19話:おふくろの味って思い出の味だけど作ったおふくろが忘れてることって割とあるよね?
紅茶をちびちいと飲みながら、お土産で持ってきたチーズタルトをモグモグ食べる。うん、我ながらうまく焼けた。妹が好きで良く作っていたからどうにかこっちでも再現できないか試行錯誤だったんだよ。向こうの世界から同じものが入ってきているけれども、粉の精製レベルが全然違う。うん、異世界ってまだまだ発展途上だからね!何度か滅んだりしてるからそのせいなのかもしれないけどね!
「ああ、美味しいわぁ……。本当に甘いものっていいわよねぇ」
「アスタロトさん、あんまり一気に食べちゃうとお肉になっちゃいますよー」
「あら、知らないのね?サキュバスは食べたぶんが全部女としての魅力になるのよ」
そう言って、アスタロトさんが大きく胸を張る。零れそうなほどに大きく開かれたドレスから、今にもあふれ出しそうになっている!ああ、そうさ!何度でも言ってやる!大きいことはいいことだ!小さいのも餅の論いい。しかし、こうも見せられてしまうと、じっと見てしまうのは仕方のないことなのだ。ありがたや、ありがたや……。うん、ロベリアちゃんにクロエさんや?なんでこっちの状況が分かってないのに俺の分身の脛を蹴るのかな?痛いよ!?痛いからね!!
向こうは向こうでペリエちゃんに喜んでもらうためにキッチンを借りてお料理中。流石にお土産のタルトは持って行ってなかったから現地調達でお菓子作り中である。うん、お砂糖だけは持って行ってたんだよ!飴だけどね!
ホテル、キング・ストーンの屋上にある空中庭園から真下にあるビーチを眺める。
下では俺の分身が元気の有り余るベルとアーリアちゃんに連れられて砂遊びをやっている。
「ふふ、楽しそうにしているわね」
「うんうん、姉妹仲良くなってくれて何よりかなって。まぁ、そんな事よりも保護者として一緒にいてもらってるサラさんが完全に二日酔いで死んでるから俺が頑張るしかないんだよね!苺ちゃんもバテてねちゃってるし?うん、なんだか分身して料理しかしてない気がする!」
たまのお休みに趣味で自分の好きな料理を作るような感じ?ふふふ、向こうの世界で料理はお仕事で死ぬほどやったからね!和洋中、世界の何でもござれ、スイーツでも何でも作れるよ!うん、材料さえあれば?ふふふ、料理ができればどこでも大体生きて行けるんだよ。ジャングルよりも、北極点が大変だったなぁ。風が強すぎて火がつかないんだよ!火が!
「こちらの世界に来る前は料理人だったの?」
「とあるところでは料理人、とある場所では軍事スパイ、そして、とある国では陽気で小粋なタクシーの運転手!かくしてその正体は――!うん、平和な国の普通の男子高校生さんなんだよ?学生稼業が一番大変だったな!」
学生さん?とアスタロトさんが大きく首を捻っている。そう、俺って男子高校生さんなんだよ?健全で健康的で学業を一生懸命に頑張る学生さんなんだよ、俺!忍者だから色々できるけどね?潜入とか料理とか除霊とか?うん、どう見ても普通の学生さんだね!ほら、小説にも普通にいるし?だから俺って普通なんだよ!
「ええと、現実とフィクションを同じように考えてないかしら?」
なんだかアスタロトさんにかわいそうな子を見るような目で見られている気がする。おかしいな、俺って普通の男子高校生さんなのになぁ。成績は優秀で先生にも褒められてたからね!出席日数が足りなくて呼び出されたときに褒められたんだけどね!うん、進級までぎりぎりだねって言われてたんだよ!俺のせいじゃないとです、先生……。ぐすん。
「なんだか知らないけど、苦労してたのね。ふふ、よければお姉さんに甘えてみる?あなたのお母さんにはなれないけど、ギュッて抱きしめてあげるくらいはできるわよ?」
そう言って、アスタロトさんが大きく手を広げる。優し気で、暖かそうで、思わずその大きくてふくよかな二つのお山に頭ごと突っ込みそうになった。
……けど、なんだか後ろから視線を感じるからグッと我慢する。うん、いつの間にかジョーンズのおっちゃんがじっとこっちを見てるんだよ!何とも言えないものすごい怒気を出しながら。魔力がメラメラと揺らめいていて、なんだかビームとか売ってきそうなんだよ!怖いな!?
「あら、ジョーンズさん。どうかなされたのですか?」
「ああいや、仲がよさそうだと思ってだな。ふん、用が住んだのならさっさと出て行け。確かにアスタロト様との面会を許した。だが、貴様の長時間の滞在までは許した覚えは無い」
キザったらしく白いタキシードなんて着てるなんだかヤーさんっぽいおっちゃん。つまるところ、彼がこの領の水将軍であるジョーンズ・エノシガイオスである。オールバックを決めている背の高い強面のおっちゃんだから、圧がすごい。うん、思いっきり睨まれているから圧がすごいんだよ!まじめに怖いよ!!
「そいう訳で怖いおっちゃんにこれ以上怒られる前にドロンすることにするよ。うん、忍者だけに?」
「いいからとっと消えろ!」
アイさーと、分身を解いてどろんと消えたのだった。
「っち、まったく何だって毎日のように……」
「ふふ、いいじゃない。私ああいう子嫌いじゃないわよ?ベルにも良くしてくれているみたいだし」
「だが、周りが女ばかりだって話だしなぁ……。アーリアが心配で、心配で……」
「それならそれでいいんじゃない。強い血を入れるのは魔族の本能なのだし」
「とはいえ、アイツはバアル様を殺し、虫族を壊滅に追いやった勇者だぞ!いや、他の勇者と比べてしまえば比較的……だいぶ……かなり……あれ、比べると普通にいい奴に見えるんだが、俺って目が腐ったのか?」
「普通にいい子なの。バアルの一件は身から出た錆よ?ジョーンズ、貴方も分かっているでしょう?」
それはそうだが、とジョーンズは大きくため息をつき呟く。男はそう簡単には割り切れるものではないのだ、と。
……うん、コッソリと木札の状態で話だけ聞いていたんだけど、アスタロトさんの俺への評価は悪くないらしい。本当に良かったよ!そして、アスタロトさんがアーリアちゃんに幻術をかけてベルを殺しに送り出したなんて線も消えたようだ。土いじりと紅茶が好きで、娘想いの美人で爆乳のお母さんがそんな事をしてもなんの特にもならないからね!明日もまたお菓子を作って持っていくとしよう。うん、そうしよう。
遅くなりましたOTL