挿話:小さな勇者と壊れた勇者たち3
勝てなった。
やはり、勝つことができなかった。
ひとみは勝てると意気込んでいたせいかかなりふさぎ込んでいたが、私にとっては予想通りの想定通り。あの魔王バアルを倒した彼に私たちなんかが勝てるわけもない。
「うぅ、やっぱり必殺技を当てられなかったのが痛かったかなぁ」
ひとみはずぅっとぶつくさと呟いている。まったく、それ以前の問題なのを気づいてないのに腹が立つ。真人さんの本気のほ、も出させることもできなかったのに。彼が良く使っているという木札も取り出させることも、分身も使われる事もなく、ただただあしらわれてしまった。しかも、真人さんが動いたのは最後の一瞬だけ。それ以外の攻撃は全くその場を動くことなく全ていなされてしまった……。
「それで、史さんは真人さんの事、どう思いました?」
「あらゆる意味で頭のおかしな人、ですね」
「思った以上にひどい!?」
酷い、と玲君は言うけれども私から言わせてみれば当然だと思う。まず、この世界にきてひと月も経たないうちに魔王を単独で何体も倒している時点で頭がおかしい。そして、そんな力を持っているのに恋人が魔王というのも頭がおかしい。さらに言うとその恋人のために粉骨砕身というか、全力全開で領の近代化をしているところも頭がおかしい。おかしすぎるのよ!どう考えても産業革命前だった街並みだったのが、なんでひと月も経たないうちに近代日本に近くなっていってるの!?街にはサテラさんが供与したゴーレム車が走り、町の人たちは最近大魔王国からつなげられたというテレビが溢れ、作られてはいたけれどもこの領で販売されていなかった魔導家電が正式に流通し始めている。
家電の三種の神器、それがこの領で大流行りしている。人々はみな職につき、仕事に追われながらも給料をしっかり貰える。だからそれなりに高額であってもローンを組んで商品を買えるわけだ。つまり、金銭的余裕がこの領に出てきているという証拠でもあった。
わずか数週間でここまで成しえてしまった。本当にあの人は頭がおかしい!!
「うん、ごめんなさい。僕も否定できないかもしれません」
「そうよね。うん、どう考えてもおかしいもの」
今日も今日とて、彼は他の領との会合をやりつつ他の村々への道路を開拓し、流通を開き、街を、村を、領を豊かにしている。一人でできるわけが無いのに、一人でやってしまっている。本当の本当に頭がおかしいのよ!わかる、ひとみ!
「わかんない!というかそんなの普通できるわけ無いじゃないの!絶対ずるしてるよ、ずる!」
「してないからあの人は頭がおかしいのよ!」
「うん、史ちゃん?その、真人さんの事を褒めたいの?けなしたいの?」
「どっちもです!」
早苗さんの言葉にきっぱりと断言する。
あの人はすごい。だけど、バカなの。もうすこしゆっくりとじっくりと他の人たちと協力してやってしまえばいいのに、彼一人が全力全開で自分を摩耗させながら働いている。
「あれはね、仕方ないことだと思うの」
「早苗さん、それはどういう?」
私は首をかしげる。
「この領って、人の国が近いのはそこから来た私たちが一番よく知ってるわよね?」
「ええ、クエストとしてやりやすい国だと聞きましたし」
「そう。だから人の国からの侵攻を抑えるためにも、領の復興を急がないといけないの。裏では人の国にある程度友好的、というか、この領の侵攻に協力的だった魔王バアルがいなくなったらあの国はどうすると思う?」
「それは……」
「弱っているうちに侵攻してしまって奪ってしまおうって考えるんじゃあない?」
確かにその通りだ。私があの国の王ならばそうする。長年疎ましく思っている敵国が疲弊し、ボロボロになっているなんて侵攻しないという選択肢が無いに等しい・
「だからあの人は急いでいるの。人を強くして、村を強くして、街を強くしないといけない。そうしてやっとこの領が強くなる。それと、知ってる?人の国とこの領をつないでいたが移動を完全に潰したって話」
「そ、それは初めて聞きました。えと、道を岩か何かでふさいだんですか?」
「ううん、道を潰すために新しく森を作ったそうよ?しかも、森の中にサテラさんの基地が建設中で、できたら侵入者を自動的に撃退するようになるらしいわ」
開いた口がふさがらなかった。え、道を潰すために森を?いやいや、そ、そんな無茶な!
「私もそう思ったけれど、ここは異世界だからね。私たちの常識で考えたら、うん、負けなのよ」
「ああ……」
その言葉だけで納得してしまった。
「でも、本当におかしい人ですよ。だって、私たちみたいな勇者を嫌わず、厭わず、玲君の部下にしてくれたんですから……」
私はそっと服の上からお胎をなでた。
私が魔物に堕とされた証。
私が、私として完全に、完膚なきまでに壊された証明。
四肢を奪われ、己が魔力で魔石を生み出され、心を砕かれたという傷跡。
魔紋は二度と消えることはない。私は、私たちは既に壊れた勇者なのだ。