20話:誰にでも忘れてしまいたい記憶はあるけれど苦い思い出だからこその青春だよね?
時間は巻き戻って、大体トネリコの大樹へと向かっているころと同時刻。
無駄に煌びやかで荘厳なそのお城の廊下で、お代わりのお茶を取りに出た林檎ちゃんが無駄にイケメンだけどムサイ兄ちゃんに絡まれていた。白いタキシードを身に纏い、金髪碧眼。胸にはおしゃれにバラなんて差し込んでいる。
ううん、何だか背中がぞわぞわする!見てるだけで嫌な奴オーラがにじみ出てるぞ!
「わからないかな?窓越しにちらりと見たけれど、あんな変な男よりも俺のモノにならないか、と聞いているんだ?どうだい?悪い話じゃあないと思うのだけど?」
「ええと、その。困ります。私そう言うの、間に合っているので……」
林檎ちゃんはそう言って立ち去ろうとするが、キザな兄ちゃんは行く手を遮るように手をのばし、林檎ちゃんを壁際に追い詰める。これは――伝説の壁ドン!?
「駄目なのかい?俺なら今の君よりも、もっと幸せにしてやれるよ?」
「だから、間に合ってます!うう、本当にもう勘弁してください」
林檎ちゃんが涙目になって本気で嫌がっている。うんうん、女の子が嫌がるようなことをやるなんて男として最悪なんだよ?ええとこいつは確かここから出てきてたっけ?お、いい木材使ってるじゃーん!このへんでいいかな?お屋敷前の分身なオレが龍刀・鼓草をひゅんと振るって材料を切り取る。うーん、木札には微妙に使えるかな?ってレベルの木材だったんだよ。微妙だなーお焚き上げ位になら使えるかな?
ミシリと音が響き、お屋敷が斜め二十度ほどきれいに傾き、慌てた家政婦さんたちが飛び出してきた。うわぁ、こんなになっちゃうだなんてまさか違法建築なのかな?異世界って危ないな!
視点を移してお城側の俺。なんだかバタバタとメイドさんが走って来ていた。
「ガリアス様!ガリアス様ぁ!」
「っち!何だ、こっちは良いところなんだぞ!」
ご機嫌斜めの金髪イケメンに対して、彼を呼ぶメイドさんは息も絶え絶えになんだか真っ青な顔をしている。うん、具合でも悪いのかな?
「た、たたた、大変です!お屋敷が!ガリアス様の別邸が!」
「なんだ、要件をさっさと言え!」
「か、傾いております!」
メイドさんの指さす先にはイケメンの別邸。うん、見事に傾いているね!ここから見るに更に傾いているな!今二十五度くらい?ううん、ミステリー……。
「は、はぁ?!い、一体何が!?」
「げ、原因は不明です!今、使用人たちは皆避難を……」
「馬鹿をいうな!あの中に一体どれだけの俺の宝石があると――す、すまないね、お嬢さん。そう言う訳だから俺はこれで。くそ、何が起きていやがるんだ!」
何だかメイドさんが不憫に思えてくる。うん、うちの職場を紹介してあげたいくらいなんだよ。だって、上司とかご主人様とかいう立場でも容赦なく足踏んだりつねられてたりするからね!うん、俺って立場が低いんだよ?不思議だなぁ……。
それからも部屋を出るたびに居残り三人組に何人もの男が話しかけてくる。小太りなバロンなおヒゲのおっちゃんや、筋肉マッチョなアフロなオッサンまで種々様々だったけれど、どいつもこいつもまともな奴がいない。
何で宝石をくれたら女の子がホイホイついて来てくれると思ってるのかな?ここって夜の繁華街じゃないんだよ?そもそも夜の繁華街でも宝石一つくらいじゃあ一晩で帰っていっちゃうらしい。うん、ちょっとお代が安すぎる気がするんだよ。
だから勉強代として、材料をお屋敷から貰っておく。うん、この辺に生えている木よりもよっぽど良い木材を使ってるから、貰っていて損は無いんだよ!まぁ、エルフの森のトネリコの大樹や大魔王城の桜の大木、アークルのリリアの村のご神木と比べてしまったらダメなのだけど。うん、曰く付きの木の方が魔力効率は良いんだよ?
それにしても、賢龍という奴らの頭はどうなっているのか不思議で堪らない。だって、明日にはシルヴの奴と婚約パーティーを開くのだというのに、林檎ちゃんたちに限らず、お客さんできた女の子に話しかけまくりなのだ。どう考えてもお客さんの使用人をスカウトしちゃうのって失礼に当たると思うのだけど、そこの所どう考えているのか摩訶不思議でならない。うん、きっと何も考えてないんだろうね。
お城の裏山の方ではボロボロのぐずぐずになった少女がなんだか怪しい男に引き渡されていたり、埋められそうになっていたり、とってもコンパクトにされていたりしていた。
色んな意味であきれてものも言えないのだけれども、まぁ、見てるだけだととっても退屈だったので、お仕事を頑張っている使用人の方々には適当に勘違いをしてもらって、捨てるくらいだからいらなさそうだし、貰っておくことにする。向こうの世界には捨てる神あれば拾う神ありなんて言葉もあるんだし、拾っても罰は当たらないよね?うん、ありがたくいただいておこう!
「……なんで、助けたんですか?」
城の裏手の森の奥、拾った子たちに手当てをしてあげていたら、そんなことを聞かれてしまった。何も考えずに適当にと言ってしまえばそれまでなんだけれど、まぁ、必要があって助けたことにしておこう!
「それはその?うん、まぁ、情報が欲しいから?なんだよ」
「何でそこでハテナ……なの?まぁ、もう、どうでもいい……」
短めの黒いウサ耳のこの子は口減らしで親に売られ、奴隷に身をやつしたのだという。使用人として三賢龍のうちのマッチョなアフロに仕えていたらしいのだけど、自分がこの領の魔王になる快気祝いと使用人を潰して遊ばれてしまったらしい。
「おろ……ひ……ひぇ、お、ろ……」
コンパクトにされてしまったこの子は、見るも無残な姿だった。取れるモノは全て剥ぎ取られ、まるで赤いだるまのように成り果てて種族すら、人であったかすらわからなくなってしまっていた。
……それでもまだ、生きていた。
「ちがう、イかされている。ボーマンきょうは、ごうもんがしゅみ。どこまでやればシなないか、シなないようにイかすほうほう、いつもけんきゅーしてた」
たどたどしく、話す彼女は売人に売られそうになったところを連れてきた羊族の少女だった。モフモフだったから思わず連れてきちゃったのはここだけの話である。うん、だってモフモフなんだよ?……あれ?そう言えば魔女の塔にフレアがいないんだけど帰ってるのかな?あー、テステス?うん、うん?婚約記念パーティーに行くから転移陣で先に移動してる?はっ!?旅費の節約……!何だか賢い倹約術だった!盟約を結んでいるからこそできる転移をこんな風に利用するだなんて、フレア……恐ろしい子!
……あとでなでなでしてあげよう。うん。
「さてはて、そう言う訳で情報ありがとね。賢龍な三人が大体ろくでもないことが分かったんだよ」
そう言って赤い液体を二つほど取り出す。一つは特別性のいつもの奴。もう一つはそれよりも劣るけれども、普通に買えば俺のお給料一年分はするものだったりする。うん、無いなら作ってもらうの精神で莉愛ちゃんにお手伝いして作ってもらっておいたんだよ!他力本願だ!
「それで、楽になれるの?」
死んだような目で短いうさ耳の少女がつぶやく。
「ほろ、ひ……ひぇ」
ぽろぽろと空洞の眼から、赤い涙が流れた。
「残念だけど俺ってばそんなに優しい男じゃあないんだよ。死ぬのは簡単だけど、それで終わりなの。そんなのってあんまりすぎるからね」
そう言って、二人にその液体を飲み干させる。
喉すらも動かない少女には申し訳ないけれども、口移しで。
「う、動く。え?何で?これって――」
驚くうさ耳少女の視線の先には――すべてが元に戻った美しい少女がそこにいた。
――美しいはちみつ色の長い髪。エメラルドグリーンの瞳、そして特徴的な長い耳。
彼女に面影が見て取れた。ああ、一人娘がいるのだと言っていた。
「私、私は――」
美しいその少女の名はクレア・K・ガリウス。
あの美味しいクッキーを焼いてくれていた、エルフのおっさんの一人娘に他ならなかった。
「って、ひゃああ!?な、何で!お、お洋服っ!」
うん、全部綺麗に元に戻っているからね!えっと、手当たり次第に物は投げちゃ駄目だからね!その岩はやめて欲しいな!怖いよ!?
あとがき書き忘れてました。はい、いつも通り遅くなりまし( ˘ω˘)スヤァ