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勇者だけど大魔王城で執事やってます。え、チートってもらえるものなの?  作者: 黒丸オコジョ
第四章:勇者な執事と海と水着とバカンスと。バカンスはお仕事と見つけたり?
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29話:押してダメなら引いてみろと言うけどそれでもだめならスライドすればたぶん行けるよね?

 幸せだったあの日々は、もう帰ってこない。


 優しく微笑み本を読んでくださったお母様も、汗を流しながら楽しそうに機械をいじるお父様の横顔も、姉妹とは語らずとも仲の良かったベルとの日々も、すももと楽しく遊んだ裏山(ひみつきち)での日々も、もう帰ってこない。


 そう、確信を持ってしまったのはいつの日か。


 お父様が死んでしまったあの日か?


 それともお母様が豹変してしまったあの日か?


 或いはお父様が変わってしまったあの日だっただろうか?


 いくら記憶を手繰りよせども、意味などある筈もない堂々巡り。お母様に名前すら呼んでもらえなくなってしまった私には過ぎた思い出でしかない。


「姉さま、大丈夫ですか?」


 お母様の居城の地下牢。気づけば私はその独房に転がされていた。


「すもも……。ええ、大丈夫。怪我はしていないから」


 嘘だ。お母様から受けた鞭の折檻で、私の背には消えない傷がまた増えてしまっているだろう。


「お前もついにここに堕とされたか。いい気味、とは言い難いが」


 私とは別の独房の中、暗がりの奥から声が聞こえる。彼は……いや、ここにいる皆、私たちの兄弟だった。


「ようこそゴミ捨て場へ」

「歓迎、はしてあげたくないけど」

「娯楽もなく、ただ糞まずいスープだけを飲まされて今を生かされているだけだからな。自殺をしたくても呪で縛られてできないと来ている。ゴミ捨て場と言う名の地獄にようこそ、妹よ」


 そう言う彼も、押し黙り声すらも発することのない他の皆も、母様に必要とされなくなった私の異母兄弟たちだ。魔石のない私や彼らは、もうお母様にとってただのゴミでしかない。


「……けれども、これだけの数を監禁するにしても、多少なりとも金がかかるわけですからね。恐らくは何かに僕たちが必要なのでしょう。恐らくはろくでもないことでしょうが」


 割れたメガネをかけた青年は狼族との混血だという。彼もまた、魔石を持たないお父様の子供だ。


「ろくでもないこと、か。餌か贄か材料か……どちらにせよ未来は無さそうではあるが」


 熊族の最年長の彼も大きくため息を吐いた。彼の自慢だった筋肉も削げ落ち、今はもう見る影すらない。


「姉さま、私お母様にもう一度話してみます。どうか、皆さんを、姉さまを開放してくださらないかと」


 すももは私の傷だらけの手を取って、涙を流す。ああ、またこの子を泣かせてしまった。


「ううん、もういいの。だから、もうここに来てはダメよ、すもも。私の事は忘れて、新しい魔王になるために励みなさい」


 そう言って柔らかなすももの髪をそっとなでてあげる。ああ、これがきっとこの子と話せる最後になるだろう、そう思うと不思議と涙があふれ出てきた。


「だめ、ダメです姉さま。私は姉さまがいないとダメなんです。ぐす、どうしてこんなことに……」


 そっと、すももの涙を拭い、格子ごしに抱きしめる。


「きっと、どうしようもなかったの。お父様は彼らにオウカ様の領を我が物顔で好き勝手にしてしまった。それが全部帰ってきてしまったの。そうせざるを得なかったとはいえ、お父様は取り返しのつかないことをしてしまった、だから――」

『すもも、いつまでそんなところにいるの。儀式の準備の続きをするわ、早く戻って来なさい』


 その声は母様の声だった。恐らくは魔法で声だけを飛ばしているのだろう。


「待って下さい、お母様!姉さまを、ここから、ここから!」

「いいの。行きなさい、すもも。きっと立派な魔王になるのよ」


 泣きじゃくるすももの背を、私はそっと押してあげる。そうしなければ優しいこの子はずっとここにいてしまうから……。


「はい。魔王になります。なって、きっと、姉さまをここから……」

「ええ、期待しているわ」


 その頃には私たちはここにはいない。けれども、それでいい。私たちは結局、お母様にもお父様望まれて生まれたわけではないのだから――。


「いいのか?」


 そう問いかけたのは誰の声だったのか?私は誰とも知らぬ声の主に答えを返す。


「――これで、いいのよ」


 あの子のいなくなった地下牢には、また重い静寂が訪れたのだった……。











「うん、本当になんとも言えないさもしい空間だけど、水洗トイレだけは完備しているのはやっぱり勇者に日本人が多いからなのかすっごく気になるんだけど、そこのところどうかな?」

「……何でいるの!?」


 何でか私の独房に、いるはずのない勇者がそこにいた。


 魔王オウカの執事であり、彼女の婚約者となった勇者――真人。


 アロハシャツで短パンで、なんでか仮面をつけている、どう見ても怪しい人である。うん、なんでそんな恰好なの!?仮面を格好つけてつけるんならせめてその恰好は無いと思うの!


「そんなこと言ったって仕方ないじゃないか!俺ってさ、ほら?バカンスと言う名の休暇で中の観光中で、今だってほら、地獄の地下牢ツアーを独自でやってるところだし?うん、ここって異世界の地下牢の中でも割と清潔だよね?水回りがしっかり整ってるよ!」


 なんだか唐突に頭が痛くなってきた。どうしてこの人はずっとこの調子なの!?さっきの陰鬱な雰囲気は何だったの!?


「ははは、そんなの犬にでも食べさせればいいんじゃないかな?」


 そう言って勇者真人は私の、私たちの牢の扉を刀で切り裂く。

 鋼鉄製で、魔術防御までしてあるその牢の扉を、彼はいともたやすく破ってしまったのだった。

眠気に負けたらこんな時間になっていたんです!本当です、信じてください遅くなりました!

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