挿話:不器用なウサギとぶっきらぼうな狼5
若くみずみずしい肌が俺の腕に足に絡みつき、やわらかで暖かな感触と、女の子の髪の放つ独特のいい匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
うん、鼻がいいから余計に気になってしまうぞ!やべぇ!落ち着け!俺は普通、普通だ!小さい子が好きだなんてそんな訳はねぇ!
けれども確かに感じるそのふくらみは彼女が女性だと言う事をそこはかとなく知らせて来て、俺の理性をじりじりと焼き焦がしていく。大きく息を吸えば、彼女の香りを感じ、少しでも動けば、薄く柔らかな布地から彼女の柔らかさをトンツーで伝えて来る。ね、寝れねぇ!明日も仕事が山もりだくさんなのに、こんなん寝れるか!
目がギンギンに冴えて来る。それでも疲れで頭が落ちる。ううぐ、くらくらしてきたぞ。なんでこいつは俺にこんなにくっつくんだよ!抱き枕なんだからおとなしく抱き着かれてればいいのに、足とか絡めてくるのはどうかと思うなぁ!
どくん、どくんと耳に響く心臓の音が高くなる。
このまま思うがままに蹂躙してしまえばどうなるだろうか?思わず魔が差して、彼女の肩をつかみ――はたとその手が止まる。
――軽い。
体の小さなドワーフラビット族とはいえ、異常なほどに彼女は軽かった。
これほどまでに小さな体で、あの地獄のような日々を自分だけでなく、小さい孤児の子たちを育てながら生きてきた。彼女の体が小さいのは何もドワーフラビット族という小さな体の種族だからという理由だけじゃあない。恐らくそれはミウが一番成長する時期に必要なだけの栄養を取ることができなかったから。
ミウの体の小ささは、ミウの強さの証だ。
気が付くと俺は、ミウを包み込むように抱きしめていた。
ミウはきっと誰よりも傷ついてきた。ミウが頑張れば頑張るほどに成長は遅くなり、彼女が喰われる時期は遅れてゆく。それが誰よりも辛かった。だからあの日、虫達に反旗を翻したあの日、この子は俺と戦場に躍り出た。傷つくのが怖いだけなのなら隠れていればいい。なのに彼女は戦いの場に足を踏み入れた。俺は知っている、この子はきっとこの街の誰よりも強い子なのだと。この子がいなければ一体幾人が命を落とし、幾人が手足を失っていただろう?
だから、ギュッと抱きしめる。俺が襲うなんてとんでもない。俺はこの子を護るんだ。何があっても、どんなことがあっても、どんな奴からでも俺は護る。護らねばならない。
「く、くるしい」
「あ、す、すまん……」
思わず強く抱きしめ過ぎていたらしい。というか起こしてしまった。何やってんだよ、俺。
「……変なことする気だったの?エッチ」
「しねーよ。ただ、護りてーなって思っただけだ」
ミウの頭を撫でてもう一度ギュッとしてやる。
「……愛の告白?」
少し頬を赤らめてミウが俺を見上げる。
「言って欲しいならもっと肉付けてこい。飯ちゃんと食えてるか?」
「……配給がしばらく出るって話だから。うん、食べてる」
「どーせお前の事だから増えた分ちび共にやってるんだろ?」
ジトとみるとミウはプイと目を逸らした。
「はぁ、それじゃあ育つもんも育たねーぞ?」
「そんなに私を育ててどうするつもり?た、食べるの?」
「そうだ、と言ったらどうする?」
「……ヴォルフに食べられるんならちゃんと食べる」
どんな理由だよ、とチョップをかます。
「痛い。うぅ、対格差考えてよ。私よりも倍くらい身長あるのに」
「変なことお前が言うからだろうが」
「でも今のままの私じゃ女の子として魅力とか無いでしょ?」
「無いとは言わんが、うん。足りんな」
「じゃあ、もっとちゃんと食べる。食べたら、食べてくれるんで……しょ?」
うん……うん?そっちの意味で!?思わずミウをじっと見る。……あれ、寝てやがるよこいつ!思わせぶりなことだけ言って自分だけ夢の中かよ!
ほっぺをツンツンしてもムニムニしても、もう起きる気配は無い。
はぁ、仕方ねーか。ミウも働いてきてるんだしな。
もう一度ギュッとミウを抱きしめる。
やはり華奢でとても軽い。まるでぬいぐるみでも抱きしめているような気持になってくる。
でもこの子はちゃんと女の子だ。
頑張り屋で、強がりで、誰よりも優しい……。
ん?あれ、いや、待て。俺、まさかミウの事を……?いや、はは!流石にない、ないない。だってミウとは十は離れているんだぞ?なのに、見た目も態度もまだまだ子供のミウに惚れるだなんて。
そう、これは庇護欲って奴。そう、そうに決まってる。だからこんなにもこの子の事を愛おしいだなんて思ってるんだ。
「ヴォルフ……えへへ……」
幸せそうなミウの頭をそっとなでてやる。
可愛そうだなんて思わない。思ってやれない。この街の誰もが同じ思いをしているのだから思ってやれない。けれども、それでも俺はこの子が誰よりも幸せになって欲しいと思っている。
……惚れてないよな?うん、大丈夫。まだきっと俺はこの子に惚れてなんていない!可愛いけど!すごく美人だけど!見た目は完全に子供だし?欲情なんてする訳……あれ、俺、さっきしてた……?やばい、やばいよ!絶対にこんなところを見られたら妹に白い目で見られるに決まっている!
悶々と悩んで悩んで気が付いたら空が白んでいた。結局俺はその日、まともに寝れなかったのであった。うへへ、ヤベーイ!