閑話
そうしてあの子は、勇者の血を受け継ぐ二人は空高くへと飛んで行ってしまった。
――私は、何故ここにいる。
なぜ、私はまだここにいる。羽ならある。飛ぶことなど造作ない。
――なのに、何故踏み出そうとしていない!
彼女が飛び去った格納庫。いまだ発射口は閉じていない。
先を見据え、行く日かぶりに己の翼を広げる。母より受け継いだサキュバスの翼。たとえ直接戦闘が最弱だと言われる種族であろうとも、私は――
「お姉様、行かれるのですか?」
「ええ、行くわ。もう言い訳なんてしていられないもの。仮であっても私は魔王。ここを治めているのは私なのだから」
アーリアにそう言い残し、私は足をふみだ「はい、少し……お待ち、ください」す前に止められた。うん、何かしら?ここはほら、私の格好良いところなのだから邪魔しないで欲しいのだけれども?
呼び止められた声の先をみると、先ほどすももに鍵を渡していた少女がそこにいた。確か苺という少女だっただろうか?
「呼び止めて、しまい申し訳……ありません。サテラさん、えと、グルンガストさんからの、伝言です。ブラッティアーは単機であれば、幹部クラスと戦うには十分な性能を、有しています。……けれども、魔王と対峙したならば――まず勝てはしない。運が悪ければ、一撃にて……粉砕されるだろう、と」
「それじゃあ、彼女たちは死地に向かったと言う事じゃないの!」
ならば猶更、向かわなければならない。たとえ私の命が尽きようとも、彼女たちを――
「はい、ですから鍵を――お預かりしてきております」
少女が取り出したのは箱に収められた三つの鍵、だった。
「これは……三人いなければならない、という事かしら?」
「はい。これはブラッティアーが、魔王と戦うために必要なモノですので」
アーリアの問いに苺が応える。
ああ成程、そう言う分けだったのか。私は何かストンと腑に落ちた。
私は一人では足りなかったのだ。半人前ですらなく、四分の一人前ですらない。誰かの手を借りて借りて借りに借りてやっと、魔王に手が届く。
――魔王とはそれ程までの存在でなくてはならない。圧倒的な、他のモノを寄せ付けぬ力を持つ者でなければならなかった。
「わかっていた。ええ、分かっていたわ。けれども逃げていた。それも分かっていた。アーリア、そして……ペシテちゃん。ごめんなさい、私のわがまま聞いてくださる?」
「にゃ、あ……」
そっと出口から覗いていた猫耳の少女と、アーリアに私は頭を下げる。
「お願い、あの子を助けさせて。私は魔王になり切れないけれども、この領を、この領の民であるあの子たちを助けたい。ついでに、あのバカ……じゃなかった、真人も。だから、お願い。力を貸して」
こうして頭を下げたのはいつ以来だろうか。ううん、もしかすると初めてかもしれない。こんな風に誰かにお願いをするだなんて……。
「はぁ、全くもう。早く行きますわよお姉様。というか、何でもそんな風にお願いしてくださればよかったのですのよ。ジョーンズ叔父様もいつも頼ってくれればいいのにと仰られていましたし」
大きなため息をつきながらアーリアがほほ笑む。うん、そうよね!最初から私が頭を下げればよかっただけなのよね!
「にゃふ、お姉さん優しい。ぺして、お手伝い……がんばる」
ふんす、と両腕を構えてペシテが尻尾を立てている。うん、かわいらしいけれどもやる気満々のようだ。
「そう言う分けで、どうすればいいのかしら?」
「はい、私とフレアがここに戻るのに乗って来た機体になります。操縦はいきなり覚えるのは無理だと言う事で、半自動操縦になっておりますのでご安心ください」
エレベータに乗り込み、地下から上がると――そこにあったのは巨大な赤と黒で装飾された飛行機であった。
「ブラッティアタッカー、ブラッティガードナー、そしてブラッティタンク。現在はその三機が合体してブラッティトライブースターとなっている……そうです。本来はブラスティアの為に開発していた機体、との事……でしたが、接続部は同じとの事で急遽システムを、組み上げていただいております。えと、塗装はゴーレムさんたちが一日で仕上げてくださいました」
「うん?本当に大丈夫なの、コレ。空中で分解なんてしないわよね?」
「……たぶん?」
うん、苺さん?そこは首をかしげないで欲しかったかな!可愛いけど、可愛いんだけど!
「ほら、お姉様。何をされているんですの?早く向かいますわよ!」
「にゃふ、がんばってこー」
二人は鍵を苺から受け取って先に乗り込んでいるようだ。私も早く乗らないと。
「ベル様。真人さんからの伝言です」
「え、アイツから?」
思わぬ相手からの伝言に思わず聞き返す。
「もし、戦いにベル様が赴くならこう言って欲しいと。君はこれでやっと一歩目だ。応援するから、頑張りすぎない程度に、うん、頑張ればいいんじゃないかなって?」
「ちょっと、そこは普通に応援してくれてもいいんじゃないのかしら!」
「そう言われましても、その、真人さん……ですし」
そう言ってふっ、と苺が少し遠い目をした。ああ、うん。ごめんなさい?アイツの一番傍にいて苦労してるのはあなた達だものね。すごく苦労が偲ばれるわ。
「幸せ、ではありますけど。ふふ、彼に出会わなければ、未だ、魔王の腹の中でしたから」
手を振る苺――勇者の少女を見送って、私たちは空高くへと舞い上がった。
ううん、半自動操縦って言ってたけど、どう動かせばいいのかしら?ま、マニュアル!マニュアルはないのかしら!?
少しおくれまし( ˘ω˘)スヤァ