7話:天然水って聞くだけで美味しそうに聞こえるけれど生水だからそのまま飲むとお腹壊しそうだよね?
光の届かない闇の中を巨大な地下水流に飲まれながらクルクルと流されていく。
かれこれ三十分は流されているだろうか?意識がすでにないナナちゃんを抱えたままいくつもの難所を超えてガボゴボボと進んでいく。俺はまぁ息は長続きする方なので、水回りから集めた空気のほとんどはナナちゃんに回してあげている。うん、落ちる瞬間からこの子意識ないけどね!
ナナちゃんを一人にしなかったのには理由がある。
というか、この子俺が一緒にいるから拷問やら尋問やらしないで済むわけで、俺がここに潜ってしまえば確実にサテラさん捕らえて尋問にかける。だってすごく恨めしそうな顔でこっちを見てたからね!うん、知ってたけど流石にもう少しそっとしてあげて欲しいなって!
だから一緒にコールタールのように漆黒の水の中に付き合ってもらっている。うん、こっちもトラウマものかもしれないけど、どちらかと言えばこっちの方がましかなって思うんだ!……俺的に?
ブクブクと流されながら長い長い地下水脈を流されているけれど、今のところビオラちゃんらしき人影は見当たらない。やはりと言うか、いくつか白骨化したものが見受けられたけれど、どれもビオラちゃんとは違うモノのようであった。うん、流石にこの短期間で白骨化はしないしね!
――そしてさらに一時間。
水の勢いが弱まり、空気のある場所にたどり着いた。
そこは地底湖と呼ばれる水たまり。
久々に息を吸って周囲を見回すと、どうやら水から上がれるところがあるらしく意識のないナナちゃんを抱えたまま上陸して見ることにする。
空の光の差し込む隙間などないその空間であったけれども、辺りは淡い光に包まれていた。
それは、魔力が鉱物と結合し生まれるこの世界独特の鉱物、魔鉱。その中でも魔力純度の高いとされる魔水晶と呼ばれるモノだった。うん、全部取って売ればひと財産だな!
尤も、採掘したとしても持って帰る手段が無いからやらないんだけどね!ぐすん……。
服についた水分を木札で集めて、ナナちゃんをさっぱりとして差し上げる。……この水って売れそう……いや、よそう。流石にサクラちゃんにもドン引きされそうだしね!
――と、魔鉱の砂浜のその先に、人影が見えた。
大鎌を携え、黒いフードのついた外套を纏ったそいつは、正しく死神のようだった。背はナナちゃんくらいだろうか?そして、その、足元には――
考えるより先に手が動いた。
巫術/奉納舞/蛟
パン、と手を合わせた瞬、に死神らしき奴がこちらに気づいたがもう遅い。大きく開かれた蛟び口に飲まれてクルリと丸められ、その場にプカリと浮かび上がったのだった。
「ビオラ……ちゃん」
そこに倒れていたのは紛れもなく、彼女だった。
愛らしい彼女の姿は見る影もなく、虚ろに開かれた瞳に生気は、無い。
思わず抱き上げ、震える声で彼女の名を呼ぶ。
ぬくもりも、呼吸も、鼓動も感じられない。いくつか傷が見受けられるが、既に血も流れていない。
――遅かった。
「がぼう!」
――手遅れだった。
「ごぼう!」
――根菜だった。
「ごーぼーうー!」
うん、感傷に浸ってるところだから、少し黙っててもらえるかな!と、見上げると何だかツチノコみたいになってる蛟のお腹の中でもがいてる女の子がそこにいた。うん、死神さん女の子だったんだね!それにしても……シマパンとはまたあざといものを。
「ぶばぁ?!」
あわあわとしているけれど、ぎゃくにのけぞる形でなんだか下着をこっちに見せつけてきている。ううん、なんだか可愛いな?
蛟を解除してあげると、長い黒髪を後ろで一つに纏めた少女は濡れたからだをさすりながら、蒼い瞳に涙目を浮かべてこちらを睨んでくる。まぁ、うん、話も聞かずにパックンちょしちゃったし、怒るのも仕方ないかな!……はい、ごめんなさい。
「はぁ……。いえ、しかたないですよね。この格好で知っている子の傍に佇んでいれば冥府に誘おうとしているのだと思うでしょうし、実際そう言うお仕事が私たち冥府の者の役目ですし……」
水に滴るいい女。艶髪を滴らせる少女はなんだか頬を膨らませて少し短めのスカートをぎゅっと抑えている。なんだかこう、エロスを感じ……はい、すみません!
それにしてもこの子ってなんだか見た事がある気がする。ええと、うん。どこだったかな?
「うう、その様子だと覚えられていないようですね。私はアコナイト・エルステイン。大魔王四天王、クリュメノス・エルステインの妹で……ヴォルガイアで貴方に救われた者の一人です」
ガックリと何だかうなだれた様子でアコちゃんはそう言った。そう、やっと思い出した。彼女はあの事件の中心人物。勇者に捕らわれ、使役され、冥府からゾンビを呼び出すゲートにさせられていた少女だった。そう言えば顔は目隠しとかでふさがれてたから気づかなくてもシカタナイネ!うん、ごめんね?
「謝らないでください。というか、お礼をずっという事も出来ず申し訳ありませんでした。それもこれも、この地下迷宮の管理をしている兄がだらしないからでして……」
彼女が言う兄とは、四天王クリュメノスさんのことだろう。うん、結構な頻度で大魔王城に足を運んでいるというか死んでやってきてるけれども、思い返してみれば一度もあった事がない。
「兄は何というか、その、ひ、引きこもり、でして……。毎日ネトゲと言うモノにいそしんでいて、中々部屋から出てこないんです。だから、贖罪の意味も込めて大魔王城で兄の元で働くことにしたのですが、兄の放置したモノやら遺体やら魔物やらなにやらが山積していて……」
なんだか遠い顔をしてアコちゃんは黄昏ている。うんうん、ダメダメなお兄さんを持つと苦労するね……。なんだかブーメランが刺さっていたいけれども。
「それより、何でビオラちゃんの遺体を探しに?うん、見つけたと言うよりも見つけに来てたってかんじだったけれど」
冷たいままのビオラちゃんをギュっと抱きしめたまま首を傾げる。
「はい、それなんですが……」
『私が、こうなってしまったからなんです』
アコちゃんの言葉に重ねるように聞こえた声は、どうしても聴きたかった声。
「ビオラ、ちゃん……?」
――そこにいたのは紛れもなく、今俺の抱きしめているビオラちゃんその人だった。
はい、とってもとっても遅くなりま( ˘ω˘)スヤァ