挿話:ペタン娘エルフメイドと伝説の黒包丁~伝説は伝説に~ 4
八百屋の運んできた野菜をトントンと調子よく刻んで、朝の下ごしらえをしていく。
昨日のうちに出汁なんかは作り終えているから、朝食の準備の時間までは緩やかなものだ。
うん、分身してやってしまえば楽なのだけれど、それじゃあこっちに来た意味が無いから自分一人で淡々とこなす。あれ?分身しても意識は一つだからあんまり変わらないような……?手が増えるだけだったこれ!
先輩たちはまだ来ていない。自分が下っ端の下っ端だからこそ一番最初に来てやっているのだけれど、それにしても遅すぎる。うん、もうすぐ朝食の時間だから仕方なく諸々の下準備までは仕上げたのだけれど、それでもまだ来ない。ハッ!?まさか今日はお休み……?
いやいや、そんなわけないや、と思った矢先に入口の暖簾に人影が見えた。
「うす、おはようございま、す……?」
「お、おはよう、さん……うごごっ!?」
やって来たのは大将こと政さんだった。ここまで重役出勤するような人じゃあないのにな、と思っているとどうやら様子がおかしい。
「ぐ、ぐぐ、す、済まねえ真人。料理人の皆、い、いや、仲居も含めてだな。昨日の料理に当たっちまったらしい。んぉお?!」
グルグルと唸る腹を抑えながら政さんの顔が青紫色になって行く。うん、おトイレはあちらですぞ!
「くぅ、こんな調子で情けねぇ。お前さんにこっちの国の美味いもんをたらふく食わしてやろうと思ってたのによう。うぐぐっ!?」
プルプルと震える政さん。そろそろ決壊が近そうだな!
「ともあれ、きゅ、救援を城に出してある。いつも通りとはいかねーが、あそこの給仕さんたちなら何とかしてくれる、だ、ろ、おぅふ?!……ふぅ。それじゃちょっと俺はトイレに行ってくるぜ」
そう言い残して、政さんは真っ白な顔でおトイレに行ってしまった。
それにしても、これだけたくさんの人間が急に腹痛になるだなんておかしすぎる。何らかの病原菌ならばお客様も腹痛を訴えてくる人がいて然るべきなのだけれど、どうやらお客様に被害を訴える人は出ていないようだ。
うん、原因として考えられるのは昨日の晩御飯だろう。もしかすると変な食材が中に入ていたせいでこんなことになっているかもしれない。尤も、俺は運がいいから食べ物に当たることは無いし、毒物も大体耐性が出来ているから聞くことはほぼ無かったりするから、俺が食べていない料理がそうだとは言い切れないのが現状である。うん、とりあえずは朝ごはんからかな!
仕方がないので分身を増やして各持ち場についていく。お城からの救援は……どうやらまだ到着していないようである。うん、仲居さんのお仕事もやらないと!
分担に分担を重ねてお仕事をこなしていく。フロントでは俺がお客さんを案内し、各部屋に赴きお掃除を行い、庭のお手入れと玄関先のお掃除も同時並行にレレレとこなしてレレレのレ!
半ばやけくそ気味に頑張っているのだけれど、昔取った杵柄。元の世界で各国にてホテルや旅館でのアルバイト経験のある俺にやってできないことは無かったのだ!うん、アルバイトと言っても給料とかもらった覚えが無いんだけどね!そういう時は大体師匠が一緒で、師匠飲み食いに消えてたしね!おのれ師匠ッ!
朝食の忙しい時間が過ぎ去り、お客さんたちも観光に出かけてしまい、フロントや客室にはのんびりとした時間が流れる。
けれども厨房の戦いに終わりは無い。そう、これは終わりなきゲーム!朝が終わればお昼、お昼が終われば夕食が待ち構えているのだ!
働け……働け……というどこぞの誰かの囁きかける声とキーンキーンという耳鳴りにさいなまれている気分になりながらもお仕事をこなしていく。働かなければ生き残れない!じゃなくて、救援はまだかな!割と広めの旅館で一人は割と真面目にちょっときついよ!やれてるけども!!
「あ、あのぅ、すみませーん」
可愛らしい声がフロントから聞こえ、顔をのぞかせるとそこには見知った顔がそこにいた。そう、誰でもない昨日お弁当を取りに来てくれていたフレアのメイドさんたちであった。今日はエルフのクレアちゃんと黒兎のニナちゃんだけじゃなくて、羊族のコーリーちゃんまでついて着てくれていた。うんうん、三人そろうとより可愛いな!
……でも、三人だけなのかな?
「フレイア様がお手伝いをお送りしようとしたのですが、側近のイグニア様に止められてしまいまして……」
「仕方ありません。公的場ではない一旅館に魔王が肩入れをし過ぎるとろくなことはありませんから」
確かにその通り。ろくなことは無いだろう。けれどもこれでは人があまりにも足らなすぎる。
「それで何でうちが連れてこられるん?お休みで実家に帰省していたんやで!?」
「いよっしゃ、ラッキー!」
「うちにとってはアンラッキーや!」
そう言う訳で実家の鍛冶屋さんで暇そうにしていた姫騎士のマネちゃんを招集して来ました。うん、これで何とかなるかな?
「いやいやいや、フロント業務だけやったらうちいらんやろ?」
「大丈夫、マネちゃんにはツッコミと言う大事な役目があるからね!」
「いらんやろぉ!?」
とはマネちゃんは言うものの、他の仕事とは違って計算業務の伴うフロントのお仕事は俺にとって割と負担になる。他のお仕事は心を機械に徹すれば何とかなるしね!
「それで~私たちは何をすればいいんですかぁ~」
たわわな果実をたわわんとさせながらコーリーちゃんが首を傾げる。ううん、たわわだ!
「三人は仲居のお仕事をお願いするよ。掃除に洗濯、それとお客さんのご要望に出来る限り答えて上げれるようにお願いね?うん、だけど変なことは断っていいからね!あとよろしくぅ!」
そう言い残して俺は夕食の準備に厨房へと戻っていく。仲居さんたちに代わって頑張っていた分身は
政さんに仲居さんたち、先輩たちは病院行き。魔導フォンで林檎ちゃんをこっちに寄んだし、それまでしのげば何とかなるだろう。うん、しのいだ頃には帰ることになりそうだな!悲しみだな!……グスン。
とっても遅くなりまし……( ˘ω˘)スヤァ