メイド忍者とまかないご飯6
トントントンと軽快な音が鳴り響き、冷蔵庫の中に余っていたキャベツが千切りにされていきます。ここの食堂を改善したのは真人さんだと聞いてはいましたが、成程手際が違います。まさしく一流のシェフと言っても過言では……あれ、真人さんって元々料理人さんだったのでしょうか?
「うん、俺ってば健全な男子高校生さんだったんだけど、何の因果か色々あって、忍者やったりお祓いやったり、スパイやったり、ミッションインポッシブルったり、あとは……まぁ、傭兵やらされて紛争地域を転々としたりもしたかなぁ……」
そういう真人さんはなんだか遠い目をしていました。
いやいや絶対におかしいです。確かお母様がいた世界で特に日本という国では、戦争も困窮もなく平和なところなのだと寝物語に聞かされていたのですから。なのに真人さんの言う話はまるで逆なんです。まるで一人だけ――
「まるで別の世界にいたんじゃないのかなって言いたそうだね?まぁうん、怜君にも言われたかな。貴方は同じ世界出身なのに、まるで物語の中の世界を歩んできていたみたいだって。そんなこと言われても、俺にとっては本当の事なんだからどうしようもないんだけどね!クソッタレな家のせいで何度も何度も殺されかけて生き延びて、生き延びて、生き延びるうちに魑魅魍魎に目をつけられてやっと死ねると思ったところで師匠に出会って、生き延びて、死なないように生きるすべを身に着けさせたと思ったら、死ぬ思いをするお仕事を沢山やらされて!うん、やめよう。今となってはいい思い出……思い出なんだよ」
お湯で温められた丼ぶりにご飯とキャベツが入り、マヨネーズが奇麗に網目にふりかけられます。そして、サクリサクリと皮目がパリパリに焼き上げられたた照り焼きチキンが切り分けられてその上に綺麗に並べられます。そして仕上げに、真人さん特製のタルタルソースが添えられます。……ゴクリ。
「うん、聞いてる?聞いてた?聞いてないなこれ!とりあえず、冷蔵庫にあった余りもので出来たまかない飯の照り焼きタルタル丼なんだけど……食べる?乙女のお腹に大ダメージかもしれないけど?」
「こ、ここまで来て食べさせてくれないのはあんまりだと思うんです!」
「ふふ、よろしい」
そう言って、そっと私の前に照り焼き丼さんが置かれます。ああ、香ばしい醤油とマヨネーズの香りが食欲をそそります……。いただきます!
「それで、あんずちゃんは何でこんな時間に起きてきたの?くるみちゃんも部屋にいるのに出てくるなんて何かあったと「おいひい!!」思うんだけどって、話聞こうかぁー!」
「あ、ごめんなさい」
だって仕方ないじゃないですか!パリパリしゃきしゃくで、お口の中が心地よくってとっても美味しいんです!ああ、ダメです!止まらない、止まりません!
「しかたない。それじゃあ俺もいただきますっと。はぁ、やっと落ち着いて飯が食えるよ」
「そう言えば真人さん何でこっちに戻ってこられてるんですか?書類仕事って言われてましたけど」
「もぐもぐ、まぁ、エスティリアの現状を書面で大魔王に報告しておいたんだけど、もっとデータよこせって向こうの文官さんたちがいうからさ、こっちに取りに来来たら……怜くんやらクロエやらミラ&サラさん親子にこう、うん、どさっとね?山のような書類を回されたんだ。これ、よろしくね?って。おかしいよね?おかしいよね!おかしくないかなぁ!文官さん増えてるはずなのに俺宛てにまだまだたくさん書類が増えていくんだよ!俺に仕事を振るのも構わないんだけど、そろそろみんなに仕事を振ってお給金払うようにしないと健全な領の運営とは言えないんだよ!主に俺の健康的な意味で?もぐもぐ」
確かに、真人さんが外に出られると皆さんのお仕事がぐっと増えるんだと皆さん仰られていました。それほどまでに真人さんは領の中でたくさんのお仕事を担われていたのかを、いなくなってより実感するのだとか。だけど、みんな口をそろえて言うんです。早く自分たちだけでできるようにならないといけないのだと。これは私たちがやらなければならないことなんだから、と。
「まぁ、まだまだ人が足りないのが現状なんだよね。あんまりにも人が足りない。産業をするにしても、農業にしても酪農にしても漁業にしても、だ。機械式ゴーレムさんをサテラさんのところからもらって何とか農業と工業は何とかなって来てるけどねー。トラクター型ゴーレムなんて便利過ぎて農家さん大喜びだったしね。うん、アレは量産してもらわないと」
もぐもぐとご飯を食べながら真人さんは一人ごちります。
……たぶん、今もまだ分身で書類と格闘されているのでしょう。聞く話によれば真人さんがこの領にいる間は、寝ることも休むことも無く、働き続けているのだそうです。書斎で、食堂で、町で、道路で、気づけばそこにいて、笑顔で楽しそうにお疲れさんと言いながらずっと……。
「俺はね、あっちの世界では自分を顧みることしかできなかったんだよ。だから、死んでも死んでも生き返るこの世界で、俺は俺のやりたいようにやりたいってわけ。俺にとって誰かを助けるために何度も命を懸けられるなんて、こんな幸せなことないんだよ?」
私には、そう言って笑う真人さんを理解することが出来ませんでした。命は自分のモノなのに。そのはずなのに、真人さんは総てを投げ打って誰かを助けることを幸せなのだというんです。
「……あんずちゃん。きっと君はここにいることがとても辛いと感じているんだと思う。だから眠れなくて、いてもたってもいられなくてここに来たんじゃないのかな?」
「……なんで、そう思われるんですか?」
「だって、俺がそうだったんだから。俺は――うん、赦してもらう事も、赦しを乞う事もできなかtった。ただ、俺に巻き込まれて死んでいく人たちを見殺しにしてしまっていた。だから生きなきゃいけなかったんだよ。そうしないと今までの全部が無駄になってしまうから。だから何が何でも何をしてでも俺は生き抜いてきた。寝れば死ぬんだよ?うん、俺は寝たら殺されちゃうからね?今はそんなことないんだろうけど、どうやってももう寝れないんだよ」
あはは、と笑いながら真人さんはそう言います。
そんなこと、笑い話でいう事じゃないと思うんですけど!
「笑い話でいいのさ。そんな風に肩ひじ張って生きていたんだけど、死んでこっちの世界に来ちゃったからね。全部なくなったんだから、もうやりたい放題やってしまおうって思ってるわけ。だけど、あんずちゃんはそんなことしなくてもいいんだよ。だって、まだ謝れる人がいるじゃない」
そう言われて私はハッとします。だって、謝るべき人が沢山いるのに、私は怖がって未だ誰にも謝罪の言葉を口にしたことが無かったのですから。
「相手が赦してくれなくってもいい。自分が楽になるためでもいい。謝るってことはそれだけで意味があることなんだよ。俺は謝れなかった。謝りに行くことすらできなかった。だから、あんずちゃんにはそうはなって欲しくないかなって?ほい、寝る前の一杯。ホットミルクにはちみつ入れてるからおいしいよ?」
「あ、ありがとうございます」
差し出されたホットミルクをチビチビと飲んで、ため息をつきます。
暖かくて、甘くて、とっても優しい味。
「そう言う分けで、ほらほら部屋に帰って寝た寝た。早くしないとくるみちゃんが心配して出てきちゃうかもしれないよ?」
笑いながら言う真人さんに急かされて、私は部屋に戻りました。
もう一度、窓の外を眺めるといつの間にか雲は晴れていて、三つの月が明るく街を照らしだしています。
ベッドには可愛らしく寝息を立てるくるみちゃん。
ああ、たったあれだけの事で私の心が解されたのだと思うとなんだか不思議な気持ちです。
ベッドにもぐりこみ、そっと、くるみちゃんの手を握り目をつぶります。
気づけば私は眠りに落ちていました。
――今度は何も夢を見ることも無く。
遅くなりましたぁあああああああああぅん( ˘ω˘)スヤァ