6話:サウナの後に入る水風呂ってどうしてあんなに気持ちいいのか不思議だよね?
何度だって言おう。探偵とは足で稼ぐものだ。
だから足が棒に成程に歩き詰めて、いろんな人に情報を聞き出す。厨房やメイドさん控室、大魔王の仕事部屋……は時間が無いのでスルーしてサクラちゃんのところにも顔を出した。もちろん、分身を使って城裏の森も捜索をしているのだけれど、やはり手掛かりすらつかむことが出来なかった。
「門番さんの話ではあの日は誰も出ていないって話でしたね」
桜の巨木が真上に見える塔の下。中庭のベンチに腰掛けながらナナちゃんが大きなため息をつく。うん、連れまわしちゃったから大分お疲れかな?
「見逃したんじゃないかと問い詰めたところで、百目鬼な門番さんに見逃す隙は流石になさそうだからね」
ビオラちゃんが行方不明になった日、その時間。城から外に出た人は誰もいない。門番の目だらけの兄ちゃんが嘘をついていない限りはどうやらそれで間違いなさそうだった。まぁ、そもそも外の監視カメラにも移ってなかったらしいし!
「手掛かりは無い。けれど、また一つ前進……かな?」
「前進、なのですか?」
首を傾げてナナちゃんがこちらをジトと眺める。確かに、聞き込みでは何の手掛かりも得ることはできなかった。うん、だからこそ得ることが出来なかったという事が手掛かりなのだ。
「つまるところ、ビオラちゃんはまだこの敷地から出ていない。裏山には結界が張ってあるって話で、そっちからも出た様子も無いみたいだからね」
「う、裏山にも結界が……」
うん、誰がどう考えても侵入するなら裏山からだしね。監視していない訳が無いんだよ?
「んー。あのお姉さんたちが何か覚えていてくれればよかったんだけど、頭を振っても揺すっても叩いて割っても何も出てこなさそうだから仕方ないんだけれどね!まぁ、記憶を消している時点で私潜入していますって言ってるようなもんなんだけど」
「へ?」
ベンチから立ち上がった俺は、クルリとナナちゃんに向き直り笑顔で聞いてみる。
「それでナナちゃん。これまで見て回った中でメイドになる前に見た事がある人はいたかな?」
桜の花びらがサラサラと音を立て、まるで雨のように降り注ぐ。茫然とした顔をしたナナちゃんは唐突な俺の問いに答えに詰まっているようであった。うん、さっきも聞いたけど焦り過ぎじゃないかな!
「え、え?ええと、それは、そのなんといいますか。はい、えと、やっぱり分からないと言うか、気づかなかったのかなぁ?と、というか、何でそんなことを聞くんですか?わ、私はビオラさんの事に関してはな、何も知りませんからね!」
そんなことは百も承知。というか、ナナちゃんがビオラちゃんに何かするメリットってどこにもないからね!だから、うん。その反応で十分だ。その反応を見たかったのだし。
「いたのならそれでいい」
「言ってないですよ!」
「うん、だとすればおのずと答えは出てくるからね」
「だから、言ってないですって!」
「あの日、あの時間で今ここにいる人で動きがあった人なんて限られてくるわけで、その人がどう動いたかを探ればいいだけ」
「だーかーらぁー!」
「まぁ、その前に怪しいところに当たりを付けたし、今からそこに行くんだけどね!」
「だから!私!って……へ?いや、え?ま、待ってください。こういう場合、私に何かこう尋問とか拷問的な事を……」
「時間も人手も無いから後回しでいいかなって!そう言う訳でレッツゴー!」
「えええ!?」
呆気にとられた顔のナナちゃんの手を引いて、ずずいっと目的地へと向かうことにする。
何度も言うけれど、今は兎にも角にも時間が無い。どんな形であれ、ビオラちゃんを早く見つけてあげないといけないからね!
俺が分身で見つけたのは城の裏手にある古井戸だった。
前にライガーに教えてもらった温泉に行きつく道中、道草とばかりに横道にそれて、草木をかき分けた先の小さく木々が開けた場所にその古井戸はあった。
人二人分は軽く入りそうな大きさで、コケやら雑草が生えており、板で蓋はされているけれど長らく放置されているようであった。サテラさんに確認したところ数十年は使われていないとの事。本当に古井戸だよこれ!
が、微妙にだけど蓋がずれ、真新しい木目が見て取れた。つまるところ最近開けられた跡。……あまり考えたくはないけれど、ビオラちゃんはここに落とされた可能性がある訳だ。
「こ、こんなところに井戸があるだなんて……」
「城の人でも知ってる人は限られてるみたいだね。うん、お城の方で話を聞いてみたんだけれど、ここの井戸って地下水脈に繋がってるみたいで、かなり深くて長いみたいなんだよね。分身で調べてみたんだけど、中に侵入者防止の結界が張ってあるみたいでねー」
つまるところは俺自身が行くしかない。うん、だから今からここの中に入って水中地下探索をしに行こうと言う訳である。
「……うん?い、今からですか?」
「そだよ?」
「こう、その、えと、酸素ボンベ的なものは……」
「え、いらないよ?」
「……私も行くんです?」
「そうだぞ?絶望が俺たちのゴールだぞ?」
ぎゅっとナナちゃんの手を握って、ニッコリと笑顔で答えてあげる。
大丈夫。できないと思うからできないんだよ?諦めたらそこで終了だから!
「いやいや、いやいや!無理なものは無理ですから!死ぬ!死んじゃいますから!わーあー!帰る!お家帰りたいー!」
「ははは、大丈夫。死なないように頑張るし!」
フワリとナナちゃんをお姫様抱っこで抱きかかえてあげる。
「ま、待って!待ってください!本当にダメなんです!わ、私!泳げないと言うか!」
「うん、答えは聞いてない!」
「お、おにいいいいいいい!」
ちがうよ?執事で勇者だよ?と、泣き叫ぶナナちゃんを抱えながら戸の縁を蹴り下りて、風を切って井戸の底へと落ちて行く。
暗がりから吹き上がる冷たい風と共に、嫌な雰囲気がゾワリと吹き上がった。
――それは死して尚生者に、縋りつく世の理を外れし幽世の者。うん、幽霊だよこれ!
「ぴぃっ!?」
ナナちゃんが恐怖の声を上げると同時にそいつらは俺の足をグイと掴み、澄んだ井戸の水底の奥の奥へと誘ってがぼごぼぼごぼがぼぼ。
今日は少し早めに( ˘ω˘)スヤァ