36話:操縦桿って種々様々あるけどそれぞれ味があってとてもいいものだよね?
魔導機人――それは父の残した遺産。古代に生み出されし二つ足の鋼鉄の巨人。
ゴーレムとは違い、自らの意志で動くことのないその巨人は人の手足の延長になって動かすことのできる、有人兵器なのだ、とお父様はいつも嬉しそうに語っていました。
この機体の他にも同じように動かすことのできる魔導機人はあれど、この機体を超える機動性と汎用性を生み出すことは現代にいたって尚叶っていないのだと。
私はそんな風に語るお父様が大好きでした。目をキラキラと輝かせた、まるで孤児院にいる子供たちと同じような目。お母様もそんなお父様だからこそ、好きになったのだと笑顔で語っていました。
だから、今から三年ほど前のこと、勇者と魔王の血を受け継ぐ私なら動かすことができるのではとお父様に言われたときは心が躍るようでした。
――お父様のお役に立てる、と。
――お母様とお父様の笑顔をもっと見れる、と。
けれども、私は結局指一本すら――ううん、コクピットを開ける事までしかできませんでした。
原因は不明。
現代に至っても未だブラックボックスの多い魔導機人のコクピットを開くことが出来ただけでも素晴らしいとお父様は喜ばれていましたが、私はとても悔しかったのを覚えています。
お父様が喜んでいたのと同時に悲しんでいたのも見て取れたのですから。
それから、私はお父様と離れて暮らしました。
私とお姉様は本来いてはならない存在。本妻であるアスタロト様と、その娘で私の義姉であるベル姉様には気配すら感じさせてはならないとお父様にはきつく言い聞かされていました。
「お父様、ぜーったい私たちの他にも子供作ってるよね?」
「流石にそれはどうでしょう?お父様もそこらへんはきちんと考えられているのではないでしょうか?」
あんず姉さまと笑いながら話していたところをお母様が耳にして、何だか苦笑いをしていました。うん、今になって思い返すとその理由もわかります。
こんなにもお兄様やお姉さまがいただなんて思いもしませんでしたから!うん、私はうれしいんですけどね?
そして、私は再び魔導機人に乗り込みました。
今度は起動させるため――お父様に喜んでもらうためではなく、お父様に似た魔獣を打倒すために。そして、お母様を助けるために。ベル姉さまから鍵をから受け取って。
「キー、挿入。起動――確認!これなら、きっと!お願い――!」
――ERROR
無慈悲にも、現実は私にその答えを突き付けます。
お前ではダメだと。
「何で、どうして!私、勇者の娘なのに!魔石だってあるのに!何で――」
私は真人さんに言ってしまった。「お母様を助けて」と。純粋な、心からの言葉であの優しいお母様を助けて欲しいと、お母様がやってしまった結果だとしても助けて欲しいと、私は願ってしまった。その言葉がどれほどまでに残酷で、どれほどまでに真人さんを苦しめるかも知らずに私は行ってしまったのです。だから、私は行かなくてはいけないんです。真人さんに押し付けてしまった自分の責任を果たすためにも――
「――勇者そのものじゃないからです。だから、勇者としての因子が足りていないんです」
そんな言葉が聞こえました。
映し出された足元のパネルには一人の少女の、メイドさんの姿。うん、メイドさん?
「だから私も乗り込みます。怖いけれど、私だって――勇者と魔王の娘なのですから」
そう言ってふわりと、水色の髪をゆるくみつあみにしているメイドさんがコクピットへ降り立ちました。
「少しだけ失礼しますね?」
「え、え?」
コンソールにもう一つの黒いカギを差し込むと、私の操縦席が後ろへと動き、目の前に新たな操縦席が姿を現しました。それは、私の乗っている馬のような席でも操縦桿も無い、普通の座席でした。
「この機体はもともとは試作機でして、操縦席の他にオペレートシートが設置されているんです。だから、勇者因子が足りない分は私がここに座ることで補います。そして、もう一つ足りないものがあります」
そう言って、私は銀色の液体の入った注射器を彼女に渡されました。これは――
「この中にはナノマシンが入っています。この機体を動かすためには不可欠のモノです。……けれども、これを使えば、成長が止まり、今の姿が永遠にすももさん――貴女の姿になります。それでもかまいませんか?」
答えなんて決まっていました。私は躊躇なく、その注射を腕に向けて突き刺しました。軽い痛みと共に、中の液体が私の、体、の、中、へ――
「う、くっ」
ゾクリと寒気が走り、それとは真逆の、まるで熱湯が身を焼く感覚が全身を駆け巡り、激痛に思わず嗚咽を漏らしました。けれども、だけども、このくらい、このくらいならば!
「お見事、です。私はそれを使うのはかなり時間がかかりましたが、うん、強いですね」
ふふふ、とメイドさんは微笑んでくれます。うん、なんだか優しそうな人です。この人も私のお姉さん、なのでしょうか?
「私はすももさんと血のつながりはありません。けれども、想いは同じです。私は……私は真人さんを助けたい。だからここにいるんです」
痛みが引くのと同時に、画面には<COMPLETE>の文字が浮かび上がり、機体の目に光がともります。
「私の名前はビオラ、勇者と魔族の血を引くその一人です。よろしくお願いします。さぁ、行きましょう。真人様の助けになるために、貴女のお母さんを助けるために」
「わかりました、ビオラさん!――いざ、参ります!」
ゴウンと、機体が巨大なエレベーターへと移動し、電磁発進位置へと固定されます。
「発進位置、固定。照準、良し。――タイミング、お任せです!」
「はい!魔導機人零号機、ブラッティアー!発・進っ!!」
体へGが掛かるのと同時に地下から射出され、私とビオラさんの乗ったブラッティアーは空高くへと舞い上がったのでした。
さて今日はいつも通りの時間に……あれ?