挿話:開設!ハローなお仕事!5
夜叉の国、そこは人ならざる鬼の魔王が支配する極東の国である。
異世界の文化を古くから取り入れているせいか、その異世界を故郷に持つ勇者たちとは友好な関係を築けているというとても珍しい国だ。
しかし、鬼と言う種族は好戦的であり、傭兵団として人の国や他の魔王の国で働く者は少なくはない。
つまるところ、私もその中の一人であった。
愛する夫と二人の傭兵団として旅をして暮らしていたのだ。
そして、それはとある村の護衛と村から出る馬車の護衛を受けた日の事だった。
私は馬車の護衛を受け持ち、夫は村の護衛を担当していた。
つつがなく仕事を終え、一人その村に戻ると――そこには血と、燃え尽きた村の跡しか残されていなかった。
愛する夫の姿も、彼が守っていたはずの村人たちの姿も無く、私は呆然とそこに立ち尽くしたのだった。
――奴隷狩り。
人間たちが神々に作られていない私達を亜人と呼び、人でないのなら道具として売買しても構わないという身勝手な理由で行われる人狩りだ。
人の国と盟約を躱している国以外に対して、侵略行為として行われている。
尤も、動いているのは異世界の勇者たちであり、国や商人たちからの奴隷狩りの依頼は高給だと人気があるらしい。
彼ら勇者はどうにもこの世界を物語の世界だと勘違いしているようで、この世界の人々を物語に登場するキャラクターとしか考えていない。だから、まるでコレクションを収集するかの如く獣人を、鬼人を、エルフを、ドワーフを、人間以外の種族を集めるものもいるという。
だから私は探した。きっと死んでいないと、夫は不意を打たれて奴隷に落とされまだ生きているのだと。
――けれども、結局見つかったのは知りたくもない現実だった。
彼の死は、行方知れずとなった彼を探し求めて行きついた人の国で剥製となった彼の姿を見て知る事となった。
ああ、今思い出すだけでも忌々しい。その勇者は彼の遺骸を前に笑いながらこう言っていたのだ。
「愛する妻を、村を護るために命知らずに掛かってきた馬鹿鬼さ!いやぁ、雑魚だったな、雑魚!あんなに弱えーのに良く鬼族なんて名乗れるなって!」
ゲラゲラと笑うその勇者の頬を私は思いきり殴りつけた。
どうしても、どうしても赦せなかった。彼は勇敢で、賢く、他人を思いやれる素晴らしい人だった。そんな彼を雑魚だと、馬鹿だと言ったのだ。そして、その彼の遺骸を見世物にしてくれていた。赦せるはずも無い。
私は素早くそのまま刀を煌めかせ、その勇者の首をはねた。抵抗する隙すら与えず、一瞬で、一閃にて。
ゴロリと体から転げ落ち、その肉体は塩となって消えた。
――ああ、これで彼の敵を討てた。
そんな満足感の中、他の勇者たちに取り押さえつけられながら、これでこのまま夫の元へと行ける……そう考えていた。
だが、そんな甘い考えはすぐに消え去ることとなる。
「クッソが!よくも俺を殺しやがったな!俺を殺した腕は切り落としてやる!ああ、そして死ぬまでお前を死なせねぇ!俺にした事、死ぬほど後悔させてやる!」
首をはねたはずの勇者が、傷一つなく目の前に現れたのだ。
勇者が不死の存在であるとは聞かされていた。けれどもそれはきっと、不変であり、不老であると私は考えていたのだ。まさか蘇るだなんて思いもしなかったのだ。
「はは、いいねぇその顔。しばらく遊んだ後、下の奴らに払い下げてやるか。はは!いつまでもつか見ものじゃあないか!」
その勇者は私の夫を奪っただけでは飽き足らず、私の右腕を切り落とし、人としての尊厳をあらゆる方法で汚したのち、私の体も心をも支配と言うチートで玩具のように弄び、ボロボロになり果てたところでその勇者を信奉する者らへと譲り渡された。まるで物のように……。
私の剣の腕は利き腕を失って尚、衰えることは無く、たびたび肉壁として戦いに駆り出され、心を、体を更に摩耗させられていた。
もう終わらせて欲しい。
これで殺して欲しい。
それでもその勇者は私を殺すことなく弄び続けた。
――そして、その日は訪れた。
勇者としてさらなる力を求めたその勇者は、あろうことか同じ勇者に打ち果たされた。
勇者、真人。勇者でありながら魔王と婚約し、現在はその魔王の執事をしているという変わり種中の変わり種の勇者なのだという。
けれども、彼も結局は勇者だ。また私を弄び、玩具にするのだろう。
そう諦めて、気づけば説明会だった。うん、本当に意味が分からない!
説明は支離滅裂で事態が全く飲み込めない。仕事の斡旋とは一体……?新しい仕事が見つかるまで衣食住の面倒を見るってどういうことなの!?そんな事より、大魔王の四天王に支援で故郷に送り届けることもできるって、本当に意味が分からないのだけれども!
混乱する頭のまま部屋の外に出ようとすると、勇者真人に呼び止められた。
「片腕で何かと不便そうだから良かったらこれどうぞ?うん、無くなってしばらくたってるだろうし、最初は慣れづらいだろうけど、無いよりはましかなって?」
そう言われてポンと渡されたのはこの世界で最上位の魔法薬、エリクサーだった。うん、瓶に書いてあるのが本当なら間違いないのだろう。いやいや、いやいや、何で敵だった私に下手をすれば城が返るクラスのモノをポンと渡してくるのだ?!
「いらないなら返してもらうけど、うん、不便そうだからってそれだけ?」
それだけの理由だと真人は言う。
この場で私を毒殺しても何も彼に利益は無い。面白いだけで殺す勇者ではないと、彼を良く知る者らはいうので、目の前でその薬を飲みほして見せた。
結論から言おう。生えた。にょきっと、にゅるんと、まるで服の中に今まで隠れていただけのごとく、気づけば奪われたはずの腕が戻っていたのだ。
「しばらくはリハビリが必要だろうから不安があれば言ってね?うん、この領にいる人なら割と同じ境遇の人が多いし?相談はしやすいんじゃないかな」
と、かれは笑顔で嬉しそうにそう言った。
私は勇者という存在を赦すことができない。――けれども、だけども、今は彼を少しくらいは信じてみてもいいと、私はそう思うことにした。
おそk(ry