挿話:不器用なウサギとぶっきらぼうな狼8
今日も今日とて全力でお仕事をこなして、何とか自分の部屋の前にたどり着く。
後輩も先輩も同僚も再雇用の即日勤務でバンバンと仕事を投げて回して何とか俺の仕事を終わらせた。うん、どう考えても俺のキャパオーバーだからな!財務の管理なんぞ俺に聞かれても困る!元々現場で頑張ってた人間だし?数字が苦手でも仕方ない!そう、仕方ないんだ。
それにしても今日の晩飯……何だったかな?そう、天丼というやつだった。
話だけは聞いたことはあったが、まさかこんなにも美味しいものだとは思いもしなかったなぁ。あのエビのような何かというのが特に美味かった。甘辛いタレが白飯に絡みつき、さっくりと上がった天ぷらと一緒に食べるとまさしく至上。いや、極上の味だった。ううむ、あの飯が毎日食えるならどれだけでも頑張れるんだがなー。
ガチャリと部屋の鍵を開けて中に入る。風呂も入って来たし後は着替えて――
「え、あ、ぅ?その……わ、私を食べて?」
「何やってるんだよミウ」
俺は思わず頭を抱えた。ああなるほど、天丼か!
昨日と同じくミウが俺のベッドにいた。そして、彼女が身に着けているのは可愛らしいピンクの長いリボンだけだと言う、何やら煽情的な格好だった。いや、食べてって、うん?どういう意味かなー?もぐもぐかなー?
「そ、そんなの私に言われてもわかんない。でも、その、こう言えばヴォルフが喜ぶって……」
なるほど、そう言われたのかー。ふーん、え、誰に?
「真人さん?」
「よし、ちょっと殺ってくる。なに、魔王を倒す奴でも頭を吹っ飛ばせば一撃だしな!」
「いやいやいや!ま、待って!その、私が聞いたの。どうすれば喜ぶのって、そしたら真人さんが・・…私なら、その、さっき言ったみたいに言えばヴォルフが喜ぶって。……嬉しく、無かった?」
うるんだ、どこか不安げな目でミウはこちらを見上げる。
その目はダメだ、うん、とてもずるい。
「嬉しくないわけじゃない。ただ、その、意味をだな。ちゃんとお前がわかっていればの話だ」
そう、単に言わされただけならばそれは言葉に過ぎない。もし本気でそんなセリフをミウを吐いてくれたなら、俺はとても嬉しい……と言いかけて顔を逸らす。これ言っちまったら告白じゃねーか!やばいやばい、マジでヤバい。マジで告る三秒前くらいだ!思わず顔が赤くなる。くっそ、アラサーのおっさんが何考えてるんだよ。
「意味……うん、わからないかな。けど、その……きっと、私の全部をヴォルフにあげて好きにしていいって事だと思うの」
「だったら……」
「だから、その、いいよ……?」
「は……?」
「私は、ヴォルフだったら……いい、よ?」
長い垂れた耳をギュッと抱きしめて、真っ赤な顔でミウが言った。
「その、な?え、だって、じゃ、じゃあ、お前……お、俺の事を……」
「ん……」
小さく、けれども間違いなくミウは首を縦に振った。
「ま、待て待て待て!いや、だけど、お前いつも俺に突っかかってきてたじゃねーか!」
「だ、だって、その、ヴォルフの顔見たらなんて言えばいいかわかんなくなるんだもん。小さい子たちみたいに甘えに行ったら、絶対にうぇって顔するでしょ?」
そんな顔をするかな?うん、するなー。そう口には出さず、顔を逸らす。
「ほら、顔を逸らした。ヴォルフってば言いたくない事はいつも顔を逸らすんだから」
ぷぅと頬を膨らませてジトとミウは俺をにらむ。
そんなこと言ったって仕方ないじゃないか!ミウってば最初に出会った頃は今よりもかなりツンツンしてたし?突然甘えてきたら、え、何?罰ゲーム?とか思って辺りをきょろきょろしてしまうだろうし。
「だと思って、思い切ったの。昨日も本当は頑張ったんだけど、その、ダメだったし?」
どうやら昨晩の抱き枕になっていた件もその相談の結果だったらしい。いや、それは色々とおかしいと思うぞ?なんで好きな人に告白するのに抱き枕になって忍び込むの?それが駄目なら裸リボンで私を食べてって、いろんな意味でぶっ飛んでないかな!
「だって……そうでもしないと私が、好きだってヴォルフは鈍感だから絶対に気づかないって言われたし?」
うん、確かに気づけなかったね!気づけなかったけども!だけど、これってこの事ばれたらいろんな意味でヤバい気がする!元同僚とか?元上司とか?元後輩とか?沢山再雇用したわけだし?
小さくてかわいい女の子に、俺の部屋で裸リボンで私を食べてって告白されました、なんて、どー考えてもばれたらヤバい。というか字面でヤバい!
「……私じゃ魅力、無いよね。だって、男の人ってみんな大きい子が好きだし。私は、その、色々と、諸々が控え目、ひ、控え目、だし。だからきっと、ダメ……だよね」
目じりに涙をためて、ミウはこうべを垂れる。
……ミウは普通、こんなことをする子じゃあない。自分をしっかりと持っていて、変な奴がいい寄ってきても鼻で笑ってやり過ごすような子だ。なのに、それなのに、顔を真っ赤にして、白い肌くて初雪のような肌をさらしてまで、俺の事を好きだと言ってくれている。うん、これはもう体面も外面もかなぐり捨てて、一人の男としてきちんと答えるべきだ。
「ミウ、本当にこんな俺なんかでいいのか?歳も十は離れているし、自分で言うのもなんだが、あんまりいい男じゃあないぞ?」
「いい。ヴォルフがいい。だって、私はずっと、ずっとあなたの事が好きだったんだから」
ぴょんとミウは俺に抱き着き顔を俺の胸にうずめてしまう。
「ああ、そうか。やっと思い出した。あの時の迷子の女の子、あれがミウだったんだな」
「遅いよ、馬鹿」
「馬鹿とは何だよ」
そっと抱きしめて、優しくミウの頭をなでてやる。柔らかな髪は心地よく、俺の指を滑っていく。
「馬鹿は馬鹿よ。本当に、もう……大好きっ」
「俺もだ。ミウ、好きだ。お前を幸せにしたい。だから――」
その先の言葉を紡ぐ前に、ミウに唇を奪われた。
昔にミウの事が好きだった。わかっていたが、認めたくなかった。けれども、その強がりもいらない。俺はただ、ミウを、ミウと――。
俺はこの日、ミウと恋人になったのであった。
遅くなりました。