挿話:不器用なウサギとぶっきらぼうな狼4
諸々の大量で膨大な書類に埋め尽くされた部屋で、ぐったりと俺はベッドに頭をうずめた。
書類の束、束、束!これでも真人の奴に比べれば少ない方だが、それでも膨大な量。というか多すぎんだよ!
書類の中身は徴兵への応募の数々だ。元々この城で働いていた女性兵士の綺麗どころはメイドにさせられていたからそのまま採用しているが、いったん離れて村々に戻っていた奴らに新しく雇用して欲しいと書類を出した奴らの経歴書がまさしく山の如く置いてある。ふふ、こいつら全員と面接しないといけねーらしい。うん、俺の柄じゃないんだがなー!全部丸投げしたい!というかされてんだよ!こういうのって執事の真人の仕事じゃねーの!?
「はぁぁ、とりあえず寝るか。体が資本、体が資本。寝ないアイツは放っておいて俺は眠るんだい!」
プレゼントだって真人にもらった抱き枕が妙に抱き心地がいい。あと、匂いが落ち着く?
「なるほど、睡眠は大事ね。あと、重いわ」
「ああ、大事だ。………………ほぁ!?な、何で!なんでお前が俺の布団の中にいるんだよ、ミウ!!!」
抱き枕の中に何故かミウがいた、というか出てきた!?え、いったい誰がこんなことを!
「私が聞きたいくらいだけど、思い当たる犯人は……」
「あいつか、真人と愉快な勇者共だな」
何をどう考えてどう聞き違いをしたかはわからないが、結果、結論としてミウを抱き枕に仕立て上げていたらしい。というか、それならそうと言えば良かっただろ!割とずっとあった気がするけど!?
「だって、お仕事頑張ってたし」
なんでか顔を真っ赤にして俺の腕に顔をうずめる。く、無駄に可愛い……じゃなくて!
「はぁ、ともかく脱がすぞ?って、縛られてもいねーじゃねーか。抜け出すくらいお前ならできるだろうに」
「あ、だ、ダメ!脱がせるのはダメ」
「え、なんでだよ?」
「その……て、無いから……」
「ん?何、はいて……」
パンチが飛んできた。痛い。
「あーあー。わかったよ。それじゃあどうするかね、朝になる前に孤児院に帰るか?」
「うー、できればそうしたいけど、今日は林檎さんのところにお泊りしてくるって言って八百屋のおばちゃんに孤児院お願いして出てきちゃってるから……」
「帰りづらい、と」
こくりと珍しくしおらしくうなずく。
く、なんだか調子が狂うぞ!いつもはこう、はきはきとしゃべり倒して罵倒してくるじゃあ無いか!はっまさか体調が!?こんな薄着でぴっちりと……あいえ、見てないです、見えてないです!
俺の寝間着を着てもらって何とか抱き枕もどきから抜け出してもらう。布がすれる音ってこう、なんで耳に残るんだろうな!なんでか妙に良い匂いがして来やがるし!
「はい、着替えたわよ。というか、なんでこんなにいい寝間着持ってるのよ」
「もらいもんだよ。俺には豪華すぎてきづらいからプレゼントだーって真人に」
シルクでできたすべすべテカテカした寝間着。一度袖は通したが、スースーしすぎて俺にはどうにも寝心地が悪くて駄目だった奴だ。
「一回は来たんだ……クンクン」
「匂うなよ!?いや、袖通しただけだからな!そんなに汚くはない、筈、うん、風呂入った後に着た奴だしな!」
な、何を俺は焦っているんだろうか?いや、軍にいた頃に女子共とやんややんや騒いだ記憶はある。けれども、普通の女の子と二人きりになるだなんて何年ぶりだろうか?
「……そういえば、茶化す意味でもなくお前って幾つなんだ?」
「成人はしているわよ?」
「十は越えてるのは分かってる。本当のとこは?」
「……十七よ。ドワーフラビット族の中でも私って成長が遅かったから、虫達をごまかせていたの」
肩をすくめてミウはつぶやく。
「なるほど、それで普段から子供っぽく振舞ったりしてたのか」
考えてみると思い当たるところはある。
家事一般に加えて孤児の子たちのお世話に治療院まで開設しちまうだなんて、うん十歳じゃあ普通に無理だな!というか十七でと考えても相当大したものだ。
「……見損なったでしょ?私はそうやって、自分が食べられないようにして来たの」
しゅんと、ミウは表情に影を落とす。
成人したら食べられる。そうミウは言っていた。つまり、自分が小さいことを利用して生きながらえていたらしい。けど、それがどうしたというんだろう?
「生きたいって思うのは普通の事だし、お前が生きてたからこそ助かった命は沢山ある。俺はお前がいくつであれ、こうして生きててくれて本当にうれしかったぜ?」
そう言ってミウの頭をぽんぽんと撫でてあげる。
ああ、そういえば昔、俺がまだ新人の頃だったか迷子のウサギ族の子をこうして撫でてあげたことがあった気がする。両親とはぐれてワンワンと泣いてたから持ってた飴ちゃんをあげてなでなでと撫でてあげた。そうしたら嬉しそうに可愛らしく微笑んだのを覚えている。あれ、何かその子ってミウに似て……いや、まさか、な。
「本当に、もう……ずるい」
気が付くと耳の芯まで真っ赤になったミウがなんでか涙目になっていた。
あ、あれ?お、俺何か変なことしちまったか!?撫でるのが嫌だったか?嫌ならやめるぞ!ほらやめた!
「やめなくていい。ぐす、もっとなでてくれていい。なでてくれないと、やだ」
やだ、と来たモノだ。うん、今日のこいつはいつもに比べて妙に可愛く感じる。な、何だ、何か変な術でもかけられてるのか!?
「……ねぇ、ヴォルフ。今日だけでいいから、その、一緒に寝てくれる?」
うるんだ眼で見上げるようにミウがそう言った。
こ、こんなのズリィ!断れるわけねーだろ!
俺はとてつもなく大きな息を吐いて、ミウをそっと抱きしめた。
「今日は抱き枕って事でいいな?」
「ん」
真っ赤な顔のままミウは小さく頷いた。
小さくて、やわらかくて、あたたかな彼女を俺は不覚にもどうしようもなく愛おしく思えてしまったのだった。
小さい子が好きって訳じゃねーからな!な!