38話:生きていく中で逃げ出したいけどどうにも逃げられないことってままあるよね?
そして、いつもの大魔王の間。
「おお勇者よ!死んでしまうとは情けない!というかおかえり?お土産は?」
「土産は無いけど、知り合いさんが一緒なんだよ?」
タンポポ……じゃなかった、銘刀鼓草さんから炎が上がって二つの影が姿を現す。
「んきゅ」
一つはくるりんぱ、と俺の頭にのってモフモフモードでご満悦のフレア。
そしてもう一つの影は……だぼだぼの服を着た幼女だった!あれ、フレイア様じゃない!?
「いいや私だ。どうやら力を出し切ってしまったせいでこのような姿になっているようだな。まぁ、しばらくのんびりしておれば戻るだろう」
そう言って炎で新たに服を作り直す。子供服のようでどこか艶めかしいその服は、百センチほどの小さい体には似合わない割と大きめのリンゴさんを見せつけていた。うん、小さいのにでかい!あ、うん。フレイ?爪を立てないで欲しいな!割と痛いよ!!
「ううむ、何をどうやってそうなってしまったのか気にならないでもいいが、さていつも通りやるとするか」
そう言って空気の読めない大魔王様は暗黒の炎で刃を作り出す。
「ええと、その、遠征で疲れてるからまた今度にして欲しいなって?ほら、フレイア様もいるし?こう、積もる話も無きにしろあらずとか、そんな感じじゃあないかな!」
「ふふふ、真人よ。貴様は大事なことを忘れている」
大魔王はいい笑顔でこう言った。
「そう、大魔王からは逃げられないと!」
うん、バカじゃないかなってうわ、やめ、アーッ!
そうして何度かゲームオーバー的に燃え尽きて、ゲーム部屋で人の姿になったフレアとフレイア様とのんびりとゲームにいそしむ。今日は四人だから色々と都合もいいし?それはそうと、フレイア様を迎えにサテラさんが戻ってきてくれるそうだ。ここまで飛ばしたのサテラさんだから仕方ないね!
「しかし、まさか勇者を殺しきるとはな。く、逆鱗か!」
「偶然に偶然が重なって、運が良かったから殺せたというか、還せたんだよ。あ、紅玉」
「龍に龍退治をさせるとは、まったく……」
「上手に焼けましたー!」
そう、本当に運が良かった。あいつが有無を言わずに逃げるか死ねばフレイア様はアイツに跪かされていただろうし、もしくはあそこで邪龍どもを吸収してアンデッド化なんてしなければ浄化の炎で輪廻に還すなんて裏技は使うことができなかった。
「ぐ、ぐぬぬ、本当にお前はいざという時の運だけはいいのだな」
そう、運がいい。死んでなお、こちらの世界に飛ばされて尚俺の運は変らずに良かった。
「あっちの世界の神様の加護が消えてないからね。うん、俺が死んだら通例通りモグモグされる筈だったんだけど、どんな手違いかこっちに来てるから神様悲しんでるかもなー」
あの神様は存外寂しがりやだった。そりゃあそうだ。親に捨てられ、人に拾われ、別の神様として祭り上げられた挙句、地下深くに閉じ込められて家の為、国のためにと自らの権能を使わされていたのだから。
「まぁ、家が無くなったんだから解き放たれてるんだろうけどね。なんだか路頭に迷ってないか心配になって来たんだよ」
「いやいや、聞いてる話だと割と悪神では無かったか?」
「人を喰うし、俺の義母さんも喰ったし、悪神かそうじゃないかと言われれば悪神だと思うよ?だけど、まぁ恨めない神様だったからね。雁字搦めに絡めとられて封印されていたんだから、あの神様も被害者みたいなものなんだよ」
正直一番悪いのはあの家だった。水無瀬家――皇族とも親縁関係にある財閥企業。国の裏側で暗躍するあの家さえなければ俺の知る悪神様は自由でいられたのだから。
「まぁ、家が無ければ俺もここにいないんだけどね。おっと、天鱗さんだ。ありがたやありがたや」
「げ、逆鱗……。はぁ、つまるところ人間が一番厄介という訳か」
「そゆこと。マジでいらない苦労を大量に膨大に壮大にやらされていたからね。正直、山とか密林とか砂漠に行かされたらラッキーで海底洞窟とか穴とか火口とか深海とかは勘弁して欲しかったなって」
普通に考えたら死ぬからね!死ねないから死なないよう全力で頑張ったけど!普通死ぬから!
「何ともまぁお前の主は数奇な運命に生まれたものよな」
「母様、真人は己の主じゃない、相棒」
エヘンとフレアは大きな胸を張る。そう、フレアとは主従ではなく、対等な関係である。そう宣誓したしね?
「相棒か……。エクストリームか、それともダブルエックスか……」
「エクストリームじゃないかな?流石に合体はできないけど?」
ダブルエックスは分裂だからちょっと違うからね!
「そういえばフレイア様、使役の影響は大丈夫でしたか?」
「ああ、問題ない。あのユウシャが消し飛んだあと、私に施されていた魔術式は消え去っておったよ。ふふ、真人には礼を尽くしても尽くしきれぬ程の借りができてしまったな」
そう言って俺の横に座っていたフレイア様がジッとこちらを見上げる。
「うむ、そうだな。今からでもよい、私とも契約を結ばぬか?一時的とはいえ、フレイと共にお主の相棒になったのだ。ならば――」
「それはだめ」
反対側でフレアが頬を膨らませ、俺の腕に抱き着いてきた。ふふ、柔らかな二つのメロンが幸せの感触を届けてくれる。ナイスギフト!
「ふふ、それは残念。真人よ、そういう訳だ。娘を頼むぞ。この子が自分の意志で何かを示したのは初めて故な。そうさな……オウカ姫の次でよい。よしなにしてやっておくれ」
ん?あれ?何かおかしいぞ?何で、というか何がサクラちゃんの次なのかな?ギギギと俺は首をかしげる。
「それはもちろん婚約者としてだ。こうなってしまえばこの子は他ならぬお主以外を夫にすることはできぬだろうしな。ふふふ、娘を傷物にしてくれたのだ。責任を取ってもらうぞ?」
んんん?ちょ、ちょ、待って!待って欲しいなな!俺は、こうユウジョウ的な?相棒的な?そんな感じで契約という名の宣誓をしたんだよ?ほら!全然傷物じゃないですよ!
「……真人は、己じゃ……嫌?」
可愛らしい瞳をうるりとさせてフレイはこちらを見上げる。それは!とっても卑怯じゃないかなって!
「ええと、大魔王さん?大魔王様?ほら、その、助けてくれたりとか?俺たち友達じゃあないか!」
「いや、大魔王にに助けを求める勇者ってどうかと思うんだが。そういう訳で頑張れ!余?余はそろそろサボってたのがばれそうだから逃げようと思う!……あっ」
バン!と扉が開かれて、瞬間に逃げ出そうとした大魔王の首根っこをあっさりと捕まえたアリステラ様がさっそうと執務室へと去って行った。ズルズルと大魔王を引きずりながら。
畜生!役に立たねぇ!
「くくく。まぁ、領の安寧のためだと思ってくれたらいい。そうすれば件の話もすんなりと行くだろうしの?」
件の話というと、ギルド長との話の事だろう。約束は事件解決だったのだけど、被害がでちゃったし流れちゃいそうかなって内心焦ってたんだよね。
うん、でもそんな事情でフレアを奥さんになんてしたくない。
「それじゃあダメだ。ギルド長が納得しても俺が納得できない」
だってそうだ。好きでもない奴と結婚させられるだなんて、サクラちゃんと同じじゃあないか。
「それなら問題は無い。そうだろう?」
「うん、無い」
にやにやと笑うフレイア様の問にフレイは即答する。いや、待ってフレアさんや?出会って数日も経ってないんだよ?なのに――
「後悔なんてしない。己の全部、真人にあげる」
フレアの唇が俺の頬を捕え、幸せそうに彼女はほほ笑んだ。
やっと、この子の笑顔を見ることができた。うん、できたのはいいんだけど、それが俺との婚約ってどうなのかな!
扉の先に見えるのは朝焼け。いつの間にか夜になり、明けてしまっていたようだ。
これからどうなってしまうかは予測不能で困ってしまうけれども、どうやらまだ俺の戦いは続くようだ。
サクラちゃんに土下座しないと……。
10/29今更ながらにフレアをフレイと間違えていたので訂正しておりますOTL