30話:中学の頃に書き殴ったノートを見返すとなんだか手が震えてきちゃうものだよね?
魔の森の外れ、国境に一番近いこの城は勇者である私が過ごしやすいだろうと彼が用意してくれた場所だ。
星々はささやくように瞬き、三つの月をより美しく煌めかせていた。
――彼が死んだあの日もこんな月夜だっただろうか?
「お母様、これで本当に……」
「ええ、これで大丈夫。全部私に任せておきなさい」
そう言って心配そうな顔をするすももの顔をそっと撫で、眠りの魔法をゆっくりとかけてゆく。
「おかあ、さま……きっと、私、まお……に……」
「そう、眠りなさい。目が覚める頃にはすべてが終わっているから」
広く手入れの行き届いた城の庭園。美しい花々の咲き誇るこの場所を、彼は好きだと言ってくれた。
彼の妻も同じように庭園を造っていたが、それとは違う温かみを感じると言ってくれたのだ。
ああ。だから此処がいい。此処こそが彼の再誕の地にふさわしい。
「あらあら大層な魔術様式だ。俺の準備した以上に組み込んで無いかい?」
「ふん、あの程度じゃ足りないから私が追加したのよ」
「ははは、これは手厳しい」
ケラケラとゆかいでもないくせに目の前の男は笑う。この男は勇者教会に所属する魔術師であり、かの魔法学院の教授にまで上り詰めたと自称する男だ。
それが本当であるかは定かではないが、普通では思いつかないような、そう、例えば魔石の砕け散った魔王の復活などと言う常人では思いつかない魔法まで考え出す「奇才」であることは間違いないだろう。尤も、足りていないところが諸々にあって書き直すのに手間取ったのは言うまでもないが。
「それにしても自分の娘たちを使ってまで復活させたいものかねぇ」
「うるさいわね。あなた達もそれを望んでいるのでしょう?」
そう、この計画は彼らから持ち掛けてきたものだ。あの人の、彼の――魔王バアルの再誕計画を。
「ああ!そう、その通りだよ。あの魔王はこちら側に有益な魔王だった。だからこそいなくなってしまうととても困るんだ。だから復活してもらわなければならない。くふふ、しかし面白いなぁ。いくら愛する人の為とはいえ、自分の娘や愛する人の子供たちをみーんな犠牲にしてまでもやってのけようとするんだからな!」
「当然でしょう?それがあの人への……わたし、あれ?なんで……」
ふと、頭に何か靄が掛かる。そう、ナニカ、ナニカがおかしい。そもそもこの計画は子供たちのリソースが必要なだけであって、犠牲にはならないのではなかったのだろうか?いや、それ以前に、なんで私はすもも胎に――
「おっといけねぇ!」
パチンと指を鳴らすが響き、私の思考は停止する。心は動く、けれども何もかもがぼやけていってしまう……。
「かかり具合はバッチリだったが、何かの拍子で解けちまうみてーだな。うん、まぁいいや。もうすぐお役御免だしな!……ん、娘は白でこいつは黒か。はは、親子なのに正反対な下着付けてら!」
ケラケラと不快な声が響く。けれども何をされているのか、何がおきているのか、ぼやけてしまってどうでもいい。
「まぁ、これが魔王側に落ちちまった勇者の末路ってやつさ。魔王と子供は再利用して廃棄、お前さんは魔石工場行きさ。まぁ、聞こえてねーか!ううん、娘もお前もいい女だからなぁ。ま、魔石工場になったらしばらく遊ばせてもらうから、楽しみにしてるぜ!」
――そして再びパチンと指を鳴らす音が響いた。
「っ。わ、私は……?」
「疲れているんだろうよ。愛する旦那の復活に心血を注いできたんだろう?」
「ええ。ええ、もちろん。それももう終わり。勇者たちが他の魔王の魔石持ちの子供たちを殺して来てくれたものだから、多少面倒だったけれど。これで総てが終わるわ」
勇者教会が派遣した勇者達はかなりの犠牲を出しながらも、見事に目的を果たしてくれた。本当はリソースの為に魔石ではなく、子供たちの体ごと欲しかったのであるが、依頼した手前仕方が無いだろう。あの勇者には感謝しなければなるまい。
その勇者の話によると、山に居を構えていたラグドール族達の村に魔王オウカの部下たちが配備されており、幾人もの勇者たちが再起不能に陥らせられる中、見事その魔人たちを討ち果たしペシテの魔石を奪い取ったというのだ。
更には、もう一方に勇者たちを派遣させた場所にも魔王オウカの部下が配置されていることを察知したその勇者は馬を潰しながらも馳せ参じ、他の勇者が倒れる中、見事ベル、そしてアーリアの魔石を得るに至ったという。他の勇者達は未だ魔人たちと交戦中。魔石を託された彼は急ぎここへと飛び込み、そして息絶えたのだった。
魔王バアルが復活した暁には彼に多大な報酬を与えるべきだろう。あの勇者がいなければこの計画は破綻していたのだろうから……。
「ふふふ、ああ、これでまた合える。また家族で……かぞく、で?うん、これでいい、ふふ、これでいいの。ああ、すもも。貴方はニコールになるの。魔王を宿し、母となるの!――さぁ、儀式を始めましょう」
材料はすべてそろった。あとはこの儀式を始めればいいだけ。
「ああ、それでいい。それでぜぇーんぶ終わる。それじゃあ後は終わったころ合いに」
そう言って自称教授の勇者は去っていった。幾度も逢っているはずなのに顔も覚えられない不思議な男だったが、まぁ今はいい。
魔力を廻し、呪文を唱える。心の奥底で何かが叫ぶが、今はこの儀式の成功だけを考えよう。
術式が正常に作動していき、魔石たちが共鳴を始める。ああ、これで、これで――
「うん、残念ながらそうは問屋が卸さないんだよ?まぁ俺って問屋さんじゃないんだけどね?風が吹いたら桶屋が儲かるからって桶も売ってないんだよ?ほら、俺って勇者だし?」
――そこには、いてはならない男がいた。教会で勇者達に囲まれ、身動きが取れなくなっているはずの。仮面をつけた、なぜかアロハに短パン姿のあの男がそこにいた。
「何で、何でお前がここにいる……!」
魔王オウカの婚約者にして、愛しき夫を殺した勇者――
「昏き勇者――マナト!」
私たちのすべてを狂わせた元凶が、そこにいた。
遅くなりましたあああああああ( ˘ω˘)スヤァ