25話:落とし物を探すときって自分がしたことを意味がなくても繰り返したりしちゃうものだよね?
オウカ様……じゃなくて、サクラさんのお部屋の掃除を終わらせて、溜まっていたお洗濯ものを一気にこなしていきます。桜の花びらの散る大樹を間近に見上げながら、塔のサクラさんのお家の二階、そのベランダから広い城下を見下ろします。
ここ数日で色々とあったけれど、自分が水の精霊になるだなんて思いもしませんでした。尤も、精霊とは言っても半精霊。私なんて中途半端すぎて、真人さんが盟約を結ばれている魔王フレイア様のご子息であられるフレア様や、大精霊のウィンディア様と比べられそうで正直肩身が少し、ううん、とっても狭そうだなって思うんですけれど、と先ほど真人さんとお話ししたのですけれど。
「うん、気にしなくていいんじゃない?俺的にはビオラちゃんが元気でいてくれるならそれだけでうれしいしね?」
と、にっこりと笑って返されてしまいました。
ええ、その言葉はとってもとーっても嬉しいです。思わず顔が綻んでポーっとしてしまうほどにうれしいんです。だけど、そうではなくって、ネームバリューといいますか、実力不足過ぎるので、色々とダイジョウブナノカナ?と不安になってしまうんです。
「いや、それこそ気にしすぎやと思うんやけど。ネームバリューって言うんやったらビオラちゃんやて魔王の娘やない」
椿さんがサクラさん作のクッキーをポリポリと食べながら、お洗濯をする私を見て首をかしげています。
そうは言いますけれど、さっきも言った通り私は魔王の娘として育てられた感じは全くないんです。むしろ田舎の少し裕福な家庭で育った普通の女の子なんです。まぁ、お母様は勇者でしたし?お父様と夫婦喧嘩でで勝つくらいには強かったのよ!とお母様は言っていましたので、もしかしたら有名だったのかもしれませんが……。
「勇者アカネ……。んー、聞いた事あらへんなぁ」
どうやらそうでもなかったようです。まぁ、お母様は普段はのほほんとしてるひとでしたし、お父様とのけんかの件も、もしかするとお父様が加減されていただけなのかもしれません。
「とはいえ、ビオラちゃんすごいなぁ。精霊化したのってつい昨日あたりやないん?」
「安定しきったのが昨日ですね。それより前は精霊というより幽霊に近かったので、こんな風に何も考えなくても水を操るだなんてできもしなかったんですよ?」
そう言って空中に浮かぶ水をはじけて消して、お洗濯ものの水気もある程度飛ばしてしまいます。ええ、まだ加減が分からないので、全部飛ばすとサラサラと崩れちゃう位に乾燥させちゃうんです。本当に気を付けないと!
「もしかするとお父さんの影響かもしれへんなぁ。魔王フォカロルっていうたら風と水の魔王やってうちの兄さんに聞いたことあるし」
確かにその通りなのかもしれません。まぁ、私自身のお父様の記憶が朧気なので、かもしれないとしか言いようがないのですが。
「――と、お客さんのようやね」
椿さんの視線を追って見ると、塔の入り口、跳ね橋に見覚えのある女性がそこに居ました。
「あれは――シレーネさん?」
そう、彼女は私と同じころにこの大魔王城に入り、いつの間にか辞めて、アークルで再雇用されたメイドさんでした。元々はいいところのお嬢様だったらしいのですが、お料理やお裁縫なんかは趣味でやっていたとの事で、メイドのお仕事もサクサクと覚えていました。ええ、私の倍はお仕事ができる人なんですよ、シレーネさんって。
「いや、ビオラちゃんもすごいんやからな?……ふむ、防壁を通れたところを見るに敵意は無さそうやな」
「敵意って、シレーネさんはただの……」
メイドさんのはず、という言葉を飲み込んでジッとシレーネさんを見ていると、玄関からサンスベリアさんが出て何やら話をしているようです。ううん、ここからだと何を話しているか全然聞こえません。
「せやけど変やなぁ」
「変って何がです?」
「いや、あの人、確かこのお城に務めてたっていうシレーネって人やろ?真人はんが今朝方、警戒してくれって言うてた人なんやけど……うん、変や。だって、このお城に務めてたメイドはんやったら、例え命令があったとしても泣いて逃げる位には来たくないはずなのに、あない何でもないような――」
瞬間、何かが砕けるような音がして、土煙が上がります。え、え?今一瞬目を離した隙に何が……?と煙の先を見ると、サンスベリアさんが地面にめり込むようにして倒れていました。
「まさか、サンが一撃で――」
「――ええ、例え亜人であったとしても鬼の拳を喰らってそう簡単に立ち上がることはできないでしょう」
声に驚き振り向くと、そこにはいつの間にかシレーネさんが立っていました。片から美しい女性に似つかわしくない異形の腕を二本生やして。
「な――」
言葉を紡ぐ暇すら与えられず、椿さんは鬼の腕が音を超えて振り下ろされ、屋根を抜いて庭へと叩き落されてしまいました。
この場には、私とシレーネさんだけ。
「……ビオラさん。無事、だったのですね。ああ……本当に良かったです」
いつも通りの柔和で優しげな表情でシレーネさんはそう言います。
「貴女は、何……なんですか?人じゃない。魔物にも見えない。それなら……」
私はジッとシレーネさんを見つめ、声を絞り出しました。怖い。すごく、怖い。
「私は勇者……だったモノ。ううんその残骸が勇者になってしまったモノ。勇者の人格を失って、勇者になってしまったのです。もう私はとっくの昔に死んでいます。けれど、私は私になってしまった。二度同じ人になってしまえばこうなってしまうと知っていたのに」
意味がいまいちつかめません。だけどわかることは一つ。この人は、勇者……!
「だけど、私はこうなってしまった。前の私の事なんて本当ならどうでもいいのです。むしろ、勇者など滅べばいい。いえ、滅ぶべきです。だけど、前の私にかけられたあの憎むべき勇者の支配のチートが、そうはさせてはくれませんでした。聖剣を探せ、見つけろ、奪え。その為なら犠牲をいとうな。そんな、無茶苦茶な命令なんて、聞きたくもなかったのに」
シレーネさんがそっと自分のお腹を撫で、悲しそうな顔で目を伏せます。本当はこの人はこんな事したくないのかもしれません。だけど――。
「だから。ごめんなさい、ビオラさん。せめて逃げてください。私では私を止めることはもうできないんです」
ポロリとシレーネさんの涙が光るのを見た瞬間、シレーネさんから生えるその巨大な鬼の両手は音速を超えて私を叩き潰したのでした。
「ええ、ごめんなさい。だけど私は逃げられないんです。だって、貴女は真人さんの聖剣を探されているのですよね?サクラさんと真人さんの大切なあの剣を」
鬼の手は私が生み出した水の壁に両断され、地面へと転がり、消えてしまいました。ええ、間一髪ですよ、間一髪!冷や汗を拭って、私はフウと息を吐きます。
あんな風に腕を生やすこと――ううん、変身能力こそがシレーネさんのチートなのでしょう。
「……そう、逃げてはくれないのですね。ごめんなさい。ごめんなさい、ビオラさん。もう、私は止まることができませんから」
ビキバキと音を立て、シレーネさんの体から獣人や鬼の腕や顔が姿を現し、異形の姿へと変化していきます。
「どうか、死なないでください」
涙をポロポロと流しながら、シレーネさんだったモノは私へと襲い掛かって来たのでした。
はい、遅くなりまし( ˘ω˘)スヤァ