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勇者だけど大魔王城で執事やってます。え、チートってもらえるものなの?  作者: 黒丸オコジョ
第六章:消えたメイドと勇者な執事。脳細胞がトップギアだぜ!
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29話:自分が何者かだなんて自分にもわからないのに答えろと言われても困っちゃうものだよね?

 ――私は、何者だったのでしょうか?



 誰かの叫ぶ声が聞こえます。

 誰かの悲しむ声が聞こえます。



 けれども、何もかもが曖昧で、朧気で、もう、私の名前すら思い出せません。



 ある私は、崖から落ちて。


 ある私は、炎に巻かれて。


 ある私は、ストーカーに殺されて。


 ある私は、工場の機械に巻き込まれて。


 ある私は、ある私は――



 ありとあらゆる死の先に、私は私たちは勇者になっていました。


 どの私も懸命に戦って、戦って、殺されて、嬲られて、それでも立ち上がって。


――でも、最後にはみんな壊されていく。壊れていきました。


 魔王に、魔物に、人に、勇者に……。


 なら、この私は何なのでしょう。まだ、壊れていない私は――



――私は、そう、()は何かを演じることに生涯を掛けた少女でした。


 誰かをあこがれて演じて来ていたわけではなく、職として。

 私は女優だった母と男優だった父に言われるがままに演じ役者としての人生に全てを掛けていたのです。


 けれども、私は殺された。


 舞台の照明を誰かが私に向けて落としたのです。


 初めての主演。初めての大舞台。私の胸が高まっていたことだけは何故か鮮明に思い返せます。


――戸惑いと、激痛の中、事故だ!と叫ぶ声が聞こえます。私は、どうしてこうなったかすぐにわかりました。血を流す私を見下ろす先輩が……笑っていたのです。いい気味だと。お前がここに立っていたのが間違いだったのだと、そう言わんばかりに。


 私は、認められていなかった。


 私は私を殺す(誰かを演じる)ことで認められていたと思っていたのに、その全てを否定されたのです。

 失意と、絶望と、悲しみ中、私はその生涯に幕を下ろし――カーテンコールに呼ばれるかの如く、勇者となったのです。


 勇者として与えられたチートは、アブソープション(吸収)チェンジ(変身)


 変じる誰かの一部を取り込めば取り込むほどに、その誰かへと成ることができると言うものでした。


――ああ、何という皮肉なのでしょう。


 私は勇者という役割を得て尚、誰かを演じることを求められていたのですから。


 ある時はメイドとして。ある時は情婦として。ある時は魔物として。亜人の戦士として。奴隷として。城主として……。


 ありとあらゆる私になって、勇者たちを取りまとめる勇者教に認められるようになっても私の心は晴れる事はありません。


 どの私になっても、私の変身した誰かが褒められているのだと、どうしても私には冷めた心で見る事しかできなかったのです。


――ある日の事でした。


 私はある男と共に潜入クエストに挑むことになりました。

 とある部族のさらわれ、奴隷となった幼い少女へと成り代わり、助け出されたという体で魔王側の情報を探ると言うものでした。


 男に言われるままに少女の髪を一房取り込み、彼女へと成った瞬間でした。

 男は高笑いを上げながら襲い掛かって来たのです。

 どんなに抵抗しても幼い少女の非力な力では何もすることができず、私は簡単に組み伏せられ殴られ、そのまま少女としてその尊厳を奪われたのでした。


 あまりの事に私は事が終わった瞬間に変身を解き、男へと襲い掛かります。けれど。


「ああ無駄無駄、お前はもう俺のだかんなぁ。ほれ、そこで俺の椅子になれ」


 襲い掛かろうとしたのに、私はひざを折り頭を地面にこすり付けていました。男はケラケラと笑いながら私の上へと腰を下ろします。


 ロブ・ドミネイター(奪い支配する者)


 女性に己が体液を注ぎ込む事により支配するという、卑猥で卑怯で最低な能力。それがこの男の、勇者としてのチートなのだと私の体をまさぐりながら男は自慢げに話します。


 いかに女性を騙して、犯して、壊して来たのかを楽しそうに。


 そう、男は私のチートを自分のモノとして嘘の依頼をでっち上げ、何も知らない私を罠にかけたのでした。


 ああ、何と愚かだったのでしょう。演じていれば、誰かに認められてられるのだと私は()()勘違いをしていたのですから。


 それからというもの、男は私を道具のように扱いました。


 勇者として自分の評価を上げるために、邪魔になるものを私に、配下の女性たちに暗殺させ、必要な情報をその男のために探り、やりたくもない事を数えるのも馬鹿らしくなるほどにやらされたのです。


 すり減っていく自分の心を殺して、私は何とか自分を保っていました。

 もう、チートが無くてもあの男に抵抗する意思すらも失っていたのです。




――だけど、だけど私は見てしまった。



 聖なる剣(ジ・アンサー)の輝きを。



 真なる勇者の煌めきを。


 私は、彼を――勇者真人を見て涙が溢れました。あれ程まで強く、誇り高く、愛を叫べる人が、勇者がいたと言う事に私の心は震えたのです。


 だから、大魔王城に勇者教が血眼になって探す聖剣があることだけは誰にも漏らすまいと誓ったのです。だけど、男はそんな私の心すら踏みにじったのです。


「はは、ははは!なんだ、お前!なんだ!知ってたんじゃねーかよ!あの剣!聖なる剣!アレさえあれば俺は!この世界を統べることができる!勇者教のクソッタレどもに頭を下げる必要もねー!ああ、いいね、滾って来た。けけ、さてどうかすめ取ってやるかなぁ……」


 私の心に決めたことなど、男のチートの前ではゴミくずも同然。ボロボロと涙を流して、私はあの輝きの場所を口にしたのでした。


 けれど、そこは大魔王城の深部。大魔王の娘である隔絶された氷結の魔王の住処なのです。そんなところにこの男が、ううん、男の周りの女たちでさへ入り込むことはできません。


「いいや、できる。できるさ」


 そう言って男が連れてきたのはまだ中学生ほどにも見えない少女でした。


「こいつはAZ・Mって言ってな。勇者教の奴らがこっちの人間やら亜人やら魔族やらと勇者を掛け合わせて作った、つまるところは疑似勇者って奴さ。詳しい事は俺にもわかんねーが、こいつが血を引く勇者のチートをこいつの体に埋め込まれた宝石……勇者の秘石のおかげで使う事ができるって話だ!こいつを使って、内部に潜入して聖剣を奪ってこい。ああ、その真人って奴をコレを使って封印するんだぞ?」


 投げて渡されたのは小さな短剣。


「そいつには複数のチートが使われていてだな、刺した相手を宝石にして封印しちまえるらしいんだ。くく、そうすれば俺は聖剣を手に入れられるっつー寸法よ」


 男の言葉に私の手が小さく震えました。これで、あの人を刺せというのです。そんなこと、私には……。


「お前がしなくてもこいつがしてくれる。なぁ、AZ・M?」

「……問題ない。私は任務をこなすだけだ」


 無表情な彼女の顔からは感情を読むことはできない。まさかこの男、この子にも……!


「こんな人形抱いてもつまんねーからなぁ。必要なモノだと言って飲ませてやっただけさ」


 どちらにせよ最低じゃない!と、心の中で叫ぶ。本当に、この男は最低です。


 大魔王城に潜入するのなら、私はまたメイドとして入るならあの時に変身する必要がありました。

 けれど、私のチートには制約があるのです。


 神は言いました。


「変身をするときはその者の一部を取り込み過ぎてはいけないよ。取り込むと言う事はその誰かに近づいていくと言う事。もし、全部取り込んでしまえば、そのものになってしまう。君の中にその誰かが生まれてしまうんだ。ああ、もちろん生きたまま取り込むことはできないから安心するといい。そんなにグロいのは私も見たくないしね!」


 と、グッとサムズアップをして(親指を立てて)いました。


 だから私は少しずつその誰かの一部を取り込むようにしていました。いくら誰かになれるとはいえ、そのものになるつもりは無かったのですから。



――その日は。雨の降りしきる日でした。

 滅び朽ちた村の中、暗闇に紛れて彼女の墓を掘り起こしました。


 スコップを使い、またその一部をもらい受けるために。

 棺桶を開き、冷たい雨を拭いながら彼女の骨のひと欠片を取り込もうと能力を発現した、その瞬間でした。


「遅ぇよ、愚図が!」


 ガツンと、後ろから誰かに背を蹴られ、私は、棺桶の中へとその身を躍らせてしまったのです。


「あ、ああ、あああああああああああああああああああ!!」


 その中にあった、彼女の、その、すべてが、私の中に流れ込んでいきます。どう生まれ、どう育ち、同んな風に生き、そして、どんな失意の中に死んでしまったのか。私は、その全てを知り、識ってしまいました。


「がは、ああ……?」


 電流のように流れた彼女の一生を見終えたとき、私の目の間には――シレーネという()が立っていました。おかしい、何かがおかしいと自分でもわかるのですが、何がおかしいのかがわかりません。


 そもそも、あれは私で、アレが私で?それなら、わたしは、わたしは――


「……あなたは、だぁれ?」

「ぁ――」


 その瞬間、私の全てがガラガラと崩れていくのを感じました。

 私は、もう、ナニモノでもなく、ワタシですら無くなってしまったのですから――。




――私の知らない私を私が見つめています。



――そんな私を私の知らない誰かが私を呼んでいます。


 それでも、その言葉は私に届かない。わたしは、もう、()()()()でもないのですから……。



「ううん、違う!違う違う!貴女は貴女なんです!シレーネさんです!何者でも無くなっても、貴女じゃなくなっても、貴女は――アナタです!」


 彼女の、ビオラちゃんの言葉と共に強い暖かな光が私たちを包み込んでいきます。


 ああ、そうか、私は――

今日は早めに( ˘ω˘)スヤァ

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