42話:スパイって映画じゃハイテク機器を沢山使ってるけどそんなの使ってたら目立って仕方ないよね?
魔王バアルとは悪だったのか?
俺にとっては間違いなく悪であった。けれども彼は間違いなく彼自身の正義で動いていた。
己の領の為、家族の為、そして愛する人たちの為に戦っていた。
だから俺はものすごく気になる。何をそうバアルを追いつめていたのかを。
「残念ながら彼は私にも話してくれなかったわ。どうして優しい彼があんなことをし始めたのかも」
魔王バアルの城跡その地下にあるブラッティアーの基地にある救護室。四肢を失ったリリアとようやっと落ち着いて話しができた。
心配してる彼女の娘たちを外に待たせて、やっとこさである。うん、流石にここら辺の話は聞かせたくないからね?
「まったく変なところには気が回るのに、無理やりに私の唇を奪って主人になるのだもの。貴方、本当にどういう気なの?」
そう、俺はリリアに刻まれていた魔術紋を介して彼女の主人となった。ものすごく色々と思うところはあるのだけれども、これが最善だと思ったからそうしたまでである。他意は無い。ないんだよ!
「まぁ、俺以外の誰か主人になられても困ると言うのが一つ。そんでもって、迷惑料代わりに俺の命令には従ってもらおうと思ってだね」
そう言うとスゥとリリアさんの表情に影が差した。
「……貴方も男だものね。ええ、分かっていたわ。貴方は紳士的だと思っていたのだけれども、結局は私のから――」
「うん、違うからね!能力を見込んでるんだよ!?うちの領って今文官さんが足りに足りていなくて、てんで回らないの!忙しすぎて俺何回も過労死してるんだよ?うん、他の人たちは残業代もらえてて更には大体定時で帰ってるんだけど、俺ってばもらえないんだよ!分身までして残業ばっかりなの!とんだブラックだよ!誰だよそんな職場にしたの!俺だよ畜生!!」
頭を抱えてブツブツといじけているとクスクスとリリアさんに笑われた。うん、やっと笑ってくれたかな?
「本当に変な人。いいわ、その話、乗ってあげる。でも……今の私じゃあ役には立たないと思うわよ?」
そう言って、リリアさんは肘から先が無くなった肩をすくませる。うん、確かにこれでは書類作業なんてできない。うーん、頑張ればペンくらいは持てないことは無いだろうけどなかなかに捗らなさそうなんだよ。
「そう言う分けで貰ってきてるんだけど、コレいるよね?」
取り出したるは赤い液体の入った小瓶。
「……待ちなさい。は?え?何であなたがそれを持っているの?!」
リリアさんが驚きの声を上げる。
そう、これは市場に出せば城をも買えると言われるほどに高価であり、ありとあらゆる傷を、病を治し、失われたものさえ取り戻すことが出来るとされる万能の霊薬。
「ほら大魔王って、言ってしまえば裏ボスじゃん?だからエリクサーくらいは城に常備してたりするんだよね!だからくすねてきた?」
「返して来て!?」
なんだか涙目でそう返されてしまった。大丈夫大丈夫書置きはしてきたし?サクラちゃんの為に使うのでまたもらっていきますって。ほら、全く問題ない!
「ま、またって、一体どれだけ持ちだしているのよ……」
「はは、数えてないなぁ!まぁ、その分はちゃんと働いて返してもらうから、よろしく頼んでもいいかな?」
そう言って彼女の目の前にエリクサーを置いてあげる。
「……どうしてそこまでするの?私は貴方の領への進攻を手助けしていた側よ?……放っておけば私は勝手にこの世界からドロップアウトしてしまうのに」
何度でも言ってあげる。君を俺が助けたいと思っちゃったからなんだって。もちろん助けて欲しいと言われたからでもある。だから理由なんて聞かれてもそれ以上無いんだから困るんだよね?
「憎くは、無いの?」
「何で憎まなきゃいけないのさ。戦いはもう終わってるし?うちの領はここから盛り立てて行かないといけないのに、そんな暇なんてないんだよ?」
「嫌いじゃないの?」
「逢って数日なのに、嫌いになれるほどまだリリアさんの事知らないかなって?」
細かいことなんて気にしたら負けなんだよ?憎しみは憎しみの連鎖しか生まない。だから、あの戦いでその憎しみは手打ちなのだ。俺の事は恨んでもいいんだけどね?間違いなくバアルを倒したのは俺だし、彼の計画を挫いたのも俺だ。
「だから、そのセリフは俺のセリフなんだよ。俺の事、憎くはないかい?」
「私は――貴方が憎いわ。すごく憎い。私たちの幸せを奪ったのは間違いなく貴方なのだから。だけど……ええ、不思議ね。嫌いにはなれそうにないの。娘たちを私から助けてくれて、あまつさえ私を救ってくれて、彼の置き土産まで助けてくれた。ううん、きっとそれだけじゃあないわ。貴方って……ふふ、バアルに似てるのよ」
うん!?待って欲しい。俺は太ってないし、おヒゲじゃないぞぅ!!
「見た目の話じゃないから!というか、彼は痩せたらハンサムだったんだから!最近は、まぁ、ええ、ストレスで少し……割と……そこそこにふ、ふくよかになっていたけど!」
懸命に庇ってはいるけれども、やっぱりあの見た目は気になっていたらしい。そりゃあそうだよね!どう見ても貴族のおっさんなイメージなビール腹のおヒゲさんだったし?
「だから、見た目じゃなくて中身なのよ!……好きなモノの事ばかり考えてて、自分の大切なものを護るのに必死な人。うん、きっと彼はそのためにあんなことをしたのだと思う。やり方は最悪だったのかもしれないけど、それだけは信じているの」
正直俺もそう思う。まぁ、そのためにこちら側に犠牲を強い過ぎたのが彼の失敗だった。――いや、そうなるよう仕向けられたのだろう。
「それで、リリアさんがあっていた勇者教の彼は何者なのかな?」
「……ごめんなさい。思い出せないの|。いくら思い返しても、私をたぶらかした勇者の名前も、姿も、声も、何を話していたかも、全部……」
恐らくそれは催眠のような何かなのだろう。彼の技術か、それとも神に与えられたギフトなのかはわからない。ただ一つだけ言えることがある。勇者教は間違いなく魔王たちの領の内部に入り込んでいると言う事だ。
逃げてきた勇者を装ってか、ただの市民を装っているのかはわからない。けれども確実に城の中にいる。
――ふと、三つ編み姿のメイドさんが思い浮かんだ。
彼女もまた、ユウシャの子孫だった。教えてと言っていなかったから話してくれていなかったのかもしれないけれども、ユウシャの血を引く者がこんなにも身近にいるとは気づかなかった。
あの子があちら側だとは思えないけれども、知らず、あちら側として用立てられている可能性もある。
まぁ、軽くだけ気にしておこう。彼女が優しくて頑張り屋さんでとってもいい子なのは間違いないのだから。
「ところで、このエリクサーなのだけど。今の私じゃ口に運ぶのも一苦労なのだけど……飲ませてくださるのかしら?」
「口移しでいいなら喜んで!」
「……次にキスしたら舌をかむわよ!!」
ははは、冗談だよと笑って、そっと彼女の口にエリクサーを注ぎ入れる。小瓶程度、一口で飲み干した。
「ぽかぽかとして暖かい。ああ、本当にすぐに効果が出てくるのね。んっ……なんだかむずがゆ……ふぁ♡って、何見てるのよ!こっち見るんじゃ、あ、んんっ♡」
うん、手足が生えてきてるだけなのになんだか微妙にエロスを感じるんだよ!うん、見えてない、大丈夫、見えてない!ピンクの患者衣が捲れて黒いレースとか見えてエロいな!とか思っていないから!ふふ、恥ずかしいからってさっそく枕を顔面に投げないでで欲しいな!痛いよ!!
「まったくもう。……リリアは偽名よ。バアルが私に用意してくれていた名前なの。私の名前は長野莉愛。十五の時にこの世界に堕ちてきた……勇者だった女よ」
長野莉愛……。なるほど、ちょうのりあと読み替えて、更にもじってリリア・モルファなんて名前にしていたらしい。魔王の側近にも近い立場なのに、勇者だと思われては色々と不都合があるだろうと言うバアルの配慮だったのだろう。
「うん、それじゃあ莉愛ちゃん?」
「私の方が年上なのだからちゃん付けはやめてくれないかしら!?」
普通に拒否られてしまった!うん、可愛いと思うんだけどな、莉愛ちゃん。ダメなのかな?……ダメらしい。残念だ!
そうしてようやっと俺の休暇は終わりを告げた。
うん、休んでいたのに物凄く疲れてるのってとっても不思議だなって。
……それより、莉愛ちゃんのことどう説明しようかな?な、難題だっ!!
今日は少し早めに!