挿話:ペタン娘エルフメイドと伝説の黒包丁~伝説は伝説に~ 7
どこにもない。
探しても、探しても、探してもどこにも、どこにもお魚が売っていません!
「ど、どど、どうしましょう!決戦は今日のお昼なのに!何で今日に限って市場はお休みで、どこにもお魚さんが売っていないんです!?」
「クレア、落ち着いて」
アワアワとしてしまう私に、ニナが背中をポンポンとサスってくれます。けれど、ど、どうにかしないと真人様が……!
「大丈夫、真人さんならもう調理に入ってますし、朝食用のお魚もすでに仕込み済みです。晩御飯にお魚を使わなければ大丈夫です。それより気になるのが何で昨日までは平常運転だった市場がお休みになっているか、なのですが……」
小さくて可愛いうさ耳を動かし、風がふわりと吹きました。これって……。
「風の精霊さんにあたりの人の声を拾ってもらえました。ここの市場に卸している漁師さんたちの舟が今朝急にみんな動かなくなったそうですね。原因は魔導エンジンの不調のよう……ですが、一斉にこんなことが起きるなんておかしなことです。……誰かが何かをしていなければこんなことにはならないでしょう」
「そ、それって……」
間違いなく魔人たちがなにかしたのでしょう。な、何て卑劣な……!
「もっとも、それは無駄骨もいいところなのですけれどね。真人さんは昨日の夜の内に近くの川に釣りに出かけられて必要な材料は釣ってこられたとのことでしたから」
「つ、釣って!?」
「ふふ、ボクに釣られてみる?とか言いながら謎のポーズでお魚を沢山釣っていました。ああ、もちろんマネッチアさんのお爺さんを通して漁師さんたちにOKを貰ってますので悪しからず」
つまるところ、真人様はこうなる事まで想定済みで、事前に対策を取っていたのです!でも、どうしてそこまで想定できたのでしょう……?
お野菜と果物だけを詰め込んだ荷馬車を引きながら私は首を傾げます。
「なんでも、こういう勝負と言うモノを仕掛ける奴は、大体は自分が勝てるように勝負以外の所に手を回してるものだって言っていました。確かに、あの先輩さんにやったみたいなことをしないとも思えなくはありませんでしたし、当然の帰結と言ってもいいでしょう」
なるほど、と思わず私は手槌を打ちます。でもそうなると、真人様って他にもそんな経験があるのでしょうか?ううん、あんなふうな勝負なんて、人生のうちにそうそう無いとは思うのですけれど。
「でも、あとは純粋な料理の戦いになるとして、真人さんは勝てるのでしょうか?」
そう、あの男は結局黒包丁を持って行ってしまいました。あとは旅館の暖簾をいただくだけだ、と仰られていましたが、あの伝説の黒包丁と呼ばれるものを使われて真人様に勝ち目があるのでしょうか?
「それは何とも言えません。だけど……私たちが信じなくて、誰か真人さんを信じるんです」
普段無表情なニナちゃんが優し気に微笑んでそう言いました。ううん、すっごく可愛いです!思わず頭をなでなでしてしまうと頬っぺをつねられました。いたいれす!真人さんにはされても許してたじゃないですか!
「真人さんだからいいんです。それ以外の人には、例えフレア様であっても許しません」
「んんん?待ってね、ニナちゃん。それってその、つまりそういう事なのでしょうか?」
思わず、顔が真顔になってしまいます。でも、けれど、そんな様子なんて今まで一度も……一度も?いえ、待ちましょう。果たしてそうだったでしょうか?そういえば、一人だけ真人様の傍でお手伝いをしていましたし、昨日も気が付けば真人様のおそばにいたような……。
「あんな救われ方をしてしまえば誰しも同じでしょう。命を救われて、女性としての尊厳も取り戻させていただけただけでなく、住む場所も働き口まで作っていただけたのですから。というよりも真人さんが悪いんです。お礼にどんなことでもさせてくださいと言ったら、それなら女の子として幸せになってくれたら俺が幸せだって言ったんですよ?それならその、全部貰ってくれたらって……何ですかその目は」
はっ!思わずホッコリと……。いえ、違うんです。違うんですよ?普段無表情で、冷静でまじめなニナちゃんが女の子してるなって思ったら、こう胸の奥がトクンとしてしまうような甘い感覚が来てしまっただけで!ええ、違うんです!
「意味が分かりません。まぁ、私だけにその言葉を言っていただければよかったのですが、助けた人には大体そんなことを言っているみたいなんですよね、真人さんって」
そう、真人様が救ってきた人は私やニナちゃん、コーリーちゃんだけではない。というよりもここの国の人々やフレア様、フレイア様ですら真人様がいなければユウシャ達に蹂躙されていたのだそうです。
「だから、真人さんにとっては私たちも助けた一人でしかないんです。誰かを救うって事は特別なことなんてことじゃなく、真人さんにとっては当たり前の事で、思わず、つい手を差し伸べてしまう。それが、真人さんという人なんですから」
「けれども、そんな真人様が好きなんですよね?」
「それは貴女でしょう?」
思わぬ切り替えしに私は思わず顔を覆います。ええ、間違いなく今顔が真っ赤ですから!仕方ないじゃないですか!好きになってしまったのですから!
「ええ、仕方ありません。まぁ、少し変態さんなのは玉にキズですけれども」
そう言ってなぜか少し頬を染めてフイと顔を逸らします。うん?何か、何かあったんです?お姉さんすごく気になるのですけれども!
「こういう時だけお姉さんって言わないでください!本当に私にしたいことないんです、と言ったらお膝にのせてなでなでされただけでって、あ、ああ!もう何であなたが撫でようとしてくるんです!やめ、や、やめろぉ!」
ぐぬぬ、どうしても撫でさせてもらえません!いいじゃないです。減るもんじゃあるまいし!
「私の精神力が削れます!もう、折角朝も……」
そう言いかけて何故か馬車を止めてニナちゃんがじぃと道端に作られた祠を見つめています。うん、どうかしたんです?
「私の見間違いでなければ、なのですけれども。アレって、白包丁って書いてありませんか?」
ニナちゃんの指さす先。確かにでかでかと白包丁と……。まさか、あの黒包丁と繋がりが……?いや、まさかそんなわけが……。
「くっくっく、そのまさかなのだよ!」
「あ、あなたは!」
そこに現れたのは――紛れもなくマネッチアさんのおじい様でした。
とっても遅くなりまし( ˘ω˘)スヤァ