挿話:小さな勇者と壊れた勇者たち7
私たちは壊れている。
私も彼女も、壊れている。
けれども彼が、玲君が治してくれた。取り戻してくれた。だから彼の為なら何でもできる。なんでも頑張れる。
うん、だけど、これはちょっときついなって!
「はいはい、大丈夫!死んでも死ねます!でも死んでる暇があったら体を動かしましょうね。大丈夫です。死んでも生き返ります。だって勇者ですから!」
ひとみはすでに二死してる。私も一死。まだ死んで無いのは早苗さんだけだ。私とひとみが特訓すると言ったら、早苗さんもついて来てくれたのだ。だけど……うん、冒険者登録してなかった早苗さんの方が頑張っているってどういうことなの!?
「それだけ変身した後の姿に頼ってきていたって事ですね。はい、死んだ!」
「うきゃう!?」
いとも簡単にクロエさんの爪で私の首が跳ね飛ばされた。比喩でも暗喩でもなく、物理的にすっぱりと、ポーンと首が外れて飛んでった!誰がどう見てもスパルタを通り越した何か。うん、ブート・キャンプなんて生易しいレベルじゃない!ブート・デス・キャンプよこれ!!
バーで復活したらダッシュでお城まで戻って、みんなで挑む。ばらばらで戦ったら、各個撃破で話にもならなかった。だからみんなで挑む。けれども、こっちは武装をしっかりとしてるのに何も持っていないクロエさん傷一つ、それ以前に掠るらせる事もできないし、可愛いミニスカメイド服には血のりの一滴すらも付いていない!
「ほら、ボーっとしてる暇は無いですよ?足掻いて足掻いて足掻かないと今日の晩御飯は抜きです。ええ、ほんのちょっぴりでも私に当てれば終わりなので頑張ってください。ちなみにハンバーグだそうなので奮闘を願います」
そう聞いて力がこもる。ああ、きっとデミグラスハンバーグ。デミグラスハンバーグさんだ!私は昨日見てしまったのだ。真人さんがコトコトとデミグラスソースを煮込んでいるところを。だから、間違いなく、私の大好物のデミグラスハンバーグさん!それが、数か月……いや、数年ぶりに食べることができる。ぼそぼそとしたただのひき肉の塊なんかじゃない、ちゃんとしたジューシーな肉汁たっぷりのあのハンバーグが!……じゅる。
「やるわよ、ひとみ。もう全部かなぐり捨ててでも絶対に食べ……やってやるわよ」
「うん!……うん?あれ、いま史、食べるって?あいたぁ!叩くこと無いじゃない!もう、分かったって!」
「私も全力で向かいます。……あまり使いたくなかったのですが、薙刀なら心得がありますので」
言って、早苗さんが薙刀を構える。あれ、かなり様になってる?
「にゃるほど、だから妙に重心は安定してるのに動きが変だったんですね」
うんうん、とクロエさんは納得顔だ。昔取った杵柄という感じで慣れ親しんだ武器の方がいいと言う事だろうか?
「んーというよりも、早苗は体に得物の間合いが染みついてるから、上手いことからだが動かせていなかったんだと思うんです。だから早苗はもう少し頑張れば及第点、かな?それでもまだまだ全然だけど?」
「私らは?」
「お粗末」
「ばっさり!?」
そんなことは百も承知。全部わかってる。だけど、それでも私たちは勝利をつかむのだ!
「それじゃあ行くわよ、ひとみ」
「うん、私たち三人でハンバーグ!もう何も、怖くない!」
「あ、まってひとみさん。そのセリフは何か駄目な気がします!」
作戦なんて立ててもクロエさんの俊敏さに勝つことはできない。だけどもやみくもに突っ込んでも攻撃をかすらせるという目的すら果たせず、死屍累々となるのが見て取れる。じゃあ、どうすべきか?
「死んでもいいと思ってぶつかる!」
「ハイ、駄目!」
「あうん!」「ぎゃん!」「が、あっ!?」
綺麗に三人の首が飛ぶ。ああ、うん、世界ってくるくる回って綺麗だな?
もう一度城に戻ってやり直す。けれどもそれでも首が跳ぶ。
「うん、だからですね。死にに来たらダメです。死ぬ気で来るのは良いんです。けど、死にに来たら死ぬのは当然何です。恐怖心が無いのも結構。だけど、デッドラインを見極められないから死ぬんです。これだけ死んで死ぬのに慣れただけなんて、何も得られてないのと同じですよ?」
辛辣だけどその通り。けれども腕も実力も無い私たちが少しでも強くなるにはクロエさんの言うデッドラインというのを見極める必要がある。けれども、そんなのどうやれば!
「だから何度も死ねばいいんです。死ににいかずに死んでください。必死に生きてください。そうでなければ本当に生きたいときに死にます。護る人が目の前にいるのに死ぬだなんて経験したくないでしょう?」
ふと、目の前で玲君が死ぬ光景が頭をよぎる。
――ああ、そうだ。その通りだ。そんなもの、見たくは、無い!
キラリと剣線が煌き、クロエさんのいた虚空を捕らえる。やはり、当てたらないっ!
「っと。今のは惜しいですね。ですが、まだです。まだ足りません。貴女たちの実力はこんなものでしょう。だからまだまだまだまだ足りません。だから死んで、死んで、死んで、ひとかけらでもつかんでください。何が大切か、何が重要か、ちゃんと視てください」
「そんなこと!」
「言われなくても!」
ひとみと私が前に出て舞うように剣を閃かす。当たらない、当てられない、大きく振れば隙ができる。そこを的確にクロエさんに狩られて何度も死んでいる。けれどそれがわかっているなら……!
「躱せた!」「やた!」
「うん、今のは良い動きですね。でもそこで止まっちゃダメかにゃ?」
そう、それでいい。そのまま――
ヒュンと風を切り裂き、薙刀がクロエさんの頭を捕らえる――
が、完全に不意を突いたはずの早苗さんの攻撃はクロエさんの頬ギリギリを通り過ぎる。
「まだまだ!」「ここっ!」
躱した勢いを殺さずに、ひとみと二人でクロエさんの首と胴を捕らえた。
これでっ――
「っと。危ない。今のは中々……あ」
はらり、とクロエさんのエプロンドレス、その肩紐がはらりと取れた。
やっと、やっと一撃……!
「うん、今日はここまでですね。お疲れ様でした」
はふぅ、と気が抜けて私たちはへたり込む。ええと、合計で何回死んだのかしら、私たち。
「考えたら死にたくなるから。うん、文字通り死んだけどやめとこう」
「そうね、やめておきましょう」
珍しくひとみと意見が合致した。死んだ数なんて考えるだけ無駄だし、思い出すだけでこう、首が跳んでく感覚が、ね……。
兎も角今日はハンバーグ!ご馳走が、ああ、おご馳走が!!
「ちなみに今日はデミグラスハンバーグと和風おろしハンバーグ、それとトマト煮込みハンバーグだそうですよ」
え、選べと?三種類から、選べと!?……なんでもするので三種全部を……。
「史、早まらないで!?」
「ひとみ、いいの。ハンバーグには代えられないから!」
「意味が分からないよ!落ち着いて!」
「大丈夫冷静よ!ハンバーグの為なら何でもしてやるわ!」
「じゃあ、もう一回ですね」
え?い、今何と?
「あと二回、私に当てられたら全種類真人様に作ってもらいましょう。なに、死ぬ気で死なないように頑張ればできますよ!」
そう言うクロエさんはいつの間にか縫い合わされたエプロンドレスを身に纏っていた。なるほど、そういう訳かー。
「ワンモアセット。ううん。ツーモアセット!!」
「史、もうやめて!私のライフはもうゼロなのぉ!!」
うん、悲しいけどこれ戦争なのよ!
三つの月が空高くに輝く頃、私たちはようやっとご飯にありつくことができたのでした。