33話:分身って割とチートだけど大人の予算に勝てないのってとっても悲しいよね?
――化け物は「おぎゃあ」と産声をあげた。
それは、可愛らしい赤子の泣き声などではなく咆哮。
声ともつかぬ声を上げて十メートルをも優に超える巨躯の魔獣はこの世で初めての産声をあげたのだ。
――胸に埋め込まれた彼の母。彼女の大きくなっている胎に刻まれた魔紋が光輝き、苦悶の叫びを散らす。
「ああ、うん。アレはヤバい。やばい奴だよアレ!」
思わず俺は言葉を漏らす。あの魔獣はリリアさんを使い、さらには自分を生み出した魔法陣をも使って眷属を生み出している。つまりは自分の精巧なミニチュア眷属を大量に生み出しているわけだ。
能力がどの程度かわからない。けれども、魔王の肉体として生み出されたのだとすれば、その能力はミニチュアとはいえ、肉体面だけでいえば魔王に引けを取らないと言えるだろう。うん、今ワラワラと増えてるあの一体一体が、だ。ざっと百体くらいになってるかな?語彙が無くなるくらいにやばいよ!
「真人様、バアルの子供たちの退避、完了いたし――何ですかアレ!?」
「にゃにゃ!?バアル!?」
「いたいーいたいよー。うぷっ!」
ロベリアちゃんとクロエ、そんでもってサラさんが転移魔法で現れた。うん、まだ二日酔いは治ってみたいだね!
「バアルの魂が入ってるけど、アレは生まれたての赤ん坊だよ。言ってしまえば――そう。魔獣ゼブルってところかな?というか、放って置いたら好き勝手に増えてきそうで、あー……魂レベルでユウシャのリリアさんとくっついてるっぽいかな?母子合体魔獣さんかな?普通に殺したら教会に復活してきそうでヤバそうなんだけど!」
それは最悪の悪夢。殺しても殺しても、魔石と共に消え去り、教会で蘇る魔獣。本能のままに、己が望むままに、食らい、殺し、赤子が遊ぶように破壊を繰り返し、しかも増える!あー……自分で生み出した眷属さんをむしゃむしゃしてるんだよ。美味しくなさそうだし……グロイな!
「ともかく三人ともすももちゃんを連れてあんずちゃんに預けてあげてくれるかな?俺はアレを何とかして見るよ。うん、どうにかリリアさんを引きはがさないと――」
「おかあ、様……」
ごめんねすももちゃん。少しうるさかったかな?と頭をなでなでとしてあげる。
「真人、さん。きこえていまし、た。ごめんな、ごめんな、さい……」
すももちゃんはポロポロと涙を流し、何度も、何度も謝罪する。けれどもすももちゃんは何も悪くない。うん、だから謝らなくてもいいんだよ?
「あんずちゃんと避難しておいて。アレをどうにかしないとこの領は多分食い散らかされちゃうだろうから」
すももちゃんをクロエに預けて竜刀・鼓草を抜く。加減はきっとできない。うん、まずは木っ端を散らしてリリアさん切り離さないと無限湧きが終わらなさそうなんだよね!
「真人さん、お願い――お願いがあります。私、何でもします、から……!」
大丈夫、言わなくても分かっているよ?木札を切って分身を作り出す。
「うん、約束しよう。君のお母さんを助ける。まぁ、やれるだけやってみるよ。あと、他の子たちもあそこに集めておいて。俺の勘だけど、こいつバアルの子供たちを喰おうとすると思うんだ。自分じゃない自分がいるってキモイからね!そう言う分けで避難をよろしく?」
「承知いたしました」
「にゃああ、早くここを離れるよ!うわああ、バアルがいちにいさん……あれ、まだ増えてる!?」
「あい。うぐぐ、大丈夫。出ないでない……。それでは、無事のご帰還をお祈りしております。うぷっ」
そう言ってサラさんの発動した転移魔法で、みんないなくなってしまった。残されたのは俺と俺の分身達とバアルとバアルのレプリカたちだけ。……うん、向こうはまだ増えてるね!
――ああ、なんだか懐かしい感覚だ。
いるのは俺だけ。
敵は目に見える総て。
あちらの世界にいたころも大体そうだった。師匠の無茶ぶりで死にかけたことはザラだったけれども、根本的にはあのバカ家のせいでこんな状況になっていたんだけどね!今でも思い出す。うん、ナイフ一本で紛争地の基地に放り込まれた日にはとってもヤバかったな!あれ、今まででヤバくなかった思い出って無いかな?無いな!
だからこんな逆境なんてなんてことはない。
共食いを繰り返しながら虫たちは俺に殺到し始めた。ううん、キモイ!マジでキモイ!バアルは少なからず格好いいところもあったのに、こいつら普通にキモイよ!
くるくると回りながら切って切って切り伏せて、飛ばない虫はただの虫とばかりに切り飛ばしていく。うん、虫汁がキモイよ!マジヤバい!
分身を蹴散らしながら突き進む。けれども、たどり着けない、たどり着かない。倒していくスピードよりも増えて行くスピードが速すぎる!だから倒しても倒してもキリがない!むしろ微々々と増えている。ああもう面倒だ――!
潰したレプリカたちからかき集め小さな魔石を一つに纏め、剣舞を舞って奉納とする。
巫術/奉納舞/蛟
当たりを付けていた水辺からにょろろんと蛇さんを召喚してパクパクと食べてもらう。本当はヤマタノオロチさんを喚びたいんだけど、魔石が足りないんだよ!フレアは苺ちゃんとお使いに行ってもらってるから呼び出せないし、これが今の精いっぱい――
『お、ぎゃあ――』
声が、聞こえた。それは赤子の泣き声とは似ても似つかぬ化け物の咆哮――。
「あがあああああああああああああああああああああああ!!!」
同時にリリアさんが叫び声を上げる。――違う、これは!
陣が空間に展開され、圧縮詠唱によって紡がれた魔力が一閃となって放たれる。
――魔力砲。収束された魔力が一撃にて自分のレプリカごと蛟を消し飛ばしてしまった。
ああもう、本当に厄介だ!第壱の秘術/八咫鏡でその魔力を受け止め、その力を龍刀・鼓草に込めて解き放つ。相中に第参の秘術/八尺瓊勾玉も入っているけれども、割愛である。
しかしそれでも、魔獣ゼブルには届かない。レプリカどもが肉壁となってその一撃を防ぎ切ったのだ。
『お、ぎゃあ――』
そして、また鳴き声が聞こえた。
今日は早めに…