挿話:ペタン娘エルフメイドと伝説の黒包丁~伝説は伝説に~ 2
修行と言うモノは果てないもの。それは死んでも変わることがない。
そう言う訳でヴォルガイアの政さんのところいに和食の基礎から学びに来ているのだけど、うん、レベルというか次元が違う気がする!洗練された手さばきはまるで流水がごとく。瞬く間に仕上げられていく料理はどれも極上であり美麗。そして、食べていただく方への隅々までに行き届いた気配り……。
そう、OMOTENASIの和の精神が息づいているのだ!
ううん、俺の料理って色んな所に行って齧って行ったたたき上げだから一流半歩前くらいでふらふらしてるくらいなんだよね?美味しいことは美味しいと思うんだけど、政さんの様な磨き上げられた超一流と比べられてしまうと差が出てしまって当然と言えば当然。人生を捧げるレベルでやってた人に生半可でやってる俺が追い付けているはずも無いんだよ?
だから修行である。これもすべてサクラちゃんに美味しいご飯を食べてもらうため!そして技術をアークルに持ち帰るため!とはいえ、がっつりとここに数か月留まるわけにもいかないので、日を見てお手伝いをしながら学んでいくしかない。けれども、教科書を用意してくれるわけでもレシピのいろはを言葉で教えてくれる筈もない。だから、見て、食べて、覚えるしかない。詰まるところは、じっくりと見倣うしかないのだ。うん、いつも通りだな?
「……見事なものだ。いや、自己流なのは違いない。しかし、一つ筋が通った腕だ」
手を止めることなく、政さんは俺の料理をそう評してくれた。そう言ってくれるのはとってもありがたい。けれども、これでは政さんの料理の美味しさをまるで表現できていない。うん、材料や鮮度によって包丁の入れ方や仕上げ方、この異世界の旬を把握して調理している。正しく、和食を異世界に合わせてカスタマイズしているのだ。
「料理っていう者は俺だけで作るもんじゃあねぇ。誰かが獲り、育てたもの、俺はその素材を使って最後の仕上げをしているだけに過ぎねぇ。食材の持ち味を知り、生かす。これが出来なきゃ料理人としちゃあ半人前だ。尤も、真人さん。あんたはその事をよく知っているじゃあねーか」
タイに似た魔物を美しく刺身を盛り付けながら政さんはにやりと笑う。見事な手さばき。ううん、包丁をまるで自らの体の一部がごとく振るう姿はまさに芸術家と言ってもいいだろう。
「この魔鯛はうちの専属の漁師が獲って来てくれたもんでな、一本釣りのお陰で傷も無く、鮮度もいい。そいつを素早く活〆して朝のうちに届けてくれるのさ。こいつの味は俺の腕だけじゃあまかり通らねぇ。もちろん、普通の市場に並ぶ魚でも美味くは出来るが……それまでさぁ。ここまでの味は出せねぇ。ほれ、喰ってみろ」
言われるがままに醤油にもつけず、一口に食べる。瞬間、魔鯛の味が口の中にふわりと広がり程よい弾力と、新鮮な魚だからこその花ようながふわりと鼻を抜けた。しかも、一口噛む度にじゅわりと味が染み出してくる。うん、何もつけてないのに美味いんだよ!
「〆方が悪かったらこの味は出ねぇ。そして、包丁の入れ具合で新鮮だからこそ出せる、今の食感を台無しにしちまう」
ことん、ことん、と次々と並べられていく料理に俺は素早く手早く飾りつけをして行く。けれども視線は外さない。他の料理人たちも自分の仕事をこなしながらも政さんの一挙手一投足を横目で勉強しているようだ。ううん、負けてられない。
「刺身ですらこれだ。焼き物や煮物になって来ると更に手間暇が増えてきやがる」
はは、と笑い、次々に魚の切り身を串に刺し、炭火にかけて行く。
使っている炭は備長炭。この世界には元々無かったものらしく、炭焼き職人にわざわざ頭を下げに行って作ってもらったのだそうだ。
――料理への情熱と誇り。
何事にも妥協しない、正に職人の鏡ともいうべき人だった。本当にすごい人だよこの人!
「……でも何で政さんはこっちの世界に?」
「……弟子に刺されちまってな。まぁ、色々とあったのさ、色々とな」
弟子に……もしかすると厳しすぎる政さんに耐えかねての犯行だったのかもしれない。ううん、こういう職人の世界じゃあ厳しさも愛情なんだけれど、中々に理解され辛かったりする。うん、職人さんって大体ツンツンツンデレさんだからね!デレが本当に出て来てくれないんだよ……。
「申し訳ございません、注文していましたお弁当を――ま、真人様?!」
厨房を覗き込んで来たのはこの前のシルヴィアの一件の被害者であり、加害者の娘という色々大変な立エルフっ娘、エリスちゃんだった。
あれからフレアのメイドさんとして働いてくれるという事で、俺的にも大助かりだったのだけれど、うん、何でそんなにアタフタしてるのかな?
「い、いい、いえ、その、こ、心の準備が出来ていなくってですね!ああ、違うんです、嫌とかそんなんじゃあなくってぇ!」
顔から耳まで真っ赤になってわたわたと手を振っている。うん、可愛いな?
「エリス、話が進まない。フレア様の空腹限界値。早くしないと真人様の領に――あれ、真人様」
ポカンと、黒ウサなニナちゃんが口を開いて驚いている。
おかしい、俺ってばそんなにレアなのかな?割とこことマネちゃんの実家の工房には顔を出してるからそんなことは無いと思うんだけど……。うん、この前ぶり?
「う、うん。その、この前ぶり」
なんだか目を逸らしてニナちゃんがそう答える。おかしい、俺の顔に何かついてるのかな?ついてないな!
「姫様の注文の品はそこにできてるから持ってきな。代金はレジで頼むぞ?」
政さんがてきぱきと作業をしながら二人に言った。うん、重箱だ!
「ありがとうございます。ほら、エリス。い、急がないと」
「あ、そ、そうだった!ごめんなさい真人様、また今度ゆっくり……!」
そう言うとメイドさん二人はパタパタと脱兎のごとく走り去ってしまった。うん、俺なんか嫌われるようなことしたかな?うむむむ……?
今日はいつもの時間くらいに( ˘ω˘)スヤァ