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勇者だけど大魔王城で執事やってます。え、チートってもらえるものなの?  作者: 黒丸オコジョ
挿話:小さな勇者と壊れた勇者たち
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挿話:小さな勇者と壊れた勇者たち4

 何のためにこの世界に勇者として黄泉返ったのか、私にはどうしてもわかりませんでした。


 力もなく、チートと言われる能力すらどれを選べばよいかわからずに、選んでしまったのはエフェクトエイドという能力。薬や毒、能力、魔法などのあらゆる効果を回復できるという能力。いろんなことに応用が利きそうだなと思って選択したのだけど、誰に話しても使えないとい言われる代物だった。

 だから、勇者として頑張ろうにもただの大学生だった私には戦いに身を投じる覚悟もできず、ただ、ただ、日々の暮らしに追われてしまい、無駄な日々を幾日も過ごしてしまっていました。


 そんなある日、私は宿屋の主人に酒と薬を盛られ、体を弄ばれた挙句、人買いに売られてしまった。


 そして、私は私として本当の意味で死んだのだと思いました。

 苦痛と、快楽と、絶望と、哀しみがごちゃまぜになって、私は私として、何もかもが砕かれて、最期にはただの機械の一部になり果ててしまいました。


「じゃあ、ここにいる私は何なのでしょう?」


 夜、空に上がる三つの月を自分の部屋で眺めながら私はポツリとつぶやく。


 私は本当に完膚なきまでに壊されてしまっていた。たぶん、ひとみちゃんも史ちゃんも同じ。人としての尊厳を完全に削り取られ、ただの道具として扱われていたのですから。


 暗い部屋の中で一人ベッドの上で膝を抱きしめる。


 私の体に刻まれてしまっている魔紋。これは死んでも消えることはなく、誰かに必ず隷属してしまうという呪い。永遠に消すことのできない敗北の印。

 そんな私の主となったのは一人の少年でした。

 私よりも一回り近く小さな男の子。けれども、私なんかよりも確かに勇気がある少年、玲君でした。彼こそ勇者と呼ぶにふさわしい人なのでしょう。

 玲君はとても優しく、壊れ果てた私たちを本当にただの女の子として扱ってくれます。ただの道具になってしまった私たちを。


「そう、私は、道具……」


 使われ、弄ばれ、いらなくなれば捨てられてしまう。

 勇者としても、女としても、道具としても使えない私がどうして彼の役に立つことが――


 不意に、扉を軽くたたく音が聞こえた。


「その、どうぞ」

「失礼します。よかった、まだ起きていられましたか」


 入ってきたのは玲くんでした。こんな夜更けにどうしたのでしょうか?


「すみません、こんな遅くに。でも、その、早苗さんが心配で……」

「え、わ、私が、ですか?」


 おかしいです。私、何か心配されてしまうような事をしてしまったでしょうか?


「はい、とても暗い顔をされていましたので、僕、すごく心配で」

「そんな顔、してました?」

「していました。なので、少しでも何か力になれたらと」


 真剣なまなざしで見上げる彼を見て、私は胸の奥がギュウと締められる思いでした。

 こんな私の事を彼は懸命に思ってくれているのです。けれどもきっとそれは私たちの事を部下として、

奴隷として、彼のモノになったから。だから勘違いをしてはいけません。私たちは決して――


「言葉には上手く表せないのですが、僕は早苗さんに笑顔になって欲しいんです」

「え、笑顔にに、ですか?でも、私は……」


 笑顔(作り笑い)を崩したことなんて……。


「確かに、早苗さんはいつも微笑まれています。けど、そうじゃないんです。僕が見たいのは早苗さんの心からの笑顔を見たいんです。だから、なんでも力にならせてください!僕、早苗さんが笑顔になれるならどんなことでも頑張りますから!」


 玲君のはにかんだ利発そうな笑顔にさらに私の胸が締め付けられる。

 なんで、どうして、玲くんは私の胸を突いてくるのでしょう?ううん、それより。どうして……。


「どうして玲くんは私なんかの事をそんなに……」

「だって、家族になったんですから!だから僕は、僕の姉さんの……その、笑顔が見たいなって……」


 少し頬を赤らめ、玲くんが目を逸らす。


「そういえば、玲くんのご家族、は……」

「両親が離婚して、父と二人暮らしでした。兄弟はいません」

「お父さんと……」

「はい、そして僕は父に酔った勢いでビール瓶で殴られたのが原因で死にました」


 さらりと、言った玲くんの言葉に私は息をのみました。たった一人の家族に、殺されてしまった。それなのに、なんで……。


「たった一人の家族でしたから。父も酔ってさえいなければ優しい人だったんです。だから僕は気にしていません……って、わぷっ。さ、早苗さん?」


 思わず私は彼を抱きしめていました。衝動的に、ううん、どうしても我慢ができなくて。どうしてこんなにも優しくて、あたたかな心を持つ彼がそんなめにあわなければならないのでしょうか?


「その、嫌だったら離れていいです。ただ、どうしても玲くんを抱きしめたくなってしまいまして」


 うん、自分でも何を言っているのでしょうか?これで玲くんに嫌われてしまうかもしれないのに……。


「いえ、むしろ嬉しいくらいです。両親にこんな風にギュってしてもらったことありませんでしたから。まぁ、うん。パティさんもいつも抱き着いてきますね。すごくうれしいですけど、ちょっとだけ恥ずかしいです」


 てれてれと頬を染めながら、玲くんは私の胸に埋もれています。あ、ダメだ、すごくかわいい……。


「そ、そ、その、玲くん。よければなんだけど、このまま私と、一緒に――」

「ちょっと待ったぁ!」


 バン、と勢いよく扉が開かれると息を荒げたひとみさんと史さんがいました。開けるのならもう少し静かに開けてくれればいいのに。


「そんなに慌ててどうなされたんですか?」

「ど、どうなされたも何もないよ!な、何で早苗さんの部屋に!夜、こんな遅くに!玲君が!いるの!!」

「玲くんの部屋に添い寝をしに行ったらいなかったので、探して回っていたそうよ」

「ち、ちちち違うよ!私はただ、玲くんがワンコとかの毒牙にかかっていないかが心配で!」

「それならその手に持った枕を置いてから来なさいな」


 うぐ、とひとみさんは言葉に詰まった。それなら答えは一つじゃあないでしょうか?


「では、皆さん一緒に寝ましょう。どうですか、玲くん?」

「はい、素敵な提案だと思います!」


 にっこりと素敵な笑顔で玲くんは答えてくれた。


「え?」

「さ、三人で?」


 けれども二人はそこまで乗り気ではないようです。むぅ、いいアイデアだと思ったのですが……。


「ダメです?」

「うん、玲君がいいならーいい!」

「し、仕方ありませんね……」


 玲くんのお願いにあっさりと二人は前言を撤回してしまいました。うん、この二人もダメですね。きっと私と同じで玲くんの魅力に落ちてしまっているようです。

 小さな彼を抱きしめて、私たち三人は手をつなぐ。壊れてしまった私たちが、きっとこの小さな勇者を護れるように、支えれるように、硬く決意を固めたのでした。

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