28話:新天地に夢と希望を抱いても待っているのってたぶん現実だよね?
勇者教からの緊急招集クエスト。これはそんな名目で出された依頼だった。しかしながらこういう依頼は金払いは良いが、危険性も高いクエストが多い。
「とはいえ、行く場所はラグドールの村なんだろ?はは、別に危険なんてあるわけないじゃねーか」
「……なら良いんだがな」
昔からそうだったが、今回の勇者教のクエストはどうにもきな臭い。クエストが魔族化したラグドール族の捕獲という勇者教らしい正義ぶった内容ではあるが、俺らの馬車の後ろについて着ている奴隷商たちがそのきな臭さをより際立たせていた。
「魔王の支配する地域とはいえ、魔族狩りにかこつけた奴隷狩り……そんなことを緊急クエストとして出す理由がわからん」
「ラグドールは希少で貴族やら勇者に人気の種族だからな。早く招集して捕まえねーと逃げちまうかもしれねーからじゃねーの?ああ、楽しみだなあ。一匹くれーは俺ら貰ってもいいって話だしな!これも俺のハーレム計画の一部ってやつさ!」
ケラケラと楽しそうに最近この世界に来たばかりだという勇者は笑う。
――俺も、最初の頃はこんな感じだったのだろうか?
夢と希望にあふれ、自らを主人公であると思い込み、他者をいたわることすら忘れ、欲望のままにふるまう。今になって思う。これのどこが勇者だと言うのか。
魔族と戦って、戦って、戦い尽くして、魔王とすら対峙したこともある。ああ、だがしかし、彼らの存在そのものが悪であるとは俺は断定することが出来ないでいる。
生きるため、殺されないため、己の欲望の為、力を誇示するため魔王が領地を作り、支配する理由なんてそんなものだ。単純に王として君臨している魔王さえいる。こんなもの、人と変わりが無いではないか!
この世界の勇者とは神が使わせし、人族に味方する異界の戦士でしかない。
そう、戦士でしか無いのだ。
しかも、反逆の可能性があり、己が文化をも侵略してくる異分子だ。王政のこの世界に民主主義なんて立ち上げようとしたバカもいたくらいだ。奴隷制度と亜人差別の色濃いこの世界で、奴隷解放を叫ぶバカもいた。
その総ては勇者教に潰され、彼らは永久機関として地下牢獄に堕とされたのであるが。
だから、俺はもう夢も希望も無くしてしまった。己の鍛え上げた剣技でこの世界を救うのだと躍起になっていたあの頃には、もう戻れない。
「ふぅん。まぁ、俺は関係ないかな?」
お気楽な声で勇者は答える。
「だって、俺は選ばれたんだからな!」
ああ、その通りだ。だが、勇者は皆選ばれたのだ。それがこの有様。一体何をどう選んだというのか――
「そりゃあ、面白いかどうかじゃあないかな?」
「?!」
いつの間にか馬車にいたのは仮面の――なぜかアロハシャツにハーフパンツ姿の男だった。バカンスに来てる観光客然としているが、いやいや、なぜこんなところにそんな奴がいる!?それ以前にいつの間に――
「お、おっしゃ、か、体、しひ、れ――」
バタバタと勇者たちが倒れ、動けなくなっていく。――匂い、痺れ薬か!奥歯の解毒薬をかみ砕き、立ち上がって剣を構える。
馬車はいつの間にか止まっている。恐らくは御者も同じく動けなくされているのだろう。
「匂うだけで痺れて倒れるって割とやばめのお薬だけど、動けるとはなかなかだね?」
「何者だ、お前」
常人ではない。いや、服装からしてみれば完全に場違いな観光客ルックではあるが、この男、全くもって隙が見当たらない。
「何者かと言われればうん、俺は勇者さ。自分の護るべきもの守るのが勇者だろう?」
にやりと仮面の下からのぞかせる口に笑みを浮かべ、男は刀を抜く。――それは、見た瞬間に怖気が走るほどの銘刀であった。
「勇者、勇者か。その勇者が何故同じ勇者の俺らを襲う?」
「……おっさん、本当に同じ勇者だって言えるのかい?」
その言葉に俺は答えに窮した。同じ勇者だと?そんな資格が俺にあると?
「知った事か。ここまで来てしまったんだ。俺にはもう、この道しかないさ」
自分に、そう言い聞かせる。もう後戻りはできないのだと。誰かを護る者になれるわけがないのだと。
「うん、決まりかな?」
「ぴゅ!?」「あぎゃ!」
ヒュンと空を切る音が聞こえたかと思うと、一瞬で馬車の中にいる俺以外の勇者たちの首を撥ねられていた。この俺が動けない程に一瞬に、である。ああ、こんな奴に勝てるわけがない。
「さておっさん、どうだろう?うん、ここで俺らの話を聞いてる奴はいないから提案なんだけど、俺らの仲間になってくれないかな?」
――それは正しく悪魔の囁きだった。
こいつは俺に魔族の側に立てと言っているのだ。勇者教に狙われ、もう人の側に戻るな、と。
……こちら側にいて、俺は何を得られたというのだろうか?名誉か?金か?女か?奴隷か?いいや、そんなもの、俺は望んでもいなかった。手に入れた仲間ですら欲望に染まり、俺の元から去っていった。
嗚呼、異世界に来て最後に笑ったのは、一体いつだっただろうか?
妻に殺されてこの世界に来て、俺は――
「いいだろう。ああ、どうせもう何も無い。使う事のない金ばかり貯まる日々だったからな」
「歓迎するよおっさん。ようこそ俺たちの側へ」
俺の答えにその男は嬉しそうに笑うのだった。
「で、なんでそんな恰好なんだ?」
「観光のつもり出来たらお仕事になったからこの格好なのよね。うん、なんで俺、休暇に働いてるんだろ?いやいや、俺は休んでる。うん、休んでるつもりなんだよ?」
どうやら、異世界にも休日出勤というものがあるらしい。何だろう、一気に不安になって来たぞ!?
今日は早めに……