24話:ゾンビって最初のころはゆっくり歩いてうーあーだったのに最近は飛んだり跳ねたり化け物になったりで忙しそうだよね?
町が燃える、燃える燃える。儂の愛した町が、燃えてしまう。
「くそう、火を、火を消せ!」
「ダメです親方、早く逃げてくだせぇ!」
ダメ弟子が俺の腕を引いて燃え盛る火の手と、唐突に地面から湧き出でてきたゾンビ共から逃がそうと必死になってやがる。ええい、ゾンビがなんだ!火事がなんだ!齢八十五!ギルマスの椅子を息子に譲ったとはいえ、まだこの槌は衰えてはおらぬ!!
「そんなへっぴり腰で何言ってるんですか!ああもう、女将さん何とか言ってやってください!」
「放っておけばええんよ。ほら、早う逃げへんとお前さんまで逃げ遅れてまうで?」
「で、ですが!」
戸惑う弟子を女房が尻をたたく。
「ええんよ。この阿呆はうちが連れてくからに。それより若頭のあんたは周りのもんを集めながら避難所へ行き、ギルマスの馬鹿息子にもさっさと動くように言っておくんやで?」
「へ、へい!」
言って馬鹿弟子はこちらを何度も振り返りながら他の若いもんを連れ立って走っていく。
「……お前も行ってよかったんだぞ?」
「バカ言うんじゃないよ。あんたを残して、うちが行けるわけあらへんやろ?」
ふふふと笑いながら立てかけられていた大槌を振り上げる。
ああ、まったくもってできた女房を持ったもんだ。俺にゃあもってーねぇいい女だ。
この地に身一つで来た頃が今になって思い返してくる。あの頃の俺は何も知らねぇ馬鹿だった。けれども、若いころの女房に、女房の親父さんだった師匠に出会って俺は変れた。息子も立派になって、娘は大魔王様の姫様の騎士に選ばれたと逢いに来てくれた。もう思い残すことはなにもねぇ。
「だがなぁ、この工房だけはお前らにやるわけにゃあならんのだ。ここは、俺と俺の家族たちの大事な工房なんだ。だからくれてやらん!」
大槌を振りかぶり、襲い来るゾンビ共を薙ぎ払う。体が小さくとも巨碗であるドワーフだ。その一撃で幾人ものゾンビが吹き飛んでいった。
「あらあら、あんたったら張り切り過ぎやで?」
年を経てもなお若々しい妻も大槌を振り回し、体格さながらに小回りを利かせながらクルリクルリとゾンビ共の頭を砕いてゆく。ううむ、なんだかおでこの古傷がずきずきとしてきた。思い出すのう、浮気をしてしまった日に思いきりぶちかまされた日を――。うん、うちの妻は最高だな!がくがくぶるぶる。
あふれにあふれるゾンビたちは、止めどなく、淀みなく、ぞろぞろとのろのろと湧いてい出てあたりかまわず破壊しまくる。スピードがのろくてこちらにしてみればいい的だが、それでも唐突に素早く動くときがある。それはつまりは食事の瞬間。こちらに気づいた瞬間に動きが機敏になって襲って来やがる!ええいうっとおしい!いったいどれだけ潰せば終わるんだ!
「きゃ、がっ!」
「っ!この糞がぁ!!」
妻に食らいついていたゾンビを吹き飛ばし、まだ火が燃え移っていない倉庫へと逃げ延びる。
「あ、あんた、もうウチは、ダメや」
「何言ってやがる!ダメなことなんてあるもんか!そ、そう、どこか医者に行けば――」
バンバンと外から扉をたたき、エサを求めるゾンビ共を意識から投げ捨てて、血の流れる妻の腕を見る。だらだらとあふれ出る血を倉庫に逢ったタオルで止血して、拭って見つけたゾンビの歯をつまみ出す。綺麗な腕に歯後なんて残しやがって、あの糞が……!
「バカ、なんでウチを置いて逃げへんの!けほ、このままやとウチもゾンビになるんやで?」
「そんな事わかっとるわい!だがなぁ、お前が俺を置いていかなかったみてーに、俺もお前を置いてなんて行けねーんだよ!」
「ばか、莫迦よ、あんたは……!」
ボロボロと涙を流しながら妻は俺に泣きすがる。俺はただ歯噛みしながら妻の背中を撫でることしかできやしねぇ。糞、糞、なんて無力なんだ。妻が今にも死にそうなのに俺は何もできやしねぇ。
「すまねぇな。だが、ずっと一緒だ」
「アンタ……。うん、ずっと、これからも――」
手を握り、今にも破られそうな扉を二人並んでジッと見つめる。アイツらに喰われるくらいならいっその事――。
急にすべての音が止んだ。
ゾンビの声も、扉をたたく音も消え、静かになってしまった。
「なんだ、ゾンビの奴ら、別の場所に行っちまったのか?」
「けほ、そんなわけあらへんやろ。こういうんは油断させたところで――」
コンコンと扉をノックする音が鳴り思わずビクリと心臓が鳴る。
「な、なんでゾンビがノックを?」
「も、もしかして、意識のあるゾンビが知恵を使って……」
「そうなるとグールじゃねーか!いや、グールの強さならそんな事しなくてもここを吹き飛ばすくれーわけねー筈。じゃあ、一体……?」
二人でいぶかしげに扉を見つめていると、何か奇妙な声が聞こえてきた。
「どぅふwwすみませんwwあの、おぅふwwwお弟子さんから救援に行ってくれって、頼まれてきたんですけどwwうはww何とか間に合ったっぽいでござるwww」
とてつもなく独特で奇妙な声だった。
「これ逆に心配やね。出た瞬間に化け物とかやったらうち気絶するさかい、その時はよろしくお願いするわ」
「ううん、俺にもわからん。兎も角、か、カギを開けるぞ」
意を決して扉を開けると背の高い、銀髪で切れ目のひょろ長のイケメンがそこにいた。なんだこの無駄なイケメンは!お前もあら♪とか言うんじゃあない!さっきまでの俺の言葉を返せ!!
「どぅふwwすみませんwwこう、か、かしこまったのは苦手なのでwwどwwうwwしwwてwwもwwこんな話し方にwwどぅふwどぅふふふwww」
「なんかこう、いろんな意味で残念な奴だな」
よく言われます、と銀髪の兄ちゃんはどぅふふふと笑っている。うん、本当に変な奴だ!
「っと、いけないいけない。奥さんゾンビに噛まれてるでござるよね?」
「っ!そ、そうだ!だが、その、殺すんじゃあねーぞ!秘蔵の薬を使えばきっと――」
「んー、普通の薬草系から作られたお薬じゃあ効きませんぞwww効果が見込めるとすれば、エリクサークラスじゃあないと無理かなとwww」
その言葉に愕然としてしまう。魔王の納めるこの地にゾンビ化を浄化できる聖職者なんていやしねぇ。なら、妻は、どうすれば――
「そこはご安心をばwww俺氏wwwこう見えて、寺生まれでござる故www人呼んで寺生まれのTでござるwww」
「て、テラ?」
テラ、というと何だろうか?とってもとかそういう?
「んんんww伝わっていませんぞwww寺だけにテラワロスwwwそして、とても悲しス……」
ズン、と何か重しを乗せられたかの如く兄ちゃんは落ち込んでいる。ううむ、そういわれてもわからんものは分からんからな!
「まぁ、それもそうでござるよねwww異世界だしwwこほん、兎にも角にも、邪気を払わせてもらうでござる。――色即是空、喝ッ!!」
銀髪の兄ちゃんが大声を出した瞬間、何かがあたりから弾けた気がした。
「あ、あら?気分が急に良く……」
「お、お前!本当に大丈夫なのか!?」
妻に駆け寄ると、確かにゾンビに侵され、黒ずんでいた肌がきれいに戻っていた。こいつはたまげた!
「んんwwwこれで大丈夫ですぞwww後は綺麗に血を水で流した後この薬を塗るといいでござる。最初は少し染みるでござるが、とってもよく効くでござるよww」
「あ、ああ、助かる。だが、兄ちゃん。あんた一体……」
「引退した勇者でござる。ちょっと愛しの妻に尻を蹴られまして、人助けに動いている次第でござる。うはwwまた惚気てしまったでござるwww」
勇者!その言葉に思わず身構える。ここは魔王の納める土地。然らば、こいつはフレイア様の――。
「味方でござる。少なくとも拙者は今あなたが考えられているユウシャを勇者とは思ってはいないでござる。勇者とは、弱きを助け、強きも助ける。悪鬼羅刹を打ち倒し、目の前に困ったものがいるならばその手を差し伸べることができる者の事でござる。まさしく、貴方のように」
穏やかで優し気な声で兄ちゃんはそういった。妻がなんだかきゃーきゃー言ってやがる。うんむ、イケメン死すべし、慈悲は無い?
「なんで!?」
「ええい、ここはいいからとっとと次に行かんか!……まぁ、助かった。あとの事を任せてもいいか?礼はありったけ――」
「いらないでござるよ。それに、動いてるのは拙者だけではござらん」
言って空を見上げる兄ちゃんにつられて俺も空を見る。大きな水の塊を抱えて空を飛んで行く何かが見えた。大量の水を雨のように散らして落とし、燃え盛る家事を消し去って行っている。あれは――
「彼もまた拙者と同じ異世界の勇者でござる。貴方もご存知の男だと」
「そうか、ならば――こいつをアレに渡してやってはくれねーか?」
言って、俺は倉庫に眠っていたひと振りを投げて渡す。
「これは?」
「あの空飛んでるうちの娘の上司にピッタリの奴さ。俺の娘の上司だってーのにただの鉄の剣を振るわれちゃ叶わねーからな」
それは、鋼鉄龍の逆鱗を打った逸品。師匠の忘れ形見だが、こいつならばあいつにも使いこなせるだろう。
「これを拙者に預けても大丈夫なのでござるか?」
「その刀は反りのない直刀ってやつだ。そんなもんを兄ちゃんは使えるかい?」
「んんww常識的に考えて無理でござるなwwそもそも、拙者は賢者である故ww」
どぅふふと笑って俺から刀を受け取る。
「しかと受け取った。必ずや彼にこれをお届けいたそう」
「頼んだぞ、どふふの勇者さんや」
「んんwwwそういわれるのはいささか心外でござるww」
「じゃあどう呼べばいいんだよ?」
「そうでござるな、名乗るのであれば――大賢者タスク。まぁ、昔の名でござるよ」
そう言って、その兄ちゃんは刀を片手にさっそうと去って行った。
「大賢者……。噂だけは聞いたことがある。魔法学院で偉大な者だと認められて与えられる称号が賢者なんだが、それすらも超える圧倒的な能力と実績を残した者に与えられるという称号だ。あの兄ちゃんそんなにすげえ奴だったのか……」
「あ、あんた、これ……」
「ゾンビ共が消えてる?」
そう、そこにはあれほどいたゾンビは痕跡事すべて消え去り、ゾンビ共の死体すらも無くなってしまっていた。いや、それだけじゃあない。ゾンビにされていたはずの奴らも元に戻っていたらしく驚いた様子であたりを見回している。
「なるほど、勇者。勇者、か……」
俺はその言葉をかみしめる。本当にそんな意味の勇者がいてくれたならどんなにいいだろうか?そうであるならば、俺は――。