のしようもございません」
「い、いえ、気にしないでください。私はその、自分のしたい事をしたまでですので……」
そう、アレは私の我がままでした。私がシレーネさんを助けたかった。どうしても助けたかった。だから真人さんにもご迷惑をお掛けして、それを貫いてしまった。ただそれだけの事なのですから。
「したいこと、か。はぁ、勇者になることが私の至上命題だって、それが偽物の私の生きる価値だって、そう思い込まされていただけだなんて、今更ながらに過去の自分をぶん殴りたくなる」
「貴女は……ええと、あ……アザムさん?」
「AZ・M……ううん、アザミでいい。なんだかAZ・Mだと神様の雷でマッシブな兄ちゃんに変身しそうってさっき真人に言われたし」
ジトっとアザミちゃんが真人さんを睨んでいますが、真人さんはなんでか嬉しそうな顔をしています。うん、相変わらずですね!
「私たちはこの世界で勇者を増やすことができないか、という実験の中で生み出されたの。私の場合は実験施設で生まれて、育てられたのだけど、中には外から連れてこられた子も少なくなかった。そして、選別に選別を繰り返されて、勇者の秘石を使えることが分かったあと、首輪としてあの男のチートを受け入れさせられたわけ。ええもう、最悪よ」
「本当に、あの男はドへたくそでしたから。……小さいですし」
ナニが小さいのかはあえて聞かないとして、二人を洗脳していた勇者が恐らくは今回の事件の根幹に近い人物なのでしょう。
「宝石商の男だね。うん、面は割れてるし、洗脳を解いた二人をこちら側に引き込めたからね。あとは煮るなり焼くなり思うがままよ」
「はは、真人はん悪い顔してはるわぁ」
ケラケラと椿さんが楽しそうに笑っていますが。アザミさんにシレーネさんもなんだか笑顔が怖いです!
「そういえばダリアさんは大丈夫なんですか?」
「ああうん、アザミちゃんがダリアさんのお腹の中に寄生してたんだけど、こう、ムリっと抜け出ちゃったから……」
ふと、真人さんの顔が暗い影を落とします。まさか……。
「しばらくは切れ痔の治療が必要なんだって。うん、流石ルナエルフ。頑丈あばら!?」
いつの間にか入って来たダリアさんが、真人さんの頭を勢いよくひっぱたきました。本当にいつの間に!?
「皆さんの前で病名を口にしないでください!まったく……。あ、あたた……」
お尻を抑えて、なんだか褐色の顔を青くしていました。どうやら相当に酷い……のようです。
「ごめんなさい。私のせいで……」
アザミちゃんがベットの上で正座して頭を下げています。あれは異世界の伝統的謝罪スタイル!
「はぁ……。まぁ自業自得というか、油断した私が悪いのだし貴女の気にする事じゃないわ。そうやって謝罪もしていただけましたし。それで手打ちとしましょう。それに……なんだか、お腹の中がスッキリして、体重も……ああ、いえ、何でもありません!なんでも!」
どうやらアザミちゃんがお腹にいたことで、女性としては嬉しい効果がいくつかあったみたいでした。あれ?椿さんが何だかアザミちゃんをジーっと見て……いえ、きっと気のせいですね!
「まぁ、それは兎も角として、二人が城に与えた損害はそれなりのモノです。請求は……そうですね、あなた達二人自身で賄ってもらうとしましょう」
「と、いいますと?」
「働いて返してもらえればいいです。ええ、何年かかるかはあなた達次第でしょうが」
ふむ、とアザミちゃんとシレーネさんが顔を見合わせています。答えはもうお二人の中では決まっていたようでした。
「働かせていただきます。けれど、それならビオラちゃんの下で働かせていただいても構いませんか?」「ええ、構いません。あなた達を助けたのも、倒したのもビオラさんですからね。間違いなくそうする権利はありますから」
「え、え?」
思いもよらない展開に頭が追いついていきません。ええと、つまるところは私に二人も部下ができてしまった、という事で……。
「はい、よろしくお願いしますね、ビオラさん」
「よろしく」
「あ、はは、よ、よろしくお願いします……」
ど、どうしましょう。本当に私なんかで大丈夫なんでしょうか!
「ああ!ビオラちゃん起きてるじゃないですか!わあん!ごめんね、力になってあげれなくてぇ!」
病室に入って来たサクラさんがボロボロと涙を流しながら私に抱き着いてきました。
目元は真っ赤に泣きはらした後。本当に心配をおかけしてしまったみたいです。
「ごめんなさい、ご心配をおかけしました」
「ううん、いいの。エルゥシーちゃんに止められてなかったら、私も全力で飛んでいけたのだけど……」
『……危うかった』
そういえばあの時、真人さんと一緒にいたはずのエルゥーシーちゃんが居なくなっていたのはサクラさんの所に行っていたからのようでした。
「俺がお願いしたんだよ。まぁ、あの場にサクラちゃんが来るのは色々と駄目だったから仕方ないね。目的は聖剣だったわけだし」
「え、でも……」
真人さんの言葉に私は首をかしげます。だって、あの聖剣は真人さんと契約しているはずなのですから。
『してないからなんだろうね!うん、やっと出てこれたよー真人ー』
「うぉう!ビオラちゃんが復活したら小っちゃくなったマスコットな壱乃さんたちが!?うん、本当にどうなってるのかな!とりあえずこの間ぶり?」
『はいはい、この間ぶり。どうしてこうなったかは私らにもわからぬ。まぁ、あの金髪のいけ空かぬ奴のせいであろう。ふん、スパッツの良さをわからぬ器量の小さな男よ』
「スパッツて、何の話してるのさ……」
何だか真人さんが何とも言えない顔をしています。神様同士でパンツとスパッツで熱い舌戦を繰り広げているだなんて誰も信じないと思うんです!ええ、本当に!
ふぅ、と息を吐いて少し熱を持っている茜色のブローチを握りしめます。
――お母様、私はきっと勇者にはなれません。
けれども、私は誰かを救える人であろうと思います。
きっと、私一人では無理でも真人さんや皆さんとならできると思うから。
だから、一番そばで見守っていてください。いつか、お母様を元に戻せたら――世界一大好きなこの人の話をさせてください。
その時までに告白、できたらいいなぁ……!
まに……逢わなかっt( ˘ω˘)スヤァ