5話:人に夢と書いて儚いと読むけれどお休みと書いてもきっと儚いと読めるよね?
さて、話を戻そう。
そもそもな話、俺がここに来た理由は偵察であり、視察であり、様子見である。
魔王バアル・ゼブルの正当なる第一子であるベル・ゼブルがまだ無事であるかを見に来たというのも理由の一つである。それじゃ、大丈夫そうだしコテージに帰っていい?
「なんだかものすごく失礼なことを、さらりと言われたような気がするのだけど?というか深夜に女性の部屋に来て、何もなく帰れるとお思いで?」
「と、言うと?」
「うん、死んで?」
可愛く言って今度は短剣で切りかかって来た!危ないな?
「あいた!痛い!腕捻らないで!ぐぅぅ、何でそんなに簡単に……!」
いや、だって短剣を枕に忍ばせてたの見え見えだったし?あ、毒塗ってあるみたいだけど俺には効かないからね?
「なるほど、毒はダメ、と」
「ちなみに死因第一位は大魔王ですね」
「勇者真人は大魔王で殺せる……。って!殺せるだろうけど、どうやって殺してもらうのよ!」
ファッキン!とばかりに彼女は言い放つ。
うん、殺してもらおうとしなくても大魔王に殺されるからね、俺!新作のベルトとか出ると必殺技で殺されるんだよ。必殺だしね、一撃でコロコロされるの、俺……。
「な、なんかごめんなさい?苦労してるのね……」
殺そうとしてたのに何でか慰められている。きっと優しい子なんだろう。まぁ、俺のこと殺そうとしてきたけどね?
「それでそのぅ。そ、そろそろ腕を、開放してもらえると助かるのだけれども?み、ミシッて言ってるし?あいた、いたたた!痛いわよ!?」
「うん、離してあげたいけど、話が終わってないからこのままかな?ああ、ちなみに叫んでも衛兵さんには届かないから――」
「……呼んでも来ないわよ」
悲しげな顔でベルはそう言った。
そういえば、門を任されている兵たちもなんというか気だるげで、守るというかお仕事だしとりあえずそこにいるという感じだった気がする。普通に椅子に座ってたし?二人いたけど、二人でカードゲームに興じてたし?他の衛兵もどうやら同じらしい。道理で侵入が楽だと思ったよ!!
「父が亡くなって兵たちや他種族たちがゼブル家への求心力が無くなって、母様と私じゃあ能力なんてあってないようなもの。私は確かに第一子だけれども、お父様の能力も特性も継がず、母様の夢魔としての特性と能力を継いだの。お父様から受け継げたのは無駄に高い魔力と財産と名前だけ。研鑽をしても筋肉はつかず、魔法を鍛えて魔力を携えたところで体力がないから長期間戦えるかと言われるとそれも微妙で……。夢魔として母様みたいにとも考えたけれど、精神系の魔法は苦手で、その、上手くできなくて。夢魔なのに人の夢に入れたことも一度もないし。ぐす、どーせ私はー、使えない子ですよぉ!」
えぐえぐと泣きながらベルは長々と話してくれた。ううん、だけどもそれじゃあ話が通らない。仮にベルが本当に「うぐ!」どうしよもなく「ひぎゅう!?」使えない子「ぐぅぅっ!」だとしても。名ばかりとはいえ「ぐふぅ!?」ゼブル家を継いでいるのだ。これを利用しない手はないだろうに。
「はぁぁ……。それは、結局のところお父様の血を私だけが継いでいればの話なの。お父様は、その、かなりというかとっても好色でいらして、お母様以外に複数人、不特定多数の女性に手を出していたようでして……」
つまり、今になって魔王バアルの子供であると名乗るものが現れたということらしい。ははは、異世界でもお家騒動なんてあるんだ!巻き込まれたくねぇ!!!お家騒動なんて経験は一回で十分だよ!一回で!!
「だから、私は何かしらの功績が欲しかったの。誰もなしえていないこと。お父様が無しえなかったこと。すなわち、貴方と魔王オウカを殺すこと――」
サクラちゃんを呼んだのはそれが理由。うん、わかり切っていたことではあるけれども、現実はもっとあきれたものだった。
「けれども、それをしたところで君の立場はきっと変わらないし、この領の立場がもっと悪くなるだけだよ。領の庇護下を解けばたちまちに他の領が押し寄せるか、バアルの他の子どもたちが殺し合いを初めて最後の一人になるまで止まることは無いだろう。きっと君はその第一のターゲットだろうね」
それが分かっているからこそ、何かしなければと思ったのだろう。思うことは自由だけど、それだけは実行しちゃダメなことなのだけれども。
「そんなこと、分かってるわよ!けれど、私は座して死ねないの!このまま、何もできないままmお母様も諸共になんて……。そんなの、そんなこと、絶対に……!」
ぐすぐすとベルは止めどなく涙を流す。
……こうなってしまった原因は彼女のせいではない。というか、最初から最後まで全部まとめて魔王バアルのせいだよ!サクラちゃんの領をめちゃくちゃにして顰蹙を買って、サテラさんをわがものにしようとして失敗して殺されて、子種を巻くだけ巻いて死んでいるのだからどうしよもなくクズである。うん、言い逃れもしようもないくらいに?
「そうよ!ぜぇええええんぶお父様が悪いの!というか、お父様が死んでたらいずれこうなるのは分かり切っていたのよ!そうならないために魔法の研鑽も領地経営の勉学を積んでいたのに、そこに至る前に死んじゃうんだもの!本当に、もう!」
部屋の中を見回せば、大量に魔法関連と領地経営や隣国の資料や書籍が並び、使いつぶされたペン達と幾度も使われて薄くなっている羊皮紙があたりに散らばっていた。
きっとあの魔王が死ぬまでは勉強家で、堅実的で、聡明な少女だったのだろう。けれども、バアルが死んで、彼女が長期で組んでいた計画が一瞬にして泡沫に消えてしまった。まぁ、うん。自棄になる気持ちも分からなくも無いかな!実害があるから困ったものだけど!
「それで、私をどうするの?殺すの?うん、殺しても……いいけど、できればお母様は殺さないで欲しいの。お母様は私なんかよりも箱入りだったから。というか、今のこの領のこともどうなっているかすらわかっていないくらいだし。そもそもな話、お父様と政略結婚したはいいけど、私を生んでからはお父様とほぼ交流なく趣味に生きているし」
「うん?趣味……というと?」
「……お茶と、ガーデニング……。綺麗にしたお庭で、お友達とお菓子を食べながらお茶を飲むのが好きなの」
――それは夢魔とは到底思えぬ、至極真っ当な趣味だった。
あ、あれれ?夢魔ってサキュバスとか言われて、こう、なんというか?エロティックな?血沸き肉躍る的な?エキサイティング!な感じじゃあなかったっけ?
「それがお母様だから仕方ないのよ!だから私がお母様の適性を受け継いでもどーすればいいのか全く分からなかったのもそれが原因なんだから!」
お手本になる人がいなければ、分かる筈もないということだ。うん、夢魔の力を手探りで扱うのは相当に勇気がいることだろうし?そう、夢の中で迷子になればもう二度と出てこれないのだから――。
「だからお願い。お母様は殺さないで。とっても優しい、たった一人の私の愛する人なの」
俺を殺そうとした少女は、自分の命乞いをするでもなく、自らの母の身を案じるとっても優しい女の子だった。
まぁ、最初から殺すつもりなんてないんだけどね?だって、休暇だし?バカンス中だし!!とか思っていたら窓の外を何者かが下りて行った。あれ、なんだかベルと同じ金髪の女性を抱えて行ってない?
「え?ええ?!お、お母様!今一瞬だけど、お母様が変なのに抱えられて落ちてった?!」
慌てて窓の外を見ると時すでに遅し。素早いスピードで森の奥に消えて行ってしまった。
「う、嘘。なんで?お母様をさらったところで、メリットなんてないはずなのに……」
ペタリと床に座り込んで、ベルは体を震わせるのであった。
結局巻き込まれたよ!さようなら!俺の休暇さん!……グスン。
いつも通り遅くなりましたあああああOTL
そして話数を間違えていたので訂正しておりますOTL