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勇者だけど大魔王城で執事やってます。え、チートってもらえるものなの?  作者: 黒丸オコジョ
挿話:モフモフドラゴン娘の異国漫遊記
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挿話:モフモフドラゴン娘の異国漫遊記9

 三つの月が昇る空。

 雲は無く、蒼く広がる闇に満天の星空が輝いている。


「ここの世界は星明りで本が読めるくらいに夜が明るいのがいいところなんだよ。うん、魔力灯が無いときにはお世話になってました?」


 ほかの文官たちや、苺や姫騎士たちに、ロベリアまで部屋に帰ってしまっているのにただ一人、真人だけが仕事を続けている。外を見ると暗がりに分身の真人が数人見える。


「真人は寝ない……いや、休まないのか?」

「ん、十分に休んでいるよ。前に比べたら分身の数も減ってるし、書類も山だけど山脈じゃあなくなったしね。あれ?あんまり変わってない?おかしいな?減ってるのに減ってない気がするんだよ?山を崩しても山があるし?フシギダナ!」


 そう言いながらカリカリと書類を書き進める。計画を立て、図面を引き、予算を立て、翌日には文官に投げるための書類として仕上げていく。その後に公共事業として部下たちを引き連れて自分の分身たちを合わせて仕事をこなしていく。それを、もう何日も続けているのだという。人の身でここまでできるものなのだろうか?それとも勇者だからこそできることなのだろうか?そう、帰る前の苺に問いかけた。答えは単純。


「そんなの……勇者でも……いない。真人さん、だけ……だよ?」


 と、いう事だった。つまるところは真人はおかしい。働いて、働いて、働き死んで、それでもまだ働いている。まるで動かないと死んでしまう魚のように常に動き続けているわけだ。そんな事、常人の精神であれば焼き切れてもおかしくはないはず。だのに真人は止まらない。


「止まらないと言うか止まれないんだよ。うん、俺がここの世界に来る前からそうだったからね。俺は死なないために、死ぬほ努力して、死ぬほど裏切られて、死ぬほどに見殺しにしてきた。だから俺は寝れないし、寝たらダメなんだよ。悲しいかな、俺って寝たら死ぬんだよ?」


 はははと乾いた笑いを出しながらそれでもペンを動かすスピードを止めることは無い。


「真人は今の生活が辛くはないのか?」


 今日この領を回ってみて己が感じた感想がそれだった。この領のいたるところに真人の手が入っている。再建された街並みも、舗装しなおされた街道も、あの美味しかった甘味も、今己が着ている服ですらそうだろう。それほどまでに働いて、辛くない訳がないのだ。


「んー、幸せかな?」


 けれども、真人から返ってきた答えは己の想像だにしないモノだった。


「なぜ?自らの命を、心を削っているのに……。己は見ていて辛い。真人にばかり重責を背負わされているように――」

「それは違うよ、フレア。一番辛いのはこの領で今まで何もできなかった人たちだ」


 ぽむぽむと優しく真人の手が己の頭を撫でる。


「あの蠅のおっさんにいいように使われて、隣の人を助けたくても助けられなくて、小さい子供も自分の家族も全部を見殺しにして、食べるものにすら困って、ただ生きることすらもできなくされていた。それをいまみんな取り戻そうと必死なんだ。その手伝いを俺はしているだけなんだよ。だから、大変なのは俺なんかじゃあなくて、この領に住んでいるみんななの。……まぁ、書類が山で全然減らなくてむしろ増えていく不思議なんだけどね?公共事業もすればするほど増えていくんだよ?うん、前任者が何もしてなかったせいでとっても大変なんだよ!なんで上下水道つなげてるのかな!馬鹿じゃないのかな!!」


 どうやら相当に前の蠅の魔王がやらかしてくれていたらしい。いや、上下水つなげるって何をどうしたらそんなことに……。


「兎も角、俺は今こうして沢山の誰かのために働けていることがとても幸せなんだよ。ここで頑張ればサクラちゃんも幸せにできるはずだしね!頑張って引継ぎできるようにするんだよ!文官も増えてきたし?うん、でもなんでか俺に仕事を振ってくるんだよ?俺がやればお金がかからないからお願いしますね!ってその通りだけど、丸投げじゃないですかヤダー!」


 何もかもが上手く行っているようではあるけれど、上手く行きすぎて投げたボールが返ってきていると言いう事らしい。うん、自業自得?


「ぐぐぐ、その通り過ぎてぐうの音も……。いや、いいことなんだけどね!」

「でも、真人は嬉しいのだろう?」


 その問いに間髪入れずに彼は答える。


「ああ、もちろんだ。これ以上ない位にね。町のみんなが明るく笑えるようになってオレは幸せさ。それと同じくらいにサクラちゃんも喜んでくれるしね!サクラちゃん欠乏症に陥りそうになるけど!せめて週五……せめて週四、サクラちゃんに逢えたらなぁ。おかしいよね?俺ってばサクラちゃんの執事さんだよ?執事さんなのに紅茶も淹れることなく、コンクリを型に流し入れてるの。その運命を解き放ちた――って、フレア?」


 思わず、己は真人に抱き着いていた。


「……真人。己は真人の仕事の役には立てない。けれども、真人のそばにいることはできる。きっと、オウカ姫のように真人の想い人になることはできないと思う。それでも、己は、己は……」


 そっと、優しい真人の手が己の体を包み込む。


「ありがとな、フレア。フレアがいてくれて良かった。うん、こうして誰かに愚痴るだけでも気が休まるし?それに、不思議とフレアといると気持ちが安らぐんだ」

「それなら、もっとギュッとしていい。真人の為なら、己は何でもするから」


 そう言って己の胸を思いきり真人に押し付ける。服の上からでもわかる筋肉のついた無駄のない体。これほどまでに鍛え上げるまでに一体いかほどの努力を重ねてきたのだろうか?


「う、うー、うん!その、あ、あんまりね?押し付けられると、その、色んな意味でヤベーイと言うか危ういと言うかハザードな感じで暴走しそうだから、何でもと言う言葉も使っちゃダメだぞ!男の子にそういう事を言うと何でもされるかもしれないからな!」

「だから言っている。なんでもしていい」


 ぶっと、真人が噴き出す。何か己、変なことを言ったのだろうか?


「い、いやいや、絶対なんでもの意味を分かってないよね?だめだめ。婚約者と言ってもね、そう!節度というモノがだね!」

「節度?ううん、良くわからないけど母様がこう言っていた。常在戦場、いつでもこいの精神ならばきっとすぐに孫の顔が見れる、と。ところで真人、孫とはどうやって作るのだ?」


 首をかしげると真人が頭を抱えていた。やはり己、変なことを言ったのだろう。


「うん、確実に焚きつけてるのはフレイア様だろうなと思ったらやっぱりだった!ダメダメ、そういう事はもっとフレアが大きくなってからだよ」

「フレア、大きくもなれるぞ?ドラゴン的な意味で?」


 エヘンと胸を張ると真人が苦笑いをしていた。どうやらそういう事ではないらしい。


「まぁ、うん、兎も角だ。俺はフレアが傍にいてくれるだけでもとても助かってる。だから何でもなんてする必要は無いんだよ」


 そう言って真人が優しく微笑んだ。



――胸が熱く、キュウと締め付けられる。



 なんでもしたい。彼の為ならば命すら安い。けれども彼は「何でも」をしなくていいという。


――だけど、きっとこのくらいならしてもいいだろう。


 椅子に座る真人の唇に、軽く背伸びをして己の唇をそっとつける。


 初めての接吻(キス)


 母様が特別なモノだから、真人にしてあげるようにと言い含められていたモノだ。

 とてもドキドキする。ああ、母様。これは、ダメだ。これでは真人の顔をまともに見れないではないか。


「ふ、フレア?い、いま……」

「お、己はそろそろ向こうに戻る。そ、その、己はずっと真人と繋がっている。だから、寂しくなったら喚んでいい。……喚ばれずとも来るけど。けれども、真人が喚んでくれると己は嬉しい。そ、それじゃ!」


 言葉を投げて、己はヴォルガイアへと跳んで還った。

 あああ、己は何と恥知らずなことを言ったのだろう。あれでは、真人にオネダリをしているようなものではないか!


 自分の部屋の天蓋付きのベッドで己は布団に潜り込んで一晩中うんうん唸っていたのであった。


 翌朝母様に、「丸一日向こうの領にいたが孫はまだかの?」と言われ、顛末を話すと何故か大きなため息をついていた。これでは、異国を漫遊して終わっただけではないか、と。


 一歩は進んだのだ。か、確実に。えへへ……。

遅くなりましたぁあああ!!OTL

これにてモフモフドラゴン娘の異国漫遊記は終わりになります。

読んでいただきありがとうございました。


いつも通りもう一つ挿話を挟んで4章へと入ります。

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